大通りをはずれて橋を渡り、フラットのある区画へむかって、ふたりは静かに歩く。四六時中ぺらぺらと話していたフェリシアーノがいなくなると、妙にしんみりした空気が落ちてきた。街はほの暗く、かすかに冷えていて、なまえはまだ体に酔いが残っていたことに感謝した。
「今日は、誘ってくれてありがとう。水入らずを邪魔して申し訳なかったけど」
「そんなことはない。むしろ、迷惑をかけたんじゃないか?」
まるで父親のように顔をしかめたルートヴィッヒに、なまえは大げさなほど首をふった。
「すごく楽しかった。楽しくて少々飲みすぎたくらい」
「まさか、大した量でもないだろう」
「お言葉ですけどね。私はあなたたちと違って、体の中をビールの川が流れてるわけじゃないので」
わざとらしく肩をすくめてみせると、ルートヴィッヒは一瞬の間ののち、はは、と声をあげて笑った。
「きみもそうなるさ。じきにな」
足を止めたなまえに気がついたルートヴィッヒが、「どうした」と振りむいたが、なまえはあまりにびっくりして、半笑いを浮かべたままたっぷり3秒間は固まっていた。いつぞやのように鞄の中身をぶちまけたりしなくてよかった、よかったけれども、今この人は、たしかに――
「私、ほんとうに、酔ったかも」
「大丈夫か?」
うん、とうなずいてはみたものの、なまえはまだ当惑して彼を見上げた。いつもの生真面目な顔がそこにある。眉根をぎゅっと寄せて、こちらの表情を窺おうと距離をつめてくる。「へいき、何ともない」となまえは後ずさったが、石畳のちょっとした段差にブーツのかかとを引っかけ、よろめいた。その拍子に、ごく自然に伸びてきたルートヴィッヒの腕を掴んでしまった――まったく何してる、このまぬけ! なまえは、この隣人の前ではいつも決まって”へま”をやらかす星のもとに生まれているのだ。すぐ脇にそびえる小さな教会が目に入り、なまえはひっそり神を呪った。
「……くそう、なんて温かい筋肉をお造りに……」
「なんだ。寒いのか」
近づいた体からはアルコールと、洗いたてのシーツのような清潔な匂いがする。想像よりずっと柔らかで、たしかに温度があった。なんだか悪いことをしている気持ちになり、なまえは彼の腕からそそくさと手を放した。
「だいじょうぶ、ありがとう」
今度は石畳の形にじゅうぶん注意して、体を反転させる。ふと、教会の隣にあるカフェの壁から誰かがこちらを見ている気がしたが、後ろめたさによる幻影だろうとなまえは思った。あるいは、さきほど呪った神の使いがスパイ活動でもしていたのか。
そうしてまた、ふたりは黙って歩きはじめ、しばらく進んでからなまえが口を開いた。しんと静まり返った路地の真ん中には誰もいやしないのに、その声は内緒話をするときのように密やかだった。
「今日、あなたがあんなに喋るのを初めて見た」
ルートヴィッヒも穏やかにうなずいて、こちらを見下ろした。
「きみは酔うとよく笑う」