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 依頼があった時点ではひとつのはずだった死体が、終わってみるとふたつに増えた。折り重なるように仲睦まじく事切れた”彼ら”。今しがた斬殺されたとは思えない、その光景はとぼけたような、どこか微笑ましささえ漂わせている。ただ燃やしてしまうのは惜しい気もしたが、イルミが容赦なくガソリンをぶっかけはじめて我に返り、私は報告の電話を入れた。

 「本当に誰かを愛したら、そのために人だって殺せる気持ちになるものですよ。それが仕事じゃなくたって」

いつもなら始末がつけばさっさと帰りたがるのに、今日のイルミはずいぶん悠長に処理をしていたように思う。暇なのだろうか。折り返しの連絡を待ちながら、私たちはしばらくの間、闇の中にぼんやり突っ立っていた。あたりを血とガソリンの匂いが立ち籠める。とりとめのない会話が途切れて、次に私が口を開いたのは、イルミの興ざめな質問に答えるためだった。

「要は、そういう間柄だったんじゃないです? おかげで大層やりにくかったこと」
「ホモ?」
「……大切な友人か、兄弟か。あるいは恋人かも」

自分だってブラコンのくせに。口には出さずに肩をすくめると、イルミは「ふうん」と不思議そうに唸って、あの猫のような目でまじまじと私を見下ろした。このテーマを理論的に説明するのは(特に彼に対しては)苦難を極める所業なので、私はそれきり黙ることにした。偏った家族愛にも見られるように、親愛の情がまったくないわけではないのだろうが、こういうときに彼の目は妙な純粋性を帯びる。これはイルミの、強いてはゾルディック兄弟の少し面倒くさいところだと思う。

「なまえもそうなの?」

やがて、イルミが静かに尋ねた。「そうですね、たぶん」と私。

「じゃあ、俺のためにでも人を殺せる? 報酬の有無に関わらず。快楽を満たすわけでもなく」
「私はそういうヒソカみたいなことは……。まあ、でも、できるでしょう。きっと」

電話はまだ鳴らない。暗がりの中で、ディスプレイが煌煌と光を放っている。郊外の森はひどく静かで、ときおり遠くで梟かなにかの声と、風が草葉を撫でる音がするくらいだ。私はちらりと隣のイルミを盗み見た。彼は腕を組んだまま、ガソリンの入っていた缶を足で押しやっていた。

「イルミって、結構ムードないですよね」
「そんなことないよ」

「想像したら、ちょっとおもしろいなとは思ったけど」とイルミは云い、めずらしく唇の端を少し緩めた。付き合いは短いほうではないが、彼のおもしろさの基準は正直よく分からないし、これからもおそらく分からないだろう。

「でもさ、」

大きくはないが、よく通る声が沈黙を刺す。血だまりにようやく缶が落ちた。

「なまえは殺らなくていいよ。俺が殺されそうでも」
「……目の前で、何もせずに見ていてほしいんですか?」
「そもそもその場にいないでほしい」
「もし、いたとしたら?」
「逃げなよ。俺を殺せる相手なら、なまえが勝てるわけないし」
「そんなに薄情な人間じゃないですよ、私」
「情が薄い厚いの話じゃない。助かるかもしれないのに逃げないなんて馬鹿すぎ」
「じゃあ逆の立場なら、イルミは私を見捨てて逃げる?」
「そもそもその場にいないって」
「もしも、いたらの話ですよ」

「そうだなあ」と首を傾げたイルミの、真っ黒で長い髪が揺れる。どろりとした彼の視線が、寄りそうふたつの死体から、私にじっと注がれる。冷淡なような、真面目なようなその表情に、私はふと不安を覚える。

「俺にやらせてって云うよ」

そして、電話が鳴った。

「――あ、もう処理していいそうです。ねえ、それ、私を殺したいってこと?」
「他人に殺されるのを黙って見てるよりはね」

一度振動してすぐに切れたが、画面には短い指示を打った文面が表示されていた。光はすぐにまた闇へのまれ、静けさが戻る。電話をポケットにつっこみ、私は代わりにマッチを探った。隣にあったはずの姿はすでに踵を返し、森の出口へ歩いて行こうとしている。無駄にしゃんとした背中を向けて、「帰る前になんか食べてく?」とイルミが問う。私はひとつ頷くと、後方へ炎を投げ捨てた。


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イルミとおともだち
12.03.20

 

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