その手で君を

初めはよくわからねェ女だと思った。
急に現れて、家族になって。
親父や皆に、蝶よ華よと愛でられて。


「…ん、ティーチ……あいしてる」
「あァ、おれも愛してるぜ」


だからコイツに迫られた時は正直戸惑った。
生憎おれはこんなご面相だ。
お世辞にも男前だとは言い切れないし、
女の扱いだって長けていない。
そんなおれに言い寄ってくるなんざ腹に逸物抱えてんじゃねぇかと考えていたから、それこそ邪険に扱ったりもした。

けれど、コイツは、***は、
こんなおれに無償の愛を与えてくれた。
慈しむ様に包み込むように、
おれの中に渦巻く真っ黒いソレが薄れてしまう程に
その身全てでおれを愛してくれて、
今では毎晩の様におれの腕の中で艶やかに啼いている。


「ティーチは、何か欲しいもの、ある?」
「ゼハハハ!あァ、勿論あるぜ」
「私よりも欲しい…?」
「……ゼハハ、」


その言葉にコクリと息を呑む。
***の表情がいつになく真剣だったからじゃねェ。
コイツと出会う前のおれならば、
考えるなまでもなく即答していたその質問に
言葉が詰まってしまったからだ。

今のおれはどうなんだ、
***よりもソレが欲しいと胸を張って言えるのか。
どんな手を使ってでも
欲しくて欲しくてたまらなかったソレが欲しい、と。


「…困らせてごめん、おやすみ」
「ゼハハ、おやすみ」


そう言って眉尻を下げた***は、
おれの胸に額を擦り付けて夢の世界へと旅立っていった。

なァ、***。
ソレも欲しいがお前も手離したくねェと言ったら
お前はどんな顔をするんだ?
どちらも手にしたいと願うのは、
やはり欲張りなんだろうか。

おれの手に自然と入って来なければ
どんな手段を使ってでもモノにする。
それを見たお前は、おれから離れちまうんだろうな。



─────

その時は、呆気ないほど簡単に訪れた。
おれの親友が、ソレを手に入れ『ちまった』
あぁ、カミサマは酷な事をするもんだ、
この船で初めて出来た親友を、
…自らの手にかけなければならねぇのだから。

おれの頭ン中は、ソレを奪うタイミングばかり考えていた…筈だったのに、同じくらいどころかソレ以上に***の姿が脳裏に浮かんでは消えていた。
おれがこれからする事を、連れて行きたくて仕方ねェのに、どうしても***には伝えられなくて。身を裂かれる思いだけれど置いていこう、そう決めた時だった。

ソレを手に入れた親友の、サッチの部屋から物を薙ぎ倒すようなバカでけぇ音と部屋の主の叫び声、次いで怒号が響き渡る。何かあったのではと駆け付け、扉を蹴破り、おれの時は止まった。


「ゼハハ…、なんの、冗談だ」
「あらティーチ、ご機嫌いかが?」


どうして***がサッチの部屋にいる
どうして***は下着姿でいる。

首もとを押さえたサッチの指の間からは
絶えず鮮血が流れ続けていて、
どうして***は、冷めた笑みを浮かべながらそれを見下ろして、どうしてその手に"ヤミヤミの実を"持っている。


「…私、ずっとコレが欲しかったの」


騙してごめんね、
でも貴方の女だったからこそ
サッチは私に心を許したのよ
ねェ、ティーチ、親友って素敵ね?


「あ…」
「何の騒ぎだよい…!」


本当に一瞬だった。
マルコが部屋へと飛び込んで来て、即座に状況を飲み込んで***を捕らえようと身構える。そんな時だと言うのにおれは何故か体が動かなくて呆然とそちらを見ていれば、ソレを手にしたまま***は窓をぶち破り嵐の中へと飛び出して言った。

それを追う様に歩を進めたマルコを片手で制する。


「待ってくれ、マルコ」
「ティーチ…!」
「ゼハハ…あいつはおれの女だ、おれが始末を付ける」
「けどよい!」
「サッチもすまねぇな…」
「な、んで」


なんで謝るんだと、サッチが息も荒くそう告げた。


「ゼハハ!男と女なんてそんなものだ」


まさに寝首をかかれたって奴だな、なんて
呑気に笑って見せるが、正直つれぇ。

***がおれを騙していたからじゃねぇ、
サッチに抱かれたからでもねぇ、
その為に愛を囁いていたからでもねぇ。
こんな時でも、おれは泣き方を知らねぇからだ。


「じゃあ行ってくるぜ」
「すぐに連絡よこせよい」
「あァ、わかってるさ」


おれの女が仕出かした不始末は
おれが拭うべきだろう?
納得が行かない風のマルコやエース隊長に、そうおどけて見せれば渋々送り出してくれた。

あぁ、あぁ、どうしたおれ。
***はおれを騙していただけなのさ
だから殺すのだって惜しくはねぇさ。

何よりサッチから***へと持ち主が変わったのだから
前より楽に手に入れられるだろう。
そうすれば、おれの望みに1歩近付くじゃねぇか。
そうさ、親友であったサッチを、殺そうとしてたことに何の戸惑いもなかったんだ。おれはそんな男だ。



────

「ゼハハ…、見付けたぜ」
「見付かっちゃったわね」


モビーからそう遠くない島に***はいた。
もっと遠くに逃げられただろうに、何故いるのだ。
初めてお前を抱いた、この島に。

さぁ、いい子だからその実を渡せ、
そう告げようとするより早く、***が口を開いた。


「…私も、殺すの?」
「…え?」
「私も殺して、コレを奪うの?」


サッチを殺して奪おうとした様に─


「…何を、サッチは、お前が…」
「これは渡さないよ」
「***、いい子だから、おれを困らせるな」
「欲しいなら、殺して奪ってよ、ねぇ…ほら、」


無防備にも両手を広げておれを見据える***。
何を臆する事があると言うのだ、
目の前にあんなにも望んだ宝があるじゃねぇか


「ねぇ、奪ってよ。殺してよ」
「…ゼハハハ!冗談もいい加減にしろ、***」
「だって、サッチは殺そうとしたじゃない」
「…ッ、」
「油断したサッチにナイフを突き立てようとしてたじゃない」
「…お前は、何を、知ってる」


─ぜんぶ、知ってるよ──


くしゃりと顔を歪めて
大粒の涙を流す***を
おれはただ見据えることしか出来なかった。


「ぜんぶぜんぶ、知ってるよ。コレがティーチが欲しがってた物って事も、コレを手に入れる為なら鉄の掟だっていとわない事も、サッチを殺そうとしてた事も、」
「あ…」
「その先も知ってるんだよ」
「その、先…?」


しゃくりあげながら言葉を紡ぐ***に、
おれは呼吸をする事さえままならない。
おれがこの先何をしようとしていたか、それによってどんな結末が待ち受けるか、事細かに言われて。


「ねぇ、ティーチ。私を殺してよ」


そうだ、コイツを殺してしまえばいい。
サッチを殺して奪おうとしていたのだ、
それの相手が変わった所で支障はねぇはずだ。

そんな簡単な事なのに、
簡単な事だった筈だったのに。


「どうして、泣いてるの…?」


泣く?このおれが?
泣き方を知らねぇおれが、どうやって泣くのだ。

じゃあどうして、
どうして得物を持つ手が震えている
どうして***の姿が霞んで見える
どうして、おれは、泣いている。


「ゼハハ…情けねぇ、お前を殺せねぇよ」
「じゃあこれは、私のものだよ」
「…ッ、待て!」
「…おぇ、マズ」


ガブリと。
何の躊躇もせずに
***はその実へとかぶりつき、飲み込むと
その不味さに眉間に皺を寄せながら、唖然とするおれをよそに呟き始めた。


「初めはね、サッチが大好きだったんだ。ううん、エースも、マルコも、親父も、みんなみんな大好きだった。」
「…、」
「だからね、」


しゃくりあげているのに、***は笑った。
ふにゃりと、おれの大好きな、あの笑顔で。


「元凶を招いたティーチが憎かった、殺したいくらいに憎かった。どうにか未来を変えたくて、何度も何度も頑張ったのにいつもいつもダメだった。

だから、あぁ、ティーチを騙せばいいんだって。
この人を騙して鼻を明かしてやろうって
私がこの人を殺してやろう、そう思った。」


綺麗にティーチは私に落とされた、
そう笑いながら告げる***に、ぎゅっと拳に力を込める。


「…でもね、やっぱり、ダメだった。」
「何がだ、」
「ティーチの、心に触れてしまったから」
「…ここ、ろ」
「孤独で、真っ黒で、淋しくて。でも私を見るときの瞳は優しさに満ち溢れてて、気付いたら、愛しくて愛しくてたまらなかった」


可愛さ余って憎さ100倍どころか
憎さが余りすぎて愛情1000倍だよ!
そうおどけて見せる***は、いつもの***で
おれは無意識に微笑んでいた。


「ねぇ、だからティーチ。私を殺してよ」
「…出来ねぇ」
「私を殺せば丸く収まるんだよ」
「どうしてそうなるんだよ」

「私は、みんな大好き、大切なの。
だからみんなが悲しむのは嫌なの。
家族が死ねば、みんな悲しむでしょ?
だけど、今の私は鉄の掟を破った重罪人。
そんな私なら死んだって誰も悲しまないよ」



みんなが悲しまないで済むなら
私は憎まれたまま殺されたっていい、
愛する貴方の手で、死にたい。
それに、またこの実が出来るまで、
貴方の野望は叶わないでしょう?


あぁ、おれらしくもねぇ。
どうして涙が止まらない。
昔のおれなら、簡単に***を捻り殺していたと言うのに。
呆気なく、探し求めた実を喰われちまって
腸が煮えくり返ってもおかしくねぇってのに、
何故だか妙にスッキリした気分だ。


「…ティーチ?」
「ゼハハ…、お前にゃ敵わねぇな」
「電伝虫なんかどうするの」


懐から電伝虫を取り出したおれを
***は怪訝な表情で見詰める。
掛ける場所は一つしかねぇだろうが、バカめ。



『ティーチかよい…!』
「あァ、マルコか」
「ティー…むぐっ、」


受話器の向こうの声に***は目を見開いて、声をあげそうになるが、それを手のひらで塞いで黙らせる。
わざと呼吸を荒げて、辛そうな声を出すことは忘れない。


『おい、ティーチ!』
「…ゼハハ、マルコ…サッチの奴は…?」
『何とか生きてるよい!それよりお前ェ…』
「あァ、***は始末したぜ、おれの手でな」
『…ッ、』


向こうでもこっちでも、
息を呑んだのがわかって思わず苦笑する。


『そう、かよい…辛ェ事させちまったな』
「いいや、おれの女なんだ。当然さ」
『終わったなら早く戻って来いよい、ティーチ』
「……ゼハハ、」
『…ティーチ?』
「そうも、行かなくなっちまった」
『おい、どうしたんだよい…!』
「相討ちって奴さ、マルコ。…お、れはもうダメだ」


電伝虫の目玉が大きく見開かれ、
向こう側のマルコの狼狽えぶりが手に取るようにわかる。
こっちでも同じ顔した女がいてなんとも滑稽じゃねぇか。


『おい、ティーチ!迎えに行くよい、どこにいる?!』
「ゼハハ…、もう、無駄だ」
『ティーチ、ティーチ…!』
「サッチのバカに伝えといてくれよ、人の女に惑わされるから、刺され…んだって」
『おい…ティーチ!やめろ、死ぬんじゃねぇよい!』
「あぁ、それと」


おれァ、お前ら家族が大好きだったぜ。
そう最後に告げて、カチャリと受話器を置いた。

未だ押さえたままだった手を離してやれば、
涙目の***がつかみかかってきた。


「バカじゃないの?!せっかく、私…!」
「ゼハハハハ!バカでもいいさ、おれは」
「ティ、ーチ」
「お前のせいだからな、責任取れよ」


あれだけ欲しくてたまらなかったものが
お前の前だと霞んで見える。
あれだけ叶えたかった夢が、どんどん小さくなる。


「バカティーチ」
「ゼハハハ!なんとでも言え」
「バーカ!」
「あァそうだ、あの答えを教えてやる」
「え?」



お前より欲しいモンなんて
この世にゃ存在しねぇよ、バカ。





───この先に起こる筈だった、頂上決戦。

その引き金ともなった男、
後に黒ひげと呼ばれるこの男。

マーシャル・D・ティーチ

黒ひげ、マーシャル・D・ティーチという彼の名は
この日を境に世から消えた。
いるのは、一人の女の為に全てを捨てた
ただの、ティーチと言う名の男だけ。

そう、黒ひげは
この日確かに倒されたのだ。
海の秘宝よりも大切な
一人の愛しい女の手に寄って…。





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