「この夏はアイスでも食い過ぎたのか?」
「……どういう発想したらこれが私だと思うわけ?」
なまえは自分の胴体の倍以上はあろうフェイクファーを抱え、やっとのことで階段を上りきったところだった。厚手の毛が顔面に張りついて前が見えないし、ひどく暑い。なまえは顔を埋めたままルートヴィッヒの所在を尋ねた。
「中にいるけどよ。それ、おまえ宛の荷物だろ」
「そうだけど、イタリア語のカードが付いてて私じゃ読めないから」
それを聞いたギルベルトはなぜだか嬉しそうに、いそいそとドアを開けてくれた。
*
つかえて入らないのではないかと思ったが、そのばかでかい毛の塊であるシロクマのぬいぐるみを、なまえは隣室へ押し込むことに成功した。抱え込んだままリビングに入り、なまえは前方にいるであろう部屋の住人に向かって「こんにちは」と挨拶をした。
「……喋った」
ささやくような声に、ひょい、と顔をのぞかせると、パソコンに向かって何か作業をしていたらしいルートヴィッヒが唖然とした表情で固まっていた。
「クマは喋りませんよ」
「なまえ?」
「ええと。これ、読んでもらおうと思って」
ぬいぐるみをソファに下ろしてカードを見せると、ルートヴィッヒはほっとしたような、少々がっかりしたような顔をしてそれを受けとった。宛先はきちんと印字されていたが、送り先とメッセージは手書きの文字に癖がありすぎて判読できなかったのだ。
「消印はローマだし、たぶん間違いないだろうけど」
「フェリシアーノちゃんだろ!」
ルートヴィッヒはうなずいて文面へ視線を走らせた。そうしてすぐに、ちょっと気まずそうに目をそらし、もう一度すばやく読んでから、ため息を吐いてこちらへ返してきた。
「よくないことでも書いてありました?」
「いや。何と云うか……」
首の後ろへ手をやって、ためらっている。なまえは再度カードに目を落とした。薄い上質紙に、チョコレート色のインクで書かれた文字が連なっている。それらはほとんど模様かのように不思議な配列で、よしんば言語が分かっても解読は難儀であろうと思えるほどだった。ある意味で美しいし、フェリシアーノらしい字だ。
「"これからは独り寝で寂しいだろうから、こいつをベッドに入れて寝るように"」
「はい?」
「そういうような内容だ。……ちょっと電話をかけてくる」
云うなりルートヴィッヒは、勢いよく寝室に引っこんだ。なまえが訝し気にカードを手にしたまま突っ立っていると、ソファの背もたれに頭をのせたギルベルトがにやにやしながらこちらを見上げた。
「フェリシアーノちゃんにまで気遣われてやんの」
「なにそれ、どういう意味?」
「直接本人に聞けばいいんじゃねえ?」
ちょうどそのとき、彼があごでしゃくった先から「いいわけないだろう!」という怒号が扉越しに聞こえてきて、なまえは飛び上がらんばかりに驚いた。
「まったく、おまえという奴は――いや、今ここにいるから好きに話せばいい」
話しながら荒々しくドアを開けて出てきたルートヴィッヒは、厳めしい顔でなまえに向かって携帯電話を差しだした。何が何やら分からないまま受けとり、耳に近付ける。
「……あの、もしもし?」
『あーなまえ? 久しぶりー!』
やたらと明るく間延びした声が聞こえて、思わず顔がほころんだ。相槌をうつなまえの背後で、ギルベルトが「次俺な!俺!」と手をあげて騒いでいる。
『クマ、ごめんね。あれ以上のサイズなくってさー』
「ううん。あんなに大きいのをどうもありがとう。でも私、誕生日じゃないんだけど……」
『違う違う!ほら、カードに書いたでしょ?』
相変わらず訛りの激しい英語で正確には分からないが、辛抱強く話を聞いているうちに、なまえにはようやく事態が飲みこめてきた。