あおいはる。



「いーやああああ!遅刻するうううう!」


転校初日に遅刻とかありえない、ありえない!
折角制服が間に合っていい気分だったのに、時計が止まっているなんてどれだけ古典的だ!

もう乙女のプライドとか言ってられない。
背に腹は変えられぬとよく聞くから、仕方ないのでトースト頬張りながら家を飛び出した。大丈夫、よく見る光景だから恥ずかしくなんてないと思う、多分。



「っきゃああああ!」
「うおっ」


猛ダッシュで住宅街を駆け抜けて
そのままの勢いでT字路に差し掛かった時。
曲がり角から出て来た人とぶつかった。

その衝撃も凄かったけれど、どちらかと言うと貧弱な私はものの見事に投げ出され、情けなくも尻餅をつく羽目となる。


「いっ、たたた…」
「いってぇ…」


チカチカと星が舞う中、
聞き慣れない低音が響いて来て
ぶつかった人物が男性なのだと気付く。

謝らなくちゃ、と顔を上げて呆然。

だらしなく着崩したブレザーに、
長目の金髪を後ろに流して頭には変なゴーグル。
じろりとこちらを睨む目付きは
悪いなんてもんじゃなくて。
更には口にタバコなんてくわえちゃって。

完全なる不良。ヤンキー。


「…てめぇ、何処に目ぇつけてやがんだ!」
「ごご、ごめんな…さ」
「女の癖にモノ食いながら走るんじゃねぇよ!」
「…は?」


女の癖にとか、関係なくない?
恥じらいとかより遅刻しない方を選んだんだし。


「ぶ、ぶつかったのは悪 」
「大体その格好はなんなんだ!」
「え?」


真っ赤になって怒鳴る不良につられて
自分の服装に視線を落とす。
別に変な所はないはずだ。


「そんな短いスカート…!ハハハハレンチだ!」
「ハレッ…」
「足も出し過ぎだバカヤロウ!」


ハレンチハレンチ、女の癖に女の癖に。
挙句の果てにバカヤロウ?
この不良は一体なんなんだ。


「そ、そりゃあよく確認しないで走ってた私も悪いけど!アンタだって走ってたじゃない!それなのに何なのよその言い草は!」
「だーっ!うるせえっ」
「何よ!大声出せば女が黙ると思ったら大間違いなんだからねッ!だから不良は嫌なのよ、古臭いったらありゃしない!」
「…ッ、」


私の剣幕に押黙る不良。
怒ったら女だって強いんだから!
などと勝ち誇った気分になっていたけれど、
ある事実に気付いて青ざめる。



「…あっ、遅刻しちゃう!」
「あァ?」
「あれ?あれ?あれ…?!」


こんな所で不良に喧嘩売ってる場合じゃない。
転校初日に遅刻はマジで洒落になんない。

慌てて散らばった荷物を掻き集めるのだけど。


「…カギがない……!」


鞄に着けていたはずのカギがなかった。
限定キーホルダーをつけたお家のカギ。
あれがなかったらお家に入れないのに…!


「どうしようどうしようどうしよう…!」
「何なんだよ、急に…」
「お家のカギがないの…!」
「カギぃ?」
「あああもう、どうすればいいの…」


必死にきょろきょろしてみるけれど、焦っているからかそんな簡単に見付かるわけもなく、ただ私はガックリとその場に項垂れる事しか出来なくて。


「…お、おい」
「もう!アンタのせいなんだからね!」
「はぁ?!」
「アンタみたいな不良とぶつかったから…!もうサイアク!」
「…チッ、勝手に言ってろ」
「ああああ…っ、ホントに遅刻する…!」
「あ、おい!カギはいいのかよっ」


後ろで不良が叫んでいるけど知るもんか。
カギを無くした上に大遅刻なんて最悪この上ない。
散乱した物を詰め込んで鞄を握り締めて立ち上がって、学校に向かって走り出す。

親が帰って来るまで、外で待てばいいや、もう。





「…スミマセン、」
「ンマー…、転校初日に遅刻たぁ、いい度胸だな」
「か、返す言葉もございません…」
「まぁ、深い理由は聞かねぇ。行くぞ」
「は、はい」



案の定、遅刻した。
慌てて職員室に飛び込んだら
担任になるアイスバーグ先生と目が合った。

怒ってるのかななんて思ったけれど、目敏く膝小僧の擦り傷に気が付いて黙って手当てしてくれた。

ちょっとカッコイイとか思った。



「ンマー、ここが教室だ」
「ありがとうございます」
「さっさと入れ」


アイスバーグ先生に背中を押され
開け放たれた教室へと足を踏み入れる。
ザワザワとしていたのが静まり返り
数多の視線が突き刺さる。

なんか…不良の集まり?


「こんなご面相ばかりだが、ンマー…気立てはいい」
「クハハ…よく言うぜ」
「クロコダイル、黙っとけ。ほら、自己紹介」
「あ、ははい…!***、です。よろしくお願いします!」
「***ちゅわああん!なんてプリティーなんだあああ!」
「うるせぇぐるまゆ!」
「アァ?!」
「あ、あはは…」


顔の真ん中に一直線に傷があるマフィアのボスみたいな人がアイスバーグ先生をからかって、私が自己紹介をすれば金髪ぐるぐる眉毛の人が発狂して、それを目付きの悪い緑色した髪の毛の人が一喝したと思ったら一触即発の状態になって、更にそれをオレンジ色の髪の毛のグラマラスな女の子がゲンコツで止めてて、なんかもう苦笑しか出て来ない。


「***、お前の席はあそこだ」
「は、はいっ」


アイスバーグ先生に言われた場所は
一番後ろの窓から2番目。なかなかいい席。
隣に当たる窓際が空席なのは気になるけど。

おず、と歩を進め
指定された席へ着く、と同時くらいに。
些か乱暴気味にガラリと開かれた後方の扉。

ビクゥッと軽く飛び上がってそちらを見やる。
そこから入って来た人物は、
制服は所々破れたり泥で汚れたり
顔だってあちこち汚れているけれど、



「…ンマー、また遅刻かパウリー」
「スンマセン」
「その格好…ケンカでもしたのか?」
「別に…そんなんじゃねぇっす」
「まあいい、席に着け」


呆れたように言葉を発するアイスバーグ先生。
パウリーと呼ばれたその人物はこちらに近付いて、
空席だった場所にドカッと荷物を置いてこちらを見る。




「ああぁー!今朝の不良っ!!」
「んなっ?!今朝のハレンチ娘ぇっ?!」
「何よハレンチ娘って!」
「ンン、ンマー…うるせぇぞ!何だお前ら知り合いか?」
「「違う!!……っ、」」


見事にハモって、アイスバーグ先生は大爆笑。
パウリーとか呼ばれた不良は遅刻の罰として、放課後私を学校案内する事になった。別にいらないのに。



「…ったく、隣がハレンチ娘とはな」
「ハレ……、…パウリーくんだって不良でしょ」
「おれは不良じゃねぇよ、別に」


苦々しく舌打ちするパウリーくんは、ぼそぼそっと不満の声を漏らす。大体なにさ、ハレンチ娘って。そんなユニットありそうだけど。


「…だってその格好、朝よりボロボロだし」
「これは…っ」
「ほらね……、え…?」



朝はもうちょっとまともだった筈だ。
だからアイスバーグ先生が言うみたいに喧嘩でもしたんでしょって横目で見ながら告げれば、ぐしゃぐしゃと髪の毛を掻き乱しながら気まずそうに俯いた。

ほーら、喧嘩なんて、やっぱり不良。
そう続けようとした私の言葉は、
机の上にカシャンと無造作に置かれたモノに寄って
全てを言い切る事は出来なかった。



「え…コレ、え、なん…で」
「…ねぇと困んだろ」
「…っ、」



置かれたモノは、今朝無くした筈の私のカギで。
すぐに現状が理解できなくて、
カギとパウリーくんの顔を交互に見比べる。



「わざわざ…探して、くれたの?」
「違ぇよ!たまたまだ、たまたま…!」


たまたまだと言い張るパウリーくんの顔は、
トマトと間違えるくらい真っ赤に染まっていて。

こんなになるまで
見ず知らずの私のカギを探してくれたんだって
何だかあったかい気持ちになった。



「…名前も知らなかったのに…?」
「うちの制服来てたか…ばっ、だからたまたまだっつーの!」
「ふふっ、そっか。ありがと」
「…何笑ってんだよ」


ハレンチ娘の癖に、そう言われても気にならない。
だってパウリーくんの顔が真っ赤だから。
あぁ、照れ隠しなのかなぁって思える。



「…不良にもいい人いるんだね?」
「だからおれは不良じゃねぇって」
「だってタバコ…」
「あぁ…ありゃチョコだ」
「チョコぉ?!」
「好きなんだよ、甘ぇもん」


小さく舌打ちしたパウリーくんは
そりゃもう恥ずかしそうに呟いた。

あれ、なんだ?可愛いぞ…?



「ねぇねぇ」
「あ?」
「お昼一緒に食べよっか」
「なっ、なんでおれがお前と…!」
「デザートに駅前のスペシャルタルト持ってきてるんだけど」
「…!」
「一緒に、食べない?」
「し、仕方ねぇな」



ブツブツ言いながらも、
パウリーくんの表情は柔らかい。
ほんとに甘いもの好きなんだなーって思った。



「お前…まだ教科書ねぇんだろ。見せてやる」
「私の名前、お前じゃなくて***ね」
「…***」
「うん、ありがと。見せて貰うね」



制服が間に合ったくらいだ。
本当は、教科書なんて揃ってる。
だけどちょっとだけ、
パウリーくんと近付きたいと思った。

これくらいの嘘なら許される筈だ。








─あなたの方が、──

(パウリーくんこそ、ハレンチだね)
(はぁっ?!)
(その胸元…ボタン止めてくれないかな…?)
(どどど何処見てんだ!)





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