最後のラスティネイル

「女はやはり腹だな。解るか?胸の間から腹にかけてのライン。仰け反るそこに頬ずりするのが…嗚呼、堪んねぇ」



そう言ったイゾウの一言に誰もが引くと思いきや、既に酒に飲まれていた男達は喜々としてその話題に乗っていた。



「なんで女ってあんなに小せぇんだろうな。頑張ってるけど壊しそうになる」


「エースはまだまだ若いねぇ」


大きく溜息をついて項垂れる男を笑った。しかし若いねぇと言った頃頭に浮かんだのは、そんなある日の自分自身であったのかもしれない。


「何とでも言ってくれ。好きなんだけどな…丸々ぶつけると壊れちまうなんて俺には難しすぎる」


「駄目駄目ぇ、エース君。女の子は優しく抱いたげて」


「あのなサッチ、やる事に限らずなんだ。嫉妬とか俺の物でいろと思う我儘も」



遠くを見るその先に、忘られぬ人がいる。
そんな視線を夜の海へ寄越し、そこに滲んだ後悔を潮風が何処かへ流していく。


「で?何フェチ?」

「アイツの全部だよ。強いて言うなら笑った顔が堪らなかった」

「へぇ、本気だったわけかい」


頷きはしない横顔。
それは誰に向けるでもない、
過去を辿る小さな微笑みであった。



「イゾウもよい、仰け反らせたその女に本気だったんだろう」

「んな訳ねぇさ。女なんて男の掃除係だろ」

「どうだかね。そんな掃除係が消えたから今、荒んでんだろうがよい」


ぐっと押し黙るその背に、
寄り掛かる長身。
多分二人は同時に星空を見上げていた。


「そんなお前ぇさんはどうなんだい」

「抱きはしなかったな。唇だけは頂いたが」

「そいつは珍しいね」

「隣で眠りこけてやがんだ、しまいには肩まで枕にしやがって。バーカウンターなんて男と女の引っ掛け場だろう?そんな所で呑気によい。幸せそうに寝てやがるんだ」

「でっ?でっ?マルちゃんは何フェチよ?」

「首筋にホクロがあってよい、それが妙に。…ああ、やっぱり食っとけばよかったかね」



後悔を思わせておきながら明日を見る、穏やかな笑みを乗せ。また会えるのだと確信さえ漂わせて、男は星を見上げた。



「成程、首筋なー。…しかし全体像じゃなく、わざわざワンポイントに固執っつーのは何でだろうな。10人の女の耳が堪んねぇと思ったとして、元を辿れば一人目がいるだろ?フェチっつーのは好き好かない別として、その一人目を引きずってんのかもなぁ…もう忘れちまったけど」

「へぇ。サッチは耳ねぇ」

「そうは言ってねぇよ、例えだろ。俺は頑なに谷間の一択だ!!!」



忘れてなどいなかった。
最初であり最後だった印象深い女を。

自分の声を好きだと言っていたあの女も、いつかの一人目に俺を重ねたのだろうかと。そんな甘さを間に受け囁くうちに、色づく耳の虜になった事も、嘘つきなピアスがぶら下がるようになった頃、それを裏切りだと感じたあの日の若さも全てが遠い過去ではあるが。

今でも誰かの耳の輪郭に目がいくのは、他ならぬあの日の影を女々しくも、知らず知らず重ねているのかもしれないと。

誤魔化し笑いに全てを隠し、
忘れられたらと。
男はやはり星を見た。




そして誰もが思う。

これから、引きずっていくのかと。
あれが、一人目になってしまうのかと。
ずっと、頭に浮かぶのだろうなと。


「なんでしんみりすんのかね」

「皆、錆びた釘を打たれたのさ」

「ちげぇねぇ」


それぞれが
深酒に深酒を重ね、夜は白け。
今一度その影を頭に浮かべた頃、
今日はもうおやすみよと鴎が鳴いた。



【最後のラスティネイル】







カクテル
ラスティ・ネール( 私の苦痛を和らげる)
直訳:錆びた釘 / 俗語:古めかしい
スコッチ・ウイスキー 45ml
ドランブイ 15ml
作り方:ステア
度数:30度

ドランブイ
満足の酒という意味のリキュール




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