金烏玉兎回顧録

時の流れを、
その中で起こる全てを。
万物を知るものが
この世の中には居るのだろうか。




烏兎そうそうに全ては過去になった。

ティーチの死、***の死。
時に置いていかれた二人は既に思考を持たない。しかし
見送った俺達は違う。



遠い向こう側、後光の前から動こうとしない二人を振り返り、ついて来ようとはしないその笑顔を、後ろ髪を引かれるように時々、皆は振り返っているように見える。



あいつが残したのは微笑みとキスだけだと思っていたが、後から気が付いたとなればこれは遺言と遺産に近いものがあるのかもしれない。

家族達の顔付きは変わった。
笑いはするが何かを持たされた様な、前を向けば何かを見据える様な瞳に変わった。そしてそれを見る度に、その魂を相続したのかと、ふと思う。

あのエースに寡黙な時を。
嫌煙家のイゾウに煙を。
家族達に哀しみを。
サッチには、闇を。





「マルコっ!!!サッチが!!」




駆け込んで来たのはエースだった。
また始まったかとサッチの部屋に向かえば、その扉を誰も開けてやれない理由が直ぐに解る。

扉を囲う数ミリの隙間から、
漂っては引いていく黒い闇。


愛した女の亡きあとに浮かぶ実を、食べぬ訳にはいかなかったんだろう。取り込む事で生かしてやりたかったんだろう。だからサッチは闇を相続した。しかし、それは愛ある故にただのブラックホールに終わらない。

こうして手が付けられなくなる部屋の中で、自身の中に落とされた闇とも闘っているのだ。



「親父んとこ行ってくるよい」



静かに引き返し親父の元へと歩いていく。俺は傍観を突き通した。何も相続していない。強いて言うなら謎だけは貰ったが。だからサッチの部屋へも親父の部屋へも歩いて行けたのだろう。

しかし聞かされた。残されていた。
俺にもあったんだ。
相続するものが。




親父の前に座るなり差し出された小箱。
そこには海楼石の欠片が入っていると。


「聞けマルコ。それは***が実を食べた後から持ち歩いていた物だ」


後に続く話は、更に昔へと遡った。
ある日の真夜中、親父の元へ来た***が、恐ろしい夢を見たと。たった一人大切な人を残して皆が消えるのだと。

そいつはおっかねぇと宥めてやる腕の中で、寝言のように俺の名を呼んだのだと。




「クソォォォォォ……!!」


眼は開ききっていた。
小さく繋がっていく謎が俺を大きく取り込み、巻き込んでいく。次に息を吸うまでに、小箱を握り締めて全力で駆け出していた。


時の流れを、
その中で起こる全てを、
万物を知るものが
この世には居るのだろうか。

***はそれを見ていたのだろうか。




「サッチ!!!しっかりしろよい!!」



握り締めた小箱で扉は簡単に押し開けられた。すると突き出す拳を境目に引いていく闇。大股で踏み出す一歩にゆらゆら揺れて消えていく。そして部屋の隅には、膝を抱えたサッチ。


「肯定しろ、肯定しろ、俺は」


そう呟き続ける周囲の床板はぐるりと爪痕が囲っていた。サッチは何に震えているのか、何を見ているのか。


「大丈夫だ、聞け」


しかし、
呟き続ける虚ろな目は
この声を聞こうとしない。


「聞けっつってんだろうが!!!」


思い切り振り切った右手で頬を打ち、何も見ない目をこちらへ向けて唇を重ねる。愛する仲間へ、家族へ、俺に残されたのだという大切な家族へ唇を重ねる。***が見たのがこの男の死だったなら、俺は此処で再びこいつにそのチャンスを与えてはならない。


「***は俺達を守った。***も俺達も、皆お前を否定したりしねえよい!!いいか…!」


サッチの目からは、
虚ろが消えていた。
代わりにたくさんの涙を流して。


「生きんだよい!!!」



抱き締めれば抱き締める程、
自身からも知らなかった涙が溢れる。
互いの涙を見ながら、
愛で繋がりながら残されたのだと。


***は皆に影を残した。
家族達に多大な哀しみを。
サッチには、大きな闇を。

そして俺の中に、一つの真実を。






【金烏玉兎回顧録】







・金烏玉兎(きんうぎょくと)

日月。太陽と月。「金烏」は太陽に棲むとされた3本足 の烏、「玉兎」は太陰(月)に棲むとされた兎。歳月があっという間に早く過ぎ去っていくことを烏兎怱怱という。


・回顧録
過去の思い出などを書いたもの。



・烏兎怱怱/烏兎そうそう
読み方:うとそうそう

月日の経つのが早いこと。
「烏兎」は古来、太陽に烏が、太陰(月)には兎が棲むという伝説から、日月を意味する。なお兎は「脱兎の如く」などのように素早さに喩えられる動物でもある。「怱怱」は慌しいさまを意味する。転じて、月日があっという間に過ぎ去っていく様子を指す。光陰矢の如し。




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