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「注文はハンバーガーとコーク、それからきみの電話番号も」だなんて80年代の青春物でも云わないような恥ずかしいセリフは、しかるべき人物が口にすればサマになるのだと知った。ご丁寧にウインクまで。
ポカンとしたまぬけ面を見て彼は吹きだした。完璧に整った白い歯がこぼれて、その光景すらどこまでも映画じみてくる。まるでここが学校のカフェテリアなんかじゃないみたい。でも次の瞬間には列に並ぶ生徒たちの文句がちゃんと耳に飛び込んで、午後の儚い虚構は消えた。

「…あーすみません、えーと、3ドル95セントです」
「ワオ、ずいぶん安売りしちゃうんだ。10ドル札でいいかな?」

澄んだ青い目があまりにもこちらを覗き込むのにいたたまれなくなり、トレイと釣り銭を押しつけるように手渡した。はやくはやく、銀幕の中にでも戻ってしまいなさいったら。しびれを切らしたうしろの生徒がメニューを読み上げはじめるのと同時に、長い長い腕がカウンターのこちら側へ伸びてきた。手袋越しに、あまり強くはない力が伝わる。

「まだ電話番号聞いてないんだけど」
「…あの、面白いツッコミとか求められても困るんで」
「ツッコミってなんのこと?」
「笑えないジョークばっかり云ってると怒りますよってことです。はい次のひとー」
「ジョークじゃないよ、怒らせてもみたいけど」

へらへら笑う彼の背後にはすっかり行列ができている。更にカフェ内の生徒も面白そうにチラチラとこちらを見ている。何なのこれ。五分後くらいに「サプラ〜イズ!」とか云って物陰からカメラが出てきたりするのかしら。出るならはやく出てこい。ランチおごるから出てきやがれ。出てきてください。

出てこねえ。

「ごめんなさいホント今忙しいので、ね、とりあえずは離しましょうか。手を」
「やだよ。だってきみ、マジで俺が冗談云ってると思ってるだろ?」
「…法学部の生徒に頼んで、営業妨害とセクハラで訴えます」
「かまわないけど。学部長とは友達だしね」

爽やかな顔して食い下がる男である。全くラチがあかない。うしろの男子生徒が今にも噛みつきそうな表情を見せてくるが、彼には知る由もないのだ。「ケチケチしないで電話番号くらい教えてやれよ、俺腹へってんだから」。その視線であなたの気持ちはよく分かる。でも考えてごらんなさい。こんな明らかに女の子には事欠かなそうなイケメンが、なぜにバイト中の冴えない生徒にかようにも食い下がるのか。暇つぶしか罰ゲームかドッキリかは知らないが、どう考えても何らかのオモシロ事情があるのに決まっている。笑いのネタに利用されるなんてまっぴらだ。昨今のバラエティには品性が欠落していると思う。庶民をばかにしくさって。
負けてなるものか。わたしは軽く拳を握った。

「あのね。今どき見ず知らずの人にホイホイ個人情報を教えるバカはいません」
「俺もきみもここの学生だし、現在進行形で知り合ってる最中だぞ」
「わたしはフェアじゃないって云ってるんです」
「うん?」
「情報を知りたいのなら対価を払うべきです。だったら、」
「え」
「あなたのも教えて下さいよ」
「…」
「…」
「…何だって?」

「あなたの電話番号も教えろって云ってるんです」

やたらとエネルギーが沸いてきていたわたしは、少々興奮気味にその言葉を叩きつけてやった。今度は彼がポカンとする番だった。くやしいかな、イケメンはまぬけ面すら爽やかに見える。しかし掴まれていた手の感触がゆるんだのを認めると、わたしは勝利を確信した。とうとう諦めたのだ、やった。やってやった。
そう思った。


そして今、わたしは割れんばかりの拍手の中にいた。
正確には割れんばかりの拍手の真ん中で、先ほどのイケメンに抱え上げられてバカみたいにくるくる回されている。遠心力で若干気持ちも悪くもなっている。カフェテリアにいた生徒たちが祝福するように歓声を上げ、ついでに授業のレジュメが綺麗な紙飛行機になって旋回していた。彼のすぐうしろで怒り心頭に達していたあの男子生徒は、パーカーの袖口でこっそり目元をぬぐっていた。
炭酸飲料のシャワーが頭上を飛ぶ。虹がうっすらとアーチを描いていた。

とりあえず穴があったら入って死のう。そう思いながら、わたしは足下からじわじわと登ってくるエンドロールに目をやった。



さよならさよならハリウッド




EDにはビーチボーイズが流れる
09.06.14

 

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