いっそ殴ってやりたい気持ちで叩いた釘が、たすけて、たすけて、という叫びを乗せ、黒い板に深く埋まっていく。

苦しい。君を思うと愛しさでどうにかなりそうだ。でもずっとかなわない。抱きしめられる程近くにいない。「愛してる」をくれたいつかが、もう何年も前に感じられる程、愛に飢えて飢えて。


それでも苦しいと言えないのはこの人を愛してるからで、こんな愛し方しかできないこの人に暖かな愛を、せめて明るい光をあげたいのに。

年に一度、帰還するこの日に笑えない。
愛しいのなら笑顔をみせたいのに。
暖かな愛だけを渡したいのに。



「何が、何が……密やかによ…」


荒削りの木材は手に余り、組むだけで指を刺した。部屋から響く騒音は鍵をかけたドアの外へ、何処までも響いて仲間達まで騒がせる。それでもそれが全く気にならないほどの狂気に駆られて金槌を打ち付けた。

密やかに とは、恋の始まりならば燃え上がるようなスパイスであったかもしれない。

世界を変えゆく君には敵も多かろう。身内から綻ぶこともあろう。その全てを理解した上で繋がった二人だった。それでも一度孤独に飲まれれば、仲間に囲まれて素知らぬ振りをする苦しさが牙を剥く。密やかさを前に、発言や行動への嫉妬は拭われる事もなく、愛を与えられるわけでもなく、ただただ黒い渦になって胸に巣食う。距離はそこに容赦なく拍車をかける。数少ない大切な言葉たちを無かった事にしていく。ただでさえぼやけたビジョンから全てを奪っていく。


なんで、ちっとも電話くれないの。
私がしたいって言わなきゃくれない。
いつでも求めるのは私ばかり、
耐えきれなくなるのも私だけ。

貴方は何を見ているの。
そこに私は居るの?


想いも欲も隠し合う密やかさなんて、今の私にはスパイスどころか猛毒でしかない。




蓋を諦めた頃、無理やり扉が蹴破られた。
怪訝な顔をした男がそこに立ち、まるで哀れむような視線をよこした。



「……皆は」

「いない。出した」


僅かに震えた拳は、直ぐにその扉を元の位置へ正していく。そして石造りの小さな閉鎖空間を一杯に埋める大きな木材と、力なくへたりこむ私を見下ろした。



「これは?」


「棺よ。貴方が入る」


「……俺、……死ぬの?」



静かに、何度でも語りかける瞳の色。
瞬く睫毛の隙間に呆れと優しさまでのせて。こんなに秒針の音が遠のいたら、殺せないじゃない。金槌を振り上げた腕が上がらなくなって確信した。



「この恋は私から全ての体力を奪ってく」


「本当に寂しがりやだな…信じてよ。なんなら俺がナノを、」


殺そうか。

一年ぶりの体温に絡め取られて、金属音が優しく弾けた。このひとは甘い嘘ばかりで苦い真実は語らない。それでも綺麗に騙されて、涙がとけた。



「お前から何を奪っても離せないんだ。死ぬまで付き合ってよ」



でもきっと私はまたすぐに信じきれず、この強い意思を持った眼差しを忘れてしまうんだろう。サボはいつだって遥か遠く世界の裏側にいるし、毎日声を届けてくれる訳でもないから。愛を囁きあう事の滅多に無いない私達は、私は、じゃあ一体何を見つめていればいいんだろう。この人の思いが変わらないと、どう解れば。

思いが路頭に迷い、真っ暗にもなるだろう。苦しくて離れたくもなるだろう。それでも傍に居ろという。離れるなと。もし俺が死んでも、お前は生きて世界の反対側から俺を見ていろと。私を見なくなっても、私には消える事を許さないだなんて本当に。



「我が儘すぎるよ」



唇を重ねたまま転がり込んだ棺の中、
隙間なく抱きしめ合うこの瞬間に、死期を思った。そしてその日がきたら、愛しげに涙を拭っていくその真っ白なスカーフによく似た薔薇で、二人を埋め尽くして欲しいと、心から。


【エバーグリーン】





(花言葉)
白薔薇 : 心からの尊敬, 無邪気, 清純, 純潔, 恋の吐息, 相思相愛, 尊敬, 素朴

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