「でも、まだ分からないのは……」
いくぶん張りつめた感情はほぐれたものの、釈然としない顔でなまえが手をあげた。
「そこまで回りくどいマネしなくても。単に警察に通報するか、でなきゃマスコミにリークすればよかったんじゃないです? 内部告発ったって身内なわけだし」
ギルベルトはすぐさま否定的に頭をふる。
「俺、バウ・ホラントじゃねえもん。裁判だとか公式の謝罪だとか、そんなもんどうでもいい。そっち側に持っていっても泥仕合になるのは目に見えてるし」
「ほめられたやり方ではないからな。本来なら、それで逆に訴えられてもおかしくはない」
にべもない弟の低い声に、ギルベルトがぷい、と顔をそらした。とはいえ悪びれるふうもなく、さきほど投げつけられたクッションを膝の上で弄んでいる。なまえは彼の口から飛びでた人名にひっかかりを覚えつつも、慎重に会話を続けた。
「えーと、つまりは、会社の社会的な地位失墜が目当てじゃ……?」
「表向きはな。オフレコでは"帝国の逆襲"ってとこ」
ギルベルトが呑気におなじみのテーマ曲を口ずさむ。
「まあ、遅かれ早かれ暴露はしてやるつもりだったよ。つーか、あんだけ法まで犯して調べ上げたもんが全部、アーサーの小説のための取材ってのは癪だろ。それはマジで腑に落ちねえもん」
ルートヴィッヒがスター・ウォーズ渓谷よりも深いため息をついた。もやもやと霞がかった風景が、次第に鮮明な像をとりはじめる。なまえの頭の中を高らかに、ファンファーレが響きわたった。
「Durch die Macht von Grayskull!」
思わず狂言も呟いてしまうというもので――この男は、立派な犯罪者だったのだ。部屋の中で死体を切り刻むサイコパスといい勝負。ある意味では美談だとか、情状酌量の余地があると思っていた自分がバカらしくなる。
「なまえ?」
なまえはあまりのことに大声で笑いかけたが、兄弟の複雑そうな視線が表情筋を押しとどめた。
「だいじょうぶ。ちょっとパニクりかけて……もしよければ、紅茶を煎れてくれません?」
「できればうんと熱いやつを」と丁寧にお願いしながら、なまえは冷静さをとりもどすための第一段階として、柔らかなソファの、それもギルベルトからかなり離れた位置に腰をおちつけることにした。