The first and last





まだ夜も明けきらない内に
全員が甲板へと集まっていた。
大切な家族である彼を、送るために。

彼の人望と言うか
そんなものが手に取る様にわかるほど
たくさんの人間が。
勿論傘下だって揃っている。

ねぇ、どうして
どうしてこんな事になってしまったの?


棺に横たわる彼の、サッチの顔は
まるで寝ているみたいに穏やかで 、
今にも起き上がるんじゃないか
いつもの様にふざけてるだけじゃないか、
そう思うのだけど、やっぱり叶わなくて。

次々に彼に別れを告げて行き、私達の番となる。



「私は、お前を尊敬していたよ、サッチ…
どこかふざけているのに、人一倍気を張って気を使って、
そんなお前にいつも助けられていた。」


彼の力の抜けた手を取り、
今までありがとう、と続けたビスタは
サッチの手の甲に唇を落として、離れて行った。



「…っ、ザッヂ…なん、だよ!なんでだよォ…!!
おれ、おで…!アンタに、アンタの笑顔に憧れて!
アンタみてぇになりてぇなって、そんなアニキになりてぇなって…!!それなのに…っ、ハァっ…悪ィ…、」


ゆっくり休んでくれよ、
泣きじゃくりながら呼吸を荒げながら
エースはサッチの瞼に唇を落とす。



「…お前ェさんもツイてねぇ男だよ、全く
約束した極上の酒、やっと手に入ったんだぜ?
なァ、後生だから…目を開けてくれよ…!!」


乱れた髪の毛を直そうともせず、
イゾウはサッチの手に頬を寄せ、苦し気に囁いた。
頼むから…もう一度その軽口を聞かせておくれよ…
そう続け、彼の大きな掌に、そっと口づけた。



「…冗談、なんかじゃねぇんだよなァ…。
なァ、サッチ?お前ェはおれを親友と言ってくれたねい?
おれも…そう思ってたんだよい……。
お前ェはおれの一番の親友だったんだい…」


こんな事なら意地なんか張らねェで
ちゃんと伝えれば良かったよい…、と咽び泣くマルコは
サッチの少し崩れた前髪を掻き分けて額に唇を寄せた。



「…グララララ!
親より先に死ぬなんざ、しょうのねぇ親不孝だ。
本当に仕方ねぇ野郎だ……でもなァ、サッチ…」


おれァ、お前が息子で良かったぜ?
かけがえのない宝が出来て満足だったんだ。
もう一度、親父様は
グララララと、悲しそうに、笑って、
その大きな唇を、サッチの頬に落とす。



「…サッ、チ…サッチ……!!」



前が、見えない。
ちゃんとしっかりサッチの顔を見たいのに、
その姿を脳裏に焼き付けたいのに。
後から後から零れるソレが許してはくれない。

サッチの逞しい腕を撫で、唇を寄せる。
もっと抱き締めて欲しかった、もっと…。
この腕が大好きで、サッチが大好きで、
ふざけながら噛み付く時も、大好きで…。

もうこの腕は、私を抱き締める事はない



「ねぇ、起きてよ…起きてよサッチ……」



ひんやりとした首筋に顔を埋める。
香るのは少しの血と、石鹸の匂い。
情事の最中にこの首から滴る汗が大好きだった。

私を想い、私を感じ、それらが結晶となり
……私に降り注ぐ。
もう一度抱いて欲しい、悦ばせて欲しい、
そうどんなに望んでも返ってくるのはひやりとした匂い。
叶えられない私の欲望は欠片となりて目から零れる。

それらを隠す様に、飲み込む様に。
サッチの息吹が感じられない首筋に唇を寄せる。


サッチ、起きてよ。名前を呼んでよ。



「…***、」



私は、狂ってしまったのだろうか。
返事など返って来ないとわかっているのに、
サッチの温もりは、もう戻らないとわかっているのに。

幾度も幾度も
サッチの鼻に、耳に、口付けを繰り返す。



「***、***……!」



指先に、腹筋に、
とても静かな、胸板に。



「***、やめ…ろ、よい…!」



ボロボロと涙を流しながら、
掠れた声でサッチの名前を呼び続けながら
執拗な程に、口付けを繰り返す私の肩を
同じ様に涙を流すマルコが掴む。

サッチはもう還って来ねぇんだよい、

わかっている、そんなのわかっているの。
サッチはもう起きない
もう名前を呼んでくれない、
もう、私を愛してくれないのだ。



「サッチ…」



そっとサッチの頬に触れ
血の通わない唇に、私はゆっくり口付けた。

初めて、私から、サッチへの口付け。

あぁ、どうして。
もっと早くこうしなかったのだろう。
サッチから与えられる事に溺れていて、
自分から与える事を、伝える事を、忘れていた。

あれだけサッチが望んでいたのに
私からのキスを、求めていたのに。

全ては遅過ぎたと言うように
私からの最初で最後のキスは、
どこか甘くて、苦かった。


もう一度、ゆっくりと
もう二度と動かない、開かない唇に、
ありったけの愛を込めて口付けを。



「…サッチ、愛してるわ」



そっと棺から離れて
今度こそ、彼の最後を見送る。

彼の、大切で大好きな家族に囲まれて
穏やかな表情のサッチを乗せた棺が船から離れて行く。

段々と沈み行くサッチに、
泣きながら、泣きながら、さようならと告げる。




母よ、母よ、母なる海よ
貴女の息子が還ります




咽び泣く私達の頭の上を
一羽の鴎が飛んでいた
いつまでも、いつまでも
彼との別れを惜しむ様に。








F.グリルパルツァー
『接吻』より




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