饅頭怖い


イゾウは温厚だ。
イゾウは我慢強い。
イゾウは怒らない。

温厚、と言うよりかは
あまり外に感情を出さないのかも。
戦闘中だって飄々とした態度だし
何をされたってあっさりとしたもんだ。

だから、その、何ていうか…
悪戯心が顔を出してしまったんだ。

別に不満があるわけじゃない。
むしろこんなに素敵な男性が自分の恋人になっただなんて、本当に良いのだろうかと不安になったりする事はある。



「で、イゾウを怒らせてみたいって?」
「怒らせたいって言うか…」
「あー、要はイゾウの地雷が何処にあるかだろい?」
「うん。そんな感じ」


確かにおれらも見た事ねぇなぁと。
マルコもサッチも意外に乗り気だった。
エースまでものりのり。


「まぁ、ちょっとやってみっか」
「うん。ありがと」



やっぱり付き合ったからには彼の全てを知りたい。何をしたら喜んで、また何をしたら怒るのか。
こうして、イゾウを怒らせてみようじゃない会は始まったのだけど。なんだかちょっぴり怖い気がする。



「イゾウー!」
「あン?なんでぇエース」
「悪いっ!お前のメシ食っちまった」
「そうかよ、なら魚でも釣ってくるんだな」
「…お、おう」


くるりとこちらに体を向けたエースは、
頭上に大きくばってんを作って駆け出してきた。


「ダメだ、全然怒んねぇ」
「あれくらいじゃ無理だよ…」
「おれなら街一つ燃やすね」


フンッと鼻息荒く語るエース。
彼に任せたのがそもそもの間違い。
それはサッチ達も気付いたようで、飯でも食って来いと早々に追い払ってしまった。


「んじゃま、おれが行きますかねぇ」
「サッチがんばって。死なないでね」
「物騒な事言うなってんだよ!」


ウキウキとしながらイゾウに向かうサッチ。
何する気なんだろ。


「イーゾーウー」
「うるせぇ消えろカス」
「なっ、それ酷くねぇ?!」
「…用があるならさっさと言え」


へーへーと。
イゾウの辛口にも動じずに言葉を続けるサッチ。


「ナースにさぁ、お前の事でウソついちった。ごめん」
「ほーう…?」
「イゾウはドSで鬼畜で言葉攻めが大好きな絶倫なんだぜーって。ごめんっ」


流石にそれは怒るでしょ!
サッチは本当にすごいな、人を怒らせる事にかけては天下一品だなぁなんて感心してたけど、すぐに私の顔面は蒼白となる羽目になる。


「…別に謝る事じゃねぇさ」
「怒んねぇの?」
「なに、本当の事だ。怒るまでもねぇよ」


なんてこった。
ニイッと妖しく笑うイゾウさんを見て、引き攣る。
まだそこまでの関係じゃないから知らなかったけど、そうか、そうなんだ…イゾウさんてそんな性癖なんだ…。どうしよう。


「おい、***!しっかりしろよい」
「あ…ごめん、意識飛んでた」


うんうん、わかるよいだなんて。
そんな同情を含んだ目で見ないで下さい。


「…サッチもダメか、ならおれだねい」
「い、行ってらっしゃい」
「よい」


しょんぼりと肩を落として船内へと消えるサッチを見送りながら、さも自信ありげな表情でマルコはイゾウに声を掛ける。私はある意味気が気じゃないんですけどね。


「…イゾウ」
「なんだよどいつもこいつも」
「その…すまねぇな」
「あぁン?」
「お前ぇが提出した報告書、間違って捨てちまったんだよい」
「なんだと…?」


うわあ、イゾウの眉毛がピクリと動いた!
これは怒る、これは怒るよ!ヤバイよマルコ危ないよ?!
だけど、次いで紡がれたイゾウの言葉に、私はおろかマルコまでもが驚きに目を見開いた。



「なぁに、そんくれぇ構わねぇさ。報告書なんざまた作りゃいいんだからよ」
「それ、本気かよい」
「当たり前ぇだろ、マルコ。お前さんは疲れてんだよ、ちっとのミスくれぇどうって事ねぇさ」
「よ、よい…」


そう言われたマルコの顔。
『なんだコイツ仏か?!』みたいになってる。
いや、でも、私もそう思う。きっとイゾウさんは仏様なんだよ。怒ったりなんかしないんだよ

なんて、怒らせてみたいとか馬鹿な事を考えていた自分に反省すると同時に、とっても寛大な人を好きになったんだなぁって沁々。
この気持ちを改めて伝えようかなって、未だマルコと談笑するイゾウに近寄った。


「イゾウ!」
「***か」
「えへへ、すき!」
「んな事ァ、とうに知ってらぁ」


わしゃわしゃと。
私の頭を混ぜるイゾウの表情は柔らかい。
ずーっと撫でられてたいなーなんて、うっとりしていた時の事だった。


「おーまだいた」
「エース、どしたの?」
「いや、あの饅頭どこで買ったんだ?」
「え、お饅頭?」


タラリと、嫌な汗が額を伝う。
まさか。そんな筈は。まさか。


「すっげー美味かった!ハルタからよぉ、***が置いてたって聞いたからさ」
「ちょ、エース…食べたの?」
「ほんっとごめんっ!全部食っちまった!」


代わりに倍の数買ってくるから、場所を教えてくれと拝み倒すエースに私は引き笑いしか出来なくて。
だって、あのお饅頭は。


「…イゾウの為に、折角作ったのに……」
「え?!あれお前が作っ………ぎゃあああ!」


エースの目が驚きにまん丸になると同時に。
パァンと乾いた音が響き渡り、
そしてエース越しに向こうが見えた。
正確に言えば穴の開いたエースのお腹から向こう側の景色が鮮明に見える。
言うまでもなく、イゾウが得物をぶっぱなしたんだ。は


「イゾウ?!」
「イゾウ何すンだよ!おれが自然系だからいいものの…!」
「おや、すまねぇ。間違えた」
「間違えたって何……うっぎゃあああ!」


にぃっこりと。
満面の笑顔のイゾウは『お前さんにはこっちだったな』と、海楼石の銃弾を取り出し再度エース目掛けて撃ち込んだ。エースはスレスレで避けたものの、弾が頬を掠めて血が滴っている。


「ど、どしたのイゾウ!」
「お前!本気で撃つなよ、危ねぇだろ?!」
「…なぁに、人様のおマンマを盗み食いするでっけぇ鼠が出たからよ。始末してやろうかと」


なぁ***、そう思うだろう?と。
ニコニコしたまま続けるイゾウ。
笑顔なんだけど、惚れ惚れするくらいに極上の笑顔なんだけど…!寒気がするのは何でだろ。


「イ、イゾウ!お饅頭ならまた作るから!そんなに怒らないで」
「別に怒っちゃぁいねぇさ」


現におれは笑顔だろう?なんて。
そんな事言われたら何も言えなくなる。
でもあれだ、イゾウの地雷はお饅頭にあって、怒る時は笑顔のまんま怒るって事がよくわかった。意外っちゃ意外だけど何だか可愛い…。
後でいっぱいお饅頭作ってあげよ。


「***ちゃあぁん!」
「きゃーっ!」
「!」


いきなり抱き着かれた。サッチに。
『またフラレちゃった!慰めて!』とかなんとか言いながら私の控え目なおっぱいに顔を押し付けるのやめて欲しい。変態。だからフラレるんだ。
サッチ離れてって、言おうとした、のに。



「ちょ、サッチ!離れ……っ?!」
「ぎゃあああああ!」
「おいコラ腐れパンさんよう、てめぇ何気安くおれの***に触ってんだ?あぁン?」
「イゾ、やめ、おれのリーゼント…!」


むんずとサッチのポリシーを鷲掴んで、上へ上へと引っ張りあげるイゾウ。さっきと変わらず物凄い笑顔なのに、目が全く笑ってないのは気のせいだよね?!


「おうおうおう腐れパンさんよう、***はてめぇみてぇな俗物がおいそれと触れちゃぁならねぇんだよ!わかってんのか?おい、何とか言えよ、おらっ」
「は、離して…!イゾウ離して!おれのリーゼント取れちゃうううう!」
「あぁ?!何がリーゼントだこのゴミ虫が、その穢れた手でおれの***に触れた事にどう落とし前つけるってんだよ。その命で償うか?おい、一辺死んどくか?」



もう、焦る焦る。
誰がって?私もサッチもマルコもエースも。
みんな焦る焦る。

だってそうでしょう?
ニコニコと、満面の笑みを浮かべながら
愛する家族のポリシーを鷲掴みにして今にも海に投げ出しそうなイゾウの異様な事ったらありゃしない。


「イゾウってば!」
「どうした***、腹でも痛てぇのか?」
「や、ちょっと…ソレ離してあげなよ…」


サッチだって悪気あったわけじゃないんだしさ、わかんないけど。と続ければキョトンとするイゾウ。何その顔。


「…あん?……サッチてめぇおれの手にぶら下がって何してやがる。気色悪ぃ」
「ちょ、それ酷くね?!」
「…チッ、汚ぇモンに触っちまった」


満面の笑顔から一変、
苦々しく表情を歪めたイゾウは
徐ろに私を抱き寄せて囁いた。


「ちょっくら身を清めてくっからよ」
「う…え?」
「お前さんも禊して待ってな」


おれの部屋でな、と続け
くつくつと喉を鳴らしながら去って行く。

残された私達は言うと。


「や、もー、反則…!何あの色気…!」
「…イゾウの地雷は***関係、ねい…」
「おれ言われ放題じゃねぇの?!」



私はイゾウの色気に当てられ腰を抜かし、
マルコはこっそりとメモを取り、
サッチは理不尽すぎる扱いにブーブー言いながらも、新人ナースの元に掛けて行く。



「…饅頭怖い饅頭怖いイゾウ怖い***怖い」



そして末っ子には
多大な量のトラウマが残された。


結論。
イゾウは怒らせたらヤバイ。
何がヤバイって色々ヤバイ。





back



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -