どうしてだろうと、いつも思う。
どうしてわたしは、この人を好きになったのだろう。
この人じゃなければ、すんなり行ったかも知れない。
けれど、この人じゃなければ、ダメなんだ。
住む世界も、何もかも、違うのに。
「ナノ!そんなとこで何してんだ?」
「ルフィ。ううん、何もしてないよ」
「変な奴!」
変な奴、と笑いながら、ルフィはわたしの隣に腰をおろす。彼にとっては何気ない行動でも、わたしにとっては心臓が口から飛び出しそうな行動。
だって、そうでしょう?
大好きな人が隣にいるなんて、
そんなの、嬉しすぎて耐えられない。
「なァ、おれの仲間になれよ」
「またそれなの…」
「ナノが、うんって言うまで言うからな!」
それじゃ、断る余地なんかないじゃないか。
ルフィ達の一味がこの村に停泊して、もうしばらくが経つ。こんな平凡な女の何が気に入ったんだか、顔を合わせるたびに仲間になれと勧誘してくる彼に、わたしはいつしか満更でもなくなっていた。
だけどわたしは一般人で、彼は海賊で。
一時の気の迷いで決断したらきっと痛い目を見るだろう。
それに。
「ねえ、ルフィ…」
「ん?仲間になるのか?!」
「違うよ!…えっと…ル、フィは…さ」
「なんだ?」
「好きな人とか…その…いないの?」
「おう!いるぞ!」
ガツンと、頭を鈍器で殴られたような錯覚。
まさかそんな。ルフィに好きな人?
そんなバカな。
相手はあの航海士さんだろうか。
それとも大人の魅力たっぷりのあの人だろうか。
…尚更、ルフィの仲間になんてなれない。
傷付くのは、嫌だもの。
「おれは、お前ら皆大好きだ!」
「…へ?」
ニシシッと、歯を見せながら、ルフィは笑う。
それはそれは嬉しそうに、楽しそうに。
「おれは仲間が大好きだ!」
勿論、ナノ、お前もだぞ!
そう、ルフィの言う好きは、仲間として。
皆大切で大好きな仲間なんだと言うのだ。
切なくも、嬉しく思うのはおかしいのかな。
まだ仲間になると決めたわけでもないわたしを、大切な仲間と同じだけ大好きだと言ってくれるルフィ。
ねえ、わたしは、貴方を。
「…あはは、そうだよね。ルフィがそれ以外に好きとか言うわけないもんね!」
「なんだよナノ!何笑ってんだ!」
むっと唇を尖らせながら、見て取れる程に不満を漏らすルフィを尻目に、わたしが胸を撫で下ろしたのも束の間だった。
ルフィにそういった意味での好きな人がいなくてホッとする反面、結果的に自分もそんな対象ではない事に気付かされたからだ。全く、本当になんてことだ。ルフィが恋愛などわからないのは、いい事なのか悪いことなのか。
「…だって、ルフィは恋愛とか、意味わからないでしょう?」
「失敬だぞ!おれだってそんくらい知ってる」
「え…」
ちょっと、驚いた。
ルフィが恋愛の意味を理解していたなんて。
けれど、驚きよりもやっぱり。
嬉しいっていうのが大きかった。
…対象外なのは、変わりないけど。
「……んだ?」
「あっ、ごめん、聞いてなかった」
「だから、ナノはどうなんだ?」
好きな奴、いるのか?
だから、仲間にならねェのか?
ルフィにそう問われ、わたしの頬には瞬時に熱が集まる。いきなりそんなこと、それも想い人に聞かれるなんて思ってもいなかったから、対応しきれなくて。
「えっ?!あの、その…っ、えっ?!」
「変な奴だなー」
しどろもどろになるわたしを見据えながら、ルフィはいつものくしゃりとした笑顔を見せた。告白するなら、きっと今なのだろうと思う。
けれど、わたしには到底無理な話だ。
ルフィに好きな人がいるかどうかを聞くだけで、精一杯。
ああもう、なんて臆病なんだ。
「…い、いないよ!」
「……そっか」
「ルフィ…?」
いない、と。
そう告げた瞬間、ルフィの顔は至極真面目なものへと変わった。どうしてそんな表情するのだろう?何か変な事を言ってしまっただろうか?などと、様々な考えが頭の中を駆け巡るけれど、一向に答えなんて出てこない。まさにショート寸前だ。
それなのに。
ルフィが次いで紡いだ言葉に、ただでさえ纏まらない思考回路は、完全に考える事を放棄してしまった。
「んー、おれって言うかと思った」
「…っ」
ニシシッと、いつもの、笑顔で。
ルフィはとんでもない爆弾を落としてくれた。
「なっなっ、なに…言って…!」
「わかんねェ!」
ドン!と効果音が聞こえてくるほどに、自信満々でルフィはわからないと言い切った。わからないのはこっちだ、全くもってルフィの真意が見えてこない。
でも。
「腹へった!何か食ってくる!」
「わぷっ、…もう!ルフィ!」
また後でな!
そう告げながら、ルフィはわたしの頭に麦わら帽子を乱暴気味に被せた。
「ほんとに…もう」
ルフィの香りが漂う、ルフィの宝物。
麦わら帽子にそっと触れながら、彼の置いてった言葉の意味を噛み締めた。
きっと、わたしは、貴方と。
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