裏口 | ナノ


▽ おいおい、ちょっと待て


それは、ある日の買い出しの帰りだった。
ユアンは、クラトスと連れだって、今夜滞在することになっている街へと向かって歩いていた。

ことの発端は、宿に着いてから、消耗品の残りが少なくなっているのに気づいたことだった。
が、あいにく今日泊まる街の店には、目的のものは売っていない。
店主に聞けば、隣町になら置いてあるという。
しかし、明日からは反対方向へ向かう予定だ。
そこで、ユアンとクラトスの二人が、隣町まで買いに行くことになったのだった。


「意外に早く済んだな。」
「ああ。」

二人は荷物を肩にかけ、森の中を歩いていた。
本当なら街道の方が歩きやすいのだが、森を抜けた方が近道だ。
見通しが悪いせいで、多少の危険は伴うが、このあたりの魔物ならば楽に倒せるので問題はない。
それに、今日は天気もいい。爽やかな森の空気を味わいながら歩くのも、悪くはないと思った。


と、そのとき、不意にクラトスが木の根に躓き、ユアンにもたれかかった。
「おっと……、大丈夫か?」
「ああ、すまない……。」
とっさにその体を支えて抱き起こしたユアンは、思わずドキリとした。
ちらりと見えた首筋に、一昨日の晩、情を交わしたときの跡が、まだ残っていたから。

「……どうした?」
「あ、いや……、跡が残ってしまったと思ってな……。」

少々頬を染めてうつむいたユアンに、クラトスも、彼の言わんとするところを察したようで、自らの首筋に手をやる。

「ああ、これか…。まったく、おまえが考え無しに吸い上げるからだ。」
「……悪かったな。」
「服で隠れるところだから良かったが、以後気をつけろ。」
「ああ。……が、以後、か。」
ユアンは、小さく笑うと、意味ありげな視線をクラトスに投げた。

「……何だ。」
「それは、誘い文句か?」
「……!」

途端、先ほどの失言に気付いたクラトスが、今度は頬を赤らめる。
ユアンは、その様子を愉快そうに眺め、笑った。

「フフ、そのようなことを言うと、またその気になるぞ?」
「っ……! 馬鹿者っ……!」
普段真面目で冷静な彼が、頬を染めて取り乱すのが面白くて、ユアンはもう少しからかってみたくなった。

「どうだ? ……もう一つつけてやろうか?」
木の幹にクラトスの体を押し付け、顔を寄せると、彼は驚いた表情を見せたあと、ありったけの力でユアンの肩を押し返した。
「い、いい!」
「そうか? では普通の口づけでもいいぞ?」
ユアンも負けじと手首を取って、相手の抵抗を封じ、半ば無理やりに唇をふさぐ。

「ん、む……!」
「ん……。」

最初こそユアンの肩を強く掴み、抵抗していたクラトスだったが、やがて、深いキスに変わる頃には、その手から力が抜け、大人しくなった。
午後の陽射しが柔らかく降り注ぐ森の中、濡れた音が響く。
人目がないのをこれ幸いと、ユアンも遠慮なく舌を差し入れ、口内を貪った。
やがて、つい、と唇が離れる。

「さて、では行くか。」
「ん、ふ……。」

ひとしきり熱い口付けを楽しんだあと、ユアンは荷物を担ぎなおした。
一方、すっかり力が抜けてしまった様子のクラトスは、頬を上気させて、木の幹に凭れるように座り込んでいる。

「どうした? もっと欲しくなってしまったか?」
ユアンは小さく笑った。
「……まあ、宿ではいつも一緒の部屋なのだしな。そう急くこともあるまい。欲しいなら、今晩存分にくれてやる。」
駄目押しのように意地の悪いセリフを投げて歩き出そうとしたそのとき、ユアンのマントの裾が強く引かれた。
「っ……?!」
そのままバランスを崩し、思わずしりもちをつく。

「おい、クラトス、何をする……、っ……?!」
起き上がろうとしながら振り返ったユアンは、ドキリとした。
泣いた時のように潤んだ、赤い瞳が目の前に迫っていたから。
と同時に、再び唇が重ねられる。
今度は、クラトスの方から。

(……?! な、何だ……?!)
突然の行動に、つい、体も思考も固まってしまう。
そもそも、彼の方からキスをねだるなど、滅多に無いことなのだ。
ユアンが、されるままに呆然としていると、クラトスはもっと意外な行動に出た。
程なくして離された唇が、つい、とユアンの首筋を滑ったのだ。
「……ッ!」
ぞくりとした感覚が背中をはい上がり、ユアンは慌ててクラトスを引きはがした。

「こら! 何をする、こんなところで…!」
「構わん。こんなに暖かいのだから、いいだろう?」
「馬鹿もの、気温の問題ではない! そもそも、野外というのが問題なのだ!」

自分の方から仕掛けたとはいえ、いわゆる常識人であるユアンは動揺した。
先ほどは、ちょっと悪戯にキスをしてみただけで、本気で行為に及ぼうなどとは到底思っていなかったのだ。
だいたい、普段なら人目に触れるような場所で口付けを交わすことすら抵抗がある。今回は、あまりにも人の気配がしないから、試してみたに過ぎない。
ところが、クラトスは、さらりと恐ろしいことを口にした。

「なんだ、したいと言ったのは貴様だろう。……野外でしたことはないのか?」
「あるわけないだろう!」

ユアンは叱り付けるように言い返した。

―――この男は!
もっと、良識のある奴かと思っていたのに。

騎士団時代のクラトスは、いつでも、強く、凛とした雰囲気を漂わせていた。
確かに、戦士としては線が細いほうではあった。
腰のラインの艶めかしさなど、禁欲的なユアンでさえ、思わず見とれてしまったものだ。
同時に、さぞかしいらぬ苦労も多いだろうと思った。
女性の影など皆無の戦闘集団に、この美しさは危険過ぎる。

しかし。
このもの欲しそうな表情に、大胆な振る舞い。
苦労どころか、一体どれだけの男たちを喰い物にしてきたのだろう。
それとも、長年に渡り、散々に弄ばれた結果、このようになってしまったのか。

いや、今はそんなことはどうでもいい。
それよりも、この状況を何とかしなければ。

自分は今まさにクラトスに押し倒され、行為を迫られようとしているのだ。しかも野外で。

「……せめて宿にしないか。」

ユアンは努めて冷静に交渉を持ちかけた。
自分とて、欲しいことは欲しい。
憎からぬ者に迫られて、体は熱を持ち始めている。
だが、何も外でなくともよいだろう。
が、クラトスはお構い無しに、ユアンのマントを外して落とし、胸元を肌蹴ようとする。

「宿には、ミトスや、マーテルがいるだろう。それに、まだ明るいから、いつ部屋に入ってくるとも知れない。かえって危ないぞ?」
「いや、何も今日泊まる宿でなくともよい。どこか部屋を借りて…、」

しかし、言いかけた提案は途中で遮られた。
クラトスが、もう一度唇を押し当てて来たから。
「…ッ、こら、何をする?!」

しばらくして唇が離れた後、ユアンは再びクラトスを自分の胸から引き剥がし、たしなめた。
不覚にも、少しの間、我を忘れて柔らかな唇を堪能してしまった。
その決まり悪さも手伝って、ますます怒ったような口調になってしまう。
が、クラトスはどこ吹く風でユアンの頭を抱くと、今度は頬に柔らかくキスを落とした。

「まったく、一々うるさい奴だ。だいたいお前の説教は長いし、聞き飽きた。」
「な……!」
「場所を借りるなど、そんな面倒なことをせずともよい。…じっとしていろ。」
「おい、ちょっと待てっ……! ……ッ……!!」

ユアンの懸命な制止にもかかわらず、クラトスは、ユアンの上半身を丁寧に愛撫し始めた。
このような不埒な奴には、説教の一つもしてやりたくなって当然だろうと思うが、肌をすべる指と唇に、意思に反して力が抜ける。

「う……ッ! こらっ、駄目だと言っているのに…っ! 離せ……!」
「なぜ?もう、こんなに固くなっているのに?」
「馬鹿者っ、そのようなことを言う、な……!」

胸の突起を指の腹で擦り上げられ、思わず声が上擦る。
これではいつもと立場が逆だ。
何だか、クラトスを抱くどころか、自分が無理やり抱かれているような気になってしまう。

いや、事実襲われているのか。
最終的には自分が突き立てる側であったとしても、精神的には完全に組み伏せられている。

そのことが無性に口惜しくなったユアンは、覚悟を決めた。
こうなったら、もう反撃に出るしかない。
何しろかつては敵であったこの男に、負けるわけには行かないのだ。

それは正しく相手の思う壺のようでシャクではあるが、このまま一方的に押されては、後々もっと悔むかもしれない。
徐々に上がる息の中、苦渋の判断をしたユアンは、思い切ってクラトスの襟元に手を掛け、力任せにそこをこじ開けた。

「ッ、ユアン……?」
「くそっ、お前のいいようにばかりさせるか…! 私にも、させろ…!」
「フ……、やっとその気になったか?」

挑発的なクラトスの笑みを、ユアンは無言でかわすと、同じように胸へと手をすべり込ませ、指先に当たった突起をギュッと摘み上げた。

「っ、痛……ッ!」
「我慢しろ。それに、痛いのも好きだろう?」
「ん、あッ……! 何を…!」
「……お前のして欲しかったことだ。」

苦々しげに言って、ユアンはもう一つの突起を口に含み、そこへ歯を立てた。
「く、うッ…! ユアンっ……!」
クラトスの声が、切なくも艶を伴ってユアンを呼び、思わず外であることを忘れて普段のように貪りたくなる。

だが、いつ人に見られてもおかしくない現状では、そう悠長なことも言っていられない。
ベッドの上なら、もっとじっくりと時間をかけてじらしてやるところを、今日は性急に下半身にも手を伸ばし、立ち上がったものをきつく掴んだ。
先端に触れれば、すでにそこは溢れる雫で滑っており、ユアンの手のひらをしっとりと濡らす。

「……すごいな。そんなにしたかったのか?」
「うっ、んん……!」
「まったく、淫乱な奴め。」
「んっ、違っ……!」
「違わないだろう? こんなにしておいて、何を言う。」

親指でその滑りを拡げるように嬲れば、クラトスの苦しげな、しかし確かに快感を含んだ呻きが響いた。
それと同時にゆるゆると手のひらを上下させれば、よりいっそう艶かしい声が上がる。

「うぁっ、や、ユアン……! っは……!」

この反応。ベッドの上にくらべ、一段と敏感な気がする。
まだ明るい野外で犯されているということに、こんなにも感じているのか。

「本当に、はしたない奴だな。」
苛めるように耳元に囁くと、クラトスは荒く息をつきながら、潤んだ瞳でユアンを睨んだ。
「う、るさいっ……! その体で、毎晩のように楽しんでいるのは誰だ……!」
「私だな。…だが、仕方ないだろう? こんなに淫らに誘われては、我慢などできん。」

言葉で嬲りながら、濡れた指先をつい、と双丘に滑らせ、小さな蕾を探り当てる。
ふっくりと膨らんだそこは、ユアンの指を感じると、待ちわびていたように吸い付いた。

「フ、こんなにヒクヒクさせて。…悪い奴だ。」
「ん、ああ……!」

くちゅり、と音を立てて一本突き入れれば、クラトスは切なげに眉を寄せた。
内壁は熱く柔らかだったが、指の腹で刺激してやると、すぐに収縮を始め、痛いほどに締め付けて来る。

「ひっ、うぅ……!」
「相変わらずすごいな…。」
うっとりと囁いたユアンは、さらにもう一本指を増やした。
慣れたそこは、それも難なく飲み込む。
そのまましばらく中を擦り、かき回してやると、中の襞が、さらに妖しく蠢き、そこは徐々に解れていった。

「っ、ユアンっ、そろそろ……!」
「んっ……、もう、いい、か……?」
額にかぶさる前髪を払い、クラトスの目を覗き込む。
と、彼はいっそう妖艶に微笑んだ。
「ああ。お前を、喰らわせろ…。」
「っ…?! 何だと……?」

ユアンが皆まで言い終わらないうちに、クラトスは腰を浮かせて挿入された指を引き抜いた。
そしてその蕾を、ユアンの逞しい雄にあてがう。

「行くぞ……。」
「おい、ちょっと待て…っ、うッ、うあァ……っ!!」

そのままクラトスが腰を落とせば、限界まで張り詰めた肉棒が、熱い粘膜に飲み込まれてゆく。
そのめくるめく快感に、ユアンは思わず声を上げた。

「んぅっ、ンっ、あ…ッ!!」
「フフ、感じるか……?」
「く、クラトスっ……!」

いきなりこのような攻撃を仕掛けられては、身動き一つできない。
ユアンは口惜しそうに顔を歪め、クラトスを睨みつけた。
しかしクラトスはユアンのその表情を満足気に見下ろし、きゅうっ、とソコを締め付ける。

「うあッ……!」
「動くぞ。」
「んっ、コラ、まだ……! ぐ…ッ!!」

その言葉と共に、激しく出し入れを始めたクラトスに、ユアンはもう喘ぐしかなかった。
挿入しているのは間違いなく自分なのだが、主導権は、完全に相手に奪われている。
「あ、はぁっ、クラトス、クラトスっ……!」
「ん、うぅッ、ユアン……! イイ……っ!」
「ばっ、馬鹿者っ……!」
「お前も、もっと動け……!」

クラトスは陶酔しきった表情で、淫らに腰を振った。
ユアンはただ為す術も無くそれを見つめ、全身でその快楽を享受する。

うららかな午後の日差しが差し込む森。
さわやかな風が吹き、時折鳥の鳴く声が聞こえる。
そんな場所に、およそ場違いな息遣いと、淫猥な音が響き渡る。

そのミスマッチに、頭の奥が痺れ、真っ白になっていくのを感じながら、やがてユアンは、大量の熱を、クラトスの体内に放った。
同時に、クラトスの先端からも、熱い白濁が溢れ、二人の腹を汚す。

「あぁッ、クラトスっ……!!」
「んっ、ユアン……ッ! く……!」

ビクビクと痙攣する体をきつく抱きしめあう。
達した後も、二人はしばし繋がったまま、呼吸が落ち着くのを待った…。




「全く! お前と言う奴は、一体どういう神経をしているのだ…!!」
その後、服を整え、荷物を背負いなおしたユアンは、隣を歩くクラトスを叱り飛ばした。
クラトスは、そんなユアンに目もくれず、涼しい顔でさらりと言い放つ。

「うるさい。あんなに感じていたくせに、文句を言うな。」
「なっ…! それとこれとは話が別だ!」
「そうか? ベッドの中よりも良さそうにしていたと思ったが。」
「気のせいだ! 何なら、今晩証明してやってもいい。」
「…そうか。望むところだ。」
「言ったな。覚えておけよ…!」

二人の男は、不穏なやり取りをしながら、再び宿へと向かう道を歩いた。
その様子は、ケンカというより、じゃれあっているように見える。
互いに負けず嫌いの二人だが、なんだかんだ言って、いいコンビなのだ。



そして宿に帰った二人は、その晩、約束どおりもう一度体を重ねた。
今度は、ベッドの上で。

クラトスは、昼間のお仕置きと、隣に声が聞こえないように、という理由から、両手を拘束され、布で口をふさがれるというおまけつきだったが。

「どうだ? 外よりベッドの方が良いだろう? なにしろ邪魔が入る心配がないからな。お前を、思う存分いたぶれる。」
「ん、む……!」
「ああ、口がきけないんだったな。では……、覚悟しろよ?」

クラトスがその後、昼間の仕返しとばかり、散々に弄ばれたのは言うまでも無い。


こうして、肉欲とも恋愛ともつかない二人の付き合いは、その後も長く続いていくのだった。

End.


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