虚無に積もる




やけに綺麗ずきな女と、
半同棲まがいな生活をしていた。


海賊家業の裏に誰もが持つ闇。
非情、時に振り切るエゴ、裏切り、悲鳴。その真っ暗に荒んだ部屋に土足で踏み込んだこいつが、お節介にも片付け始めたのが始まりだ。


「見た目と違って…凄いわね」

「勝手に片付けてんじゃねえよ」

「あらごめんなさい」

「ああ…そいつは…そんな所にあったのか」


ふと笑われたが嫌な気はしなかった。
勝手に定位置を作り上げては無言で仕舞い、散らかっていた物は日に日にあるべき場所へ落ち着いていく。

何の干渉もせず好きに振舞う姿は悪くない。そうして時間枠すら無視して居座り続ける女の、明らかな好意を見せながら決して語らぬ唇を見るうち、同じ紅をさしてやりたいと夢中で抱くようになっていた。



「おい。***を見てねぇか」

「降りたぜ。宝と一緒に」



言葉の意味は全く解らないが、船に満ちた不穏な空気はよく身に刺さる。降りたとはなんだ?さっきまで喘いでたじゃねえか。

ゆっくりと部屋の戸を開ければ自室とは思えない程片付いた部屋。乱れた女は忽然と、寝具は余所余所しく畳まれて。

全てが綺麗に消えていた。
愛銃も、サイドテーブルの煙管すら。


どういう事だ。いつの間にこの俺が浅はかにも。あの女を愛玩鳥だと思い込んでいた。好きでこの檻を選び、住み着き、開いた扉から出ていっても必ず舞い戻って来るのだと。



「***っ…!!!!」



ドアは衝撃で半分に折れ、
蝶番とネジを撒き散らして飛んだ。
煙を吸えないせいじゃない。
全てを脱がし、愛用するものすらこの体から離させた、あの女憎さ。


捕らえに走る他の連中を一喝し追い越していけば、女は石壁に挟まれた路地で木箱に寄り掛かり、静かに煙管をくわえていた。足元には麻袋に収まりきらない盗品を散りばめて。


「随分と余裕だな」

「あら。もう見つかっちゃった」


焦らぬ女の肩を捕まえ、壁に叩き付けてもその眉は動かない。うすら笑いに増す激情は何故、憎悪であってはくれないのか。


「全部嘘ってかい」

「うん、全部」


震える拳は
散々愛でてきた顔を掠り、
石壁に風穴を開ける。




「貴方、私が居たら生きていけなくなりそうよ」


「勘違いしてんじゃねえ。てめぇの道はてめぇで歩く!!!」


「追ってきてくれるって解ったのも、待ってしまったのも貴方が初めて。獲物を返すのも。それが嫌じゃないのも。でもごめんね、いっちゃん。私こんな風にしか生きられない」




わかり易く金品だけ袋に詰め、すり抜けていく横顔にかつて知らぬ色を見て、去りゆく背をそれ以上追えぬ程に体は凍り付いていた。


生きていけねぇだと?
俺はお前がいなくとも。

お前がいないと?
そんなわけ無いだろう。

じゃあなんで生きた気がしねぇ。




自分らしからぬ部屋の白は全て壊した。振り上げる拳で薙ぎ払い、怒号を上げて引き裂き、行き場のない激情で突き破る。腕から滴る鮮血はかつてのように床を汚し、黒へと戻していった。




「あらごめんなさいだと…?勝手に片付けてんじゃねぇよ」




脱力した腕を垂らし、膝をついて天井を仰げば真っ白な部屋に塵だけが降り注ぐ。


崩れ落ちた棚から
滑り落ちたのはなんだ?

もう何も見えやしない




【虚無に積もる】





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