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 遊びを提案した張本人が、やはりというべきか、どこを探しても見当たらずに参加者を途方に暮れさせた。午後のお茶の時間になっても姿が見えない。困り果てた弟がとうとう泣きついて来たので、腰を上げて捜索に出ることにした。おおかたクローゼットかどこかに隠れて眠りこけているのに違いない。こういうとき自分の勘は常に正しく、そこは彼女に関して、弟に勝る唯一の点だと云えた。

 古めかしいノブを捻ると、何かが微かに光った気がして息を飲んだ。よく目を凝らせばそれは髪についた飾りの留め具で、去年のヴァイナハテンに弟が贈ったものだ。自分は何を渡したのか思い出せないが、アプフェル・クーヘンだとか、何か菓子でもやった気がする。あまり形に残る品を人に贈るのは好きではない。殊更、女性に装飾品だなんて、所有欲を公に提示しているようなものじゃあないのか?まだお互い幼子供だというのに、我が弟ながら周到な奴だと内心舌を巻いていた。きっと将来はドン・フアンになるに違いない。あるいは意図してやっていないのならば、鈍感頭もいいところだが。
 ワードローブで膝を抱えたままの小さな額を小突けば、間の抜けた鼻声が出る。バカ。そのまま犬にするように髪を掻き混ぜると、今度は素っ気なく払いのけられた。見上げる目には不平がありありと感じられる。不機嫌なのは寝起き直後のせいでもあるが、理由の大半は別だと分かっていた。

「…どうしてルーじゃないの」
「最中に眠りこけるならもう遊んでやんねえぞコラ」
「だってずっと、まってたのに。どうして兄さまがさがしにくるのよ」
「ヴェストの方が音を上げたんだぜ」
「うそだわ」
「嘘じゃない。本人に聞け」

 目に見えて落胆した表情を作りながら立ち上がる彼女に、手を貸した。今度は払われることなく、小さな掌がこちらの指を掴む。眠って体温が下がったせいか子供の手にしては冷たかった。決して遠くはない将来にこの手を誰が取るのかと考えると、少しばかり残酷な気持ちが芽生えなくもない。それが自分の可愛い弟だとしても。今はまだ、すがるような仕草に愛おしくはなれども、これは単なる庇護欲だからと結論を出すことができた。

「ガキのくせに現金だよな。そういう恣意的な愛情表現は大人がするもんだろが」
「…むずかしい言葉は、なに?」
「隠れたお前を見つけるのは俺の方が巧いってことさ」

これからもずっと。そうだったらいいのに。俺の探しに行ける世界から外へは行ってしまわないで、どうか外へ出してやらないで下さい。
 ひっそりとただ思うだけに留めるのは楽だ。誰にだって征服欲くらいはあるさ、わけの分からん子供に感情を吐露してどうなる。「そんなのずるい」と何も知らない彼女は云う。尤もだ。公に晒せる度胸はないから、こればっかりは祈るしかない。落ちかけた髪飾りを直してやると、口元だけは嬉しそうに緩んだ。温まりはじめた手を少し強く握る。俺は、これを、引っ掴んで走り去りたいわけじゃあない。ただ離れることを恐ろしいと感じる。

 あの光は戒めだったのだと思う。




小鳥のお兄さんは常識人というイメージ
09.05.10

 

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