妖怪人間ゴム(童守町に麦わらの一味見参)
童守町は今日も平和…な筈だった。
子供達にぬーべーと呼ばれている彼の妹でもある私、
鵺野***は、兄とその生徒、そして兄の友人でもある玉藻と共に海水浴場へと来ていた。
「はー、日焼けコワイ日焼けコワイ」
「少しは黙りなさい」
「うるさいバケギツネ!」
「なんです、発育途上胸が」
「まぁまぁお前ら、喧嘩するな」
「アニキは黙ってて!」
玉藻とはどうも折り合いが悪い。
元々はあまり絡んだりしなかったのだけど、
コイツが妖狐とわかってからも私が態度を変えなかったのが面白かったらしく、何かとちょっかいをかけてくる。
全く、アニキも玉藻も
黙ってればイケメンなのに。
「じゃじゃーん、悩殺ビキニー!」
「美樹…、小学生の癖に生意気」
「***さん、羨ましいんでしょー」
「コノヤロー!」
「もっとやっちゃえ!」
小学生にあるまじきバディーの美樹にアイアンクローをお見舞いしていれば、後ろから郷子の声援が聞こえてくる。まぁもちろん私と同じく貧乳だからなんだろうけど。
「わぁ!ライオンさんの船がいるのだー!」
「うおー、なんだあれでっけー!」
「おいおい、テレビで見る様な海賊船じゃねぇか!」
沖合いに浮かぶ大きな船をまことが見付け、
その大きさに広が感嘆の声を上げ、
更にはそこに存在する
日本ではあり得ないジョリーロジャーに克也が驚いていた。
「…アニキ!幽霊船じゃないの?!」
「いや…、霊気は感じないな」
「勿論、妖気もですね」
「だって!あり得ないでしょこんな所に!!」
私を含む子供達は怯えているものの
アニキも玉藻もシレッとした態度を崩さなくて。
この二人がそう言うなら、あれは本当にただの船なのだろうかと安心した時だった。
「メェ────シ──────!!」
「ぎゃぁぁぁぁぁっ!」
その船から肌色の何かがみょーん!と伸びてきて、
私のすぐ横の岩にぐるぐる巻き付いたかと思えばそのまま少年がズドーン!と飛んできた。
よ、妖怪じゃん!お化けじゃん!
この世に腕が伸びる人間がいてたまるかってんだ!
「おおー!人が一杯だな、」
「アアア、アニキ!じょ、徐霊して!」
「…む、」
「美樹ぃぃ!解説宜しくぅぅぅ!」
カチッと美樹の頭を押せば
いつもの様に妖怪解説が始まるはず…!
「あれ、美樹?」
「こんな妖怪知らないわ!」
「…ええー……」
「お前らさっきから失敬だぞ!」
「ぎゃー!喋ったぁぁぁ!」
ムスッとした顔でこちらを見ていた少年は
おれはルフィ!海賊王になる男だ!
と、天高く拳を突き上げて大きな声で叫んだ。
「あー…うん、暑いからね、今日…」
「暑さで錯乱しているんでしょう」
「玉藻、アンタ医者なんだから見てあげなよ」
「それは私より美容外科が」
「私のおっぱいじゃねぇよ、バケギツネがぁぁ!」
「少年、君はどこから?」
「おれか?おれは東の海だ」
「無視かよ!」
チラリと私の胸を視線に捉えた玉藻は、あろうことか鼻で笑いながら最大の侮辱をしてくれた。それに文句を言ったところで、案の定まるっと無視されて私のライフは限り無く削られていた。
「サイクロンから逃げてたら大渦に飲まれてよォ、」
気付いたらこの海にいた!と、いい笑顔を浮かべる少年は何者なんだ。サイクロンとか船が飲まれる程の大渦が現れたら即刻ニュースになるのがこの日本の常だと言うのに…!
「…嘘は付いている様には見えないな、」
「アニキ!」
「地獄の扉が開くくらいです、何があっても不思議ではないかと。」
「玉藻までぇ?!」
「なァ、なんか食いもンくれよ」
うわ自由だ。
こちとらアンタの事で慌てていると言うのに、
麦わらを被ったこのルフィという少年は、キョロキョロと辺りを見回して食べ物を探している様だった。
でも。
キュルルーと可愛らしく鳴く彼のお腹に、考える事がバカらしくなってバーベキューへと誘って上げて、後悔した。
「なんつー食欲だ…」
ガツガツむしゃむしゃと
焼き上がった物からそうじゃない物まで
勿論私達の分の食糧まで食い散らかした彼は、
ぷはー!腹一杯!と、普通じゃあり得ないくらいお腹を膨らませてゴロンと横になった。
ファンタジスタか!
「食ったら帰れば」
「ししっ、お前も一緒に行こうぜ」
「は?」
「お前、面白そうだしな!」
いやいやいや、意味わかんないし。
「じゃそーゆー事で」
「え?」
「どーもごちそーさんでした!」
「いやどーもご丁寧に」
ペコリと礼儀正しくお辞儀をした彼に
アニキも玉藻も子供達も
いやいやどーもとお辞儀を返して。
まてまてアンタ達!
コイツの片腕伸びてるからね?!
伸びて向こうの船に届いてるからね?!
「んじゃ、行くか!お前名前は?」
「あ、***でぐぅぅぇぇ?!」
少年の残された片腕は
然もそれが当たり前かの様に私のお腹にぐるぐると巻き付いて、え?と思う暇もなく物凄い圧力が胃にかかって、とんでもない声がせりあがる。
「いーーーやーーーー!」
「…はっ、***が拐われた!!」
「たーすーけーてー!!」
「あんな貧乳を拐うなんて近頃の若者は」
「たぁまぁもぉ!化けて出てやるからな!」
私がまるで弾丸の様に飛んでいく姿を
唖然と見ていたアニキは漸く事の重大さに気付いたのか、白衣観音経を取り出したけれど時既に遅し。
そもそも霊気も妖気も感じないって言ってた奴にそれが通用するわけないじゃんか!近くにいるなら幽体剥離とか痛いの出来るけど、もう遥か遠い船の上だコンチクショー!
「***ーー!」
「アニキーー!」
「達者でなぁぁぁぁ!」
「は?」
声を大にして私の名前を叫ぶアニキ。
てっきり心配なのかと思ったのに、私が甘かった。
涙を流しながらハンカチを握った手を振り
あろうことか別れを告げたのだ。
「こンのバカアニキぃぃ!薄情者ぉぉぉぉ…!」
「はっはっはっ、見たとこ悪い奴じゃなさそうだ」
「誘拐は立派な犯罪だバカヤロー!」
ジタバタと暴れて見るものの
しっかりと巻き付けられた腕に敵うはずもなく
ゴロゴロゴローと甲板に転がり落ちた。
「ルフィー!あんたまた勝手に…!」
「なんてチャーミングなレディーだぁぁぁ!」
「…まァ、いんじゃねぇか」
辺りを見回せば
カラフルな髪色した何とも見目麗しい男女が私を取り囲んでいて、ヒィッ喰われる!と思うが早いか船体がぐらりと傾いた。
「よーし来たわよ皆!帆を張って!」
「了解!」
物凄い風と、波。
見たこともないくらい大きな竜巻が襲い来る、
あ、もうダメ。私死ぬかもと思ったけれど
麦わらの少年が私の体を引き寄せて。
「***」
「うう…!」
「お前は仲間だからな、おれが守る!」
そう言って
にししっと満面の笑みを見せた。
もう、可愛い妹を見捨てたアニキより
頼れそうなんて思っちゃうほど。
目の前の妖怪?ゴム少年が見せる笑顔には、
不思議な魅力が備わっていた。
さよなら平和な童守町。
どうやらここから私には、
波瀾万丈人生の幕開けが待っているようです。
back