「おかえりー。夕飯もあいつらもできあがってるから適当に飲んでてよ。ねえ、オリーブの種抜くストーナーってあったりする?」
「右から3つめの戸棚に――じゃない!おまえは誰だ?」
「ご挨拶だなあ。そんな怖い顔しなくても……なまえは俺のこと知ってるもんね?」
反射的にふたりの口から「は?」という声がでた。ルートヴィッヒの表情がますます怪訝になる。なまえはたしかに、このエプロン姿の男とは初対面ではない。と云っても2度ほど顔を見ただけで名前も知らないし、しかも初回はナンパで、彼はフランス語を話していたのだ。
「早かったじゃん。てっきり、どっかでしけこんでるかと思ってたのによ。なあ、お嬢ちゃま?」
玄関先へビール瓶を片手にしまりのない笑顔のギルベルトが現れると、ルートヴィッヒが口を開くよりも先に、なまえが彼を壁際へ引っぱって行った。そうして「どういうわけなの」と声を殺してつめ寄った。
「云いましたよね、プライバシーに立ち入らないで、お嬢ちゃまって呼んだら窓から投げるって。勘違いしてるんだろうけど余計なことしないで!」
「ここは気の利く男だと俺を褒めるとこだろ?」
「――黙れストーカー。エリザベータに電話しますよ」
最強の呪文を繰りだすと、ギルベルトはとたんに口元を引きつらせた。酔いも一瞬ふきとんだらしく、顔から血の気が失せている。冷えきった目のなまえが視線をずらすと、いつのまにかラテン系の男がそばに立っており、面白そうにこちらを見ていた。
「しっかし、妙ちくりんな組合せやねえ。女の子がえらい勢いでクダ巻いて、筋肉マッチョの弟くんのが、なんや照れとるんかいな。ずいぶん大人しいやんな?」
不思議な訛りでまくしたてたかと思えば「つっこみにくいわあ!」と高らかに笑い、ふらふらとリビングへ戻って行く。片手にワインボトルを手にしたあの酔っぱらいにも、もちろんなまえには覚えがあった。声を聞いたのははじめてだったけれど。
「とりあえずさ……ごはん、食べようよ。冷めちゃうし」
混乱をなだめるように、エプロンの男が鶴の一声を発した。