樹花鳥獣図屏風事件

目の前で仲間を、
ティーチを殺した女を漠然と眺める。

一体何が起こった。
どうなってる。


しかし、全身から溢れる闇を零してケタケタ笑う血塗れの女を見ながら、いつかとんでもない事をやらかしそうな空気はあったとも、確かに感じた。

平然と仲間の前で絡みつき、愛し合っていた筈の女が自分の恋人を殺めた裏に何を隠しているのか。それを探るため、声を掛ける事も仲間を呼ぶ事もなく、ただ足元を見る。




前に一度、この二人が部屋をぶち抜くほどの大喧嘩をした事があった。原因は***がサッチと寝た事なのか、サッチが得た悪魔の実を***が食べてしまったからなのかは、何も語らない二人からは解らない。

だからといって色ボケしたサッチは毎日彼女をやましい目で眺め、ニヤニヤと幸せそうな溜息しか零さないし、兎に角何もかもが謎だった。



***。
髪を靡かせて、いつも波間の向こう側を眺めている女だった。薄い唇を少しだけ吊り上げ、普段の言動行動とは到底似つかわない、優しい眼差しで遙か遠くを見る。

そんなこいつを家族達は口々に噂した。
ミステリアスで可愛い
俺も相手してもらおうか
腹に何か、ありそうだ
何を考えてるか解らない
あんな気持ち悪いのは御免だ

皆、好き好きに思う事を話す。
しかし、決まって最後にたどり着くのは「***は誰を愛しているのか」ただ一つだった。





「マルコ?どうした?………てオイっ!!!!!おい、誰か!ティーチが!!!」



一番に駆け付けたのはサッチだった。
俺の肩に触り、そしてすぐ現場に寄り、そこに佇む真っ赤な女を哀しげに見つめ。



「お前……***が…やったのか、」

「うん。愛しすぎて憎くなった。罰は受けるさ」



サッチは頬にそっと手を伸ばした。
***はそれを払うでもなく普段の口で笑い、手を重ね、ごめんと一言呟く。


その瞬間、ああ、この女が愛していたのはサッチだったのかと納得した。ティーチを愛しすぎてではなく、サッチを愛してしまったからなのだと。そうだとすればあの大喧嘩もその類の内容だったに違いない。


しかしそう解釈した俺は、
サッチが親父を呼びに去った後、入れ違いで駆けてきたエースを見て驚愕した。

…正確には、***にだ。


エースは全てを知り、***の両肩をひっ掴んで激しく揺らした。謎解きに忙しい俺の頭にその声は聞こえてこないが、何かを必死に叫んで、その叫びを***にぶつけて。戸惑いの色もあるが、それは確かな怒りだったんだ。

それなのにこの女は。
なんて事か、

笑っていた。



吹き込む風に髪を靡かせて。
いつもの、
波間の向こう側を眺める目で。

薄い唇を少しだけ吊り上げ、
普段の言動行動とは到底似つかわない優しい眼差しで、遙か遠くではなく、エースを見つめていた。




''***は誰を愛しているか''



きっと死んだ恋人ではない。
色ボケサッチでもない。

多分この、
怒りと戸惑いで火を吹きそうな、
激情まみれの男。



叫ぶ声を全て無視しながら微笑む女は、ゆっくりと肩に乗る手を払い除けた。そして突然に抱き締め、エースからは見えないその背に向かい涙を一粒落とし、直ぐに突き飛ばす。そして美しい微笑みと、指先で飛ばしたキスだけを残し。背中から海へと身を投げた。


エースは外へ手を伸ばし、
まだ叫んでいた。
ティーチは死んでいた。
沈黙を守って。
戻ったサッチは飛び込んだ。
くそうと叫んで。

俺は、ただ見ていた。
全てを見届けた。



この男を殺す事で何をしたかったのか、自分が最後に死ぬ事でなにをしたかったのか、***は謎とキスだけを残し、全てを綺麗なまでに闇の中へ持っていった。

生きていたら。死んでいたら。そう思えば良くも悪くも、この女は世界を変えたのかもしれない。そこまでしなければ変えられない未来とは、世界とはなんだったのか。混沌とした船上、これ以上に変えたいと思う現状も中々に無いのだが。



全てを知らぬ青い空。
何もなかったよ、と揺れる海。



数分後、
波間でいつまでも悲鳴を上げ続けるサッチの元に見覚えある一つの実が浮かび上がり、女の意図と死が確定した。




【樹花鳥獣図屏風事件】



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