近接格闘注意報
なーんもする事がねぇ。
大学生の夏休みってのも結構暇なんだわ。
夏真っ盛りのある日、バイトの休みも重なっていつもの面子で集まってた。とは言ってもマジでやる事ねぇ。ナンパしたくたってどうせイゾウに持ってかれちまうし。
なんかたのしー事ねーかなーなんて。
煙草吸いながらボヤいていれば。
「しーきゅーしー行こうぜしーきゅーしー」
「は?」
「エースお前頭大丈夫かよい」
「何お前戦いてぇの?」
「あれ、しーきゅーびーだっけ」
前から頭悪ぃとは思ってたけど。
エース君てばついに頭沸いちゃったのね!
戦闘狂だったのねサッチ君ショック!
まぁ、冗談はさて置き。
いきなり何言い出してんの、エースは。
現にイゾウはくわえてた煙草落としちまったし、マルコなんかは心底心配そうにしてる。
「お前らバカだなー、しーきゅーしー知らねぇのか!夏って言ったら川原でしーきゅーしーだろ?!」
「…くっ」
「あー、よい」
「あ、エース。それバーベキューな。CQCでもCQBでもねぇからな。BBQと書いてバーベキューな。もう一度言うぞ、バーベキューな、いいか?バーベキューな」
「…!」
そんぐらい知ってるし!試しただけだし!
なんつって口笛ふきふきエース君よ。
音なってねぇからね、誤魔化せてねぇよ?
「とにかく行こうぜ!し、び、びーびーきゅー!」
「おれは別に構わねぇよ」
「まぁ…おれも丁度暇だしよい」
「えーおれー?おれデートの約束あるんだよねー」
でもお前らがどうしてもってんなら、行ってやってもいいんだぜ?って振り向いたら、もう誰もいなかった。
えっ、と思って目を凝らせば、既に車に乗り込もうとしてる三人。なにそれひどい。
「ちょちょ、ちょーっ!おれを置いてくなってんだよ!」
「悪ぃなサッチ、この車3人乗りなんだ」
「イゾウ!てめぇどこの何川スネ夫だよ!」
「ハハハッ」
ぎゃーぎゃーわいわい。
コイツらと過ごす日常は
ありきたりな物ばかりだけれど
そんな日々が楽しくて仕方がない。
「やあああっほぉぉぉぉい!」
「山じゃねーし」
「いやでも返ってくんだよ!見てろって。やああああああっほぉぉぉぉい!」
(やあああっほぉぉぉい…ょぃ)
「………な?」
チラッと見れば、木の陰に隠れたマルコが一生懸命に。
『やあああっほぉぉぉぉい!』と返してた。
どんだけエース大好きだよお前…。
つぅか、おれ、大変な事に気付いちまった。
「…んで、材料は?」
「……」
「……」
「……」
「んなこったろうと思ったぜ。まぁ見てろよ。このサッチさんが調達して来てやんよ!」
よく考えたら誰も用意してねぇんだよなー。
言いだしっぺのエースでさえ、おれとかマルコが持ってくると思い込んでたみたいで。どんだけ甘ちゃんだよ。
道具やなんやはここで借りれるから大丈夫だけど。
「よーし、肉のついでに女も調達と行きますかね」
ひひっと、自分で言うのもあれだけど
ちっとヤラシー笑いを浮かべて向こうに見えるOLらしきグループに突入を決めた。
「…ダメだったみたいだねい」
「あ…ありのまま今起こった事を話すぜ! な…何を言っているのかわからねーと思うが、 おれも何をされたのかわからなかった…」
「サッチはだらしねぇなぁ」
「なんだと!」
「…ったく、ならおれが行ってきてやるよ。エース、着いてきな。お前さんの子犬のような笑顔でなんとかなんだろ」
打ちひしがれるおれを余所に、イゾウはカラカラ笑いながらエースを引き連れて再度OLグループに向かって行った。おれがどんな目にあったか味わえばいい!
あのネーチャン共は一筋縄じゃ行かねぇんだからな!
「いつまで凹んでんだよい、気色悪ぃ」
「マルコ?!おれ傷心中よ?!」
「はぁ…何言われたんだよい。聞いてやる」
「あ…あのネーチャン共の目…養豚場の豚でも見るかのように冷たい目だった。残酷な目だ…“かわいそうだけど明日の朝にはお肉屋さんの店先に並ぶ運命なのね”って感じの!」
「…ざまぁ」
よよよ、と泣き崩れるおれを見てマルコは酷く楽しそうに笑ってる。膝をパンっパン叩きながら大爆笑とかお前ほんとエース以外にゃ辛辣なのね!ムカつくからお前の課題全部ぬりつぶしてやるってんだよ!
「よぉ、おまちどう」
「イゾウ!え、何その大量の材料」
「おれとエースの力量さね」
「イゾウの言う通りにやってみたらよぉ、すんげーくれたんだ!」
「何やったってんだい…」
抱え切れない程の肉や野菜を持って帰って来た二人。
ネーチャン共だけじゃなく、他のグループも回って来たらしい。
「えっとなー、オネーチャンの前にちょこんと座って上目遣いで見詰めながら『おねーさん、ぼくたちお腹すいてるの!』っつて首傾げてニッコリしてきた」
「ぶふゥッ」
きゅるりんっつー効果音が聞こえそうなくらい、そりゃもう可愛い仕草を再現するエース。あぁ、こりゃネーチャン共はイチコロだろうなぁなんて沁々思った。
「…何してんだよマルコ」
「なっ、なんでも、ねぇ…っよい!」
コイツダメだ。重症だ。
片手で口元覆って木をダンッダンと殴ってる。
お前までエースに転がされてどーすんだよ。
つか、悶え過ぎ。
…イゾウのジーンズのけつポケットがパンパンなのは、多分ネーチャン共の連絡先か…、べ、別に羨ましくなんてないんだからね?!
「とりあえず喰おーぜ腹へった!」
「そうだな、いっちょ焼きますか!」
「よい」
「おう」
こうなることはわかってた、わかってたさ。
コイツらが動くなんてちょっとでも期待したおれがバカだった。けど動く素振りくらい見せたって罰は当たらねぇと思うんだよな。なんなのコイツら。なんで鉄板の前で一列に並んで体育座りなんかしちゃってんのなんなのおれが作るの待ってんの?!
「ムゴッ、はっひほっほはひへふへほ!」
「あぁほらエースこぼしてるよい」
「飲み込んでから喋れ!マルコもエースばっか見てないでちったぁ手伝えってんだよ!」
「…さっさと焼けよ。その頭に付いてるパンもな」
「意外!それは髪の毛ッ!」
もーう地獄絵図だね。
エースは窒息しそうなくらい詰め込んでるし、マルコはそんなエースの面倒を甲斐甲斐しく見てるし、イゾウはいつの間にやら酒カッ食らってへべれけだし。
「おいエース、お前肉食い過ぎ」
「むごっ?」
「どんだけ食ってんだよ」
「お前は今まで食ったパンの枚数を覚えているのか?」
「ぶーーーーっ!」
いきなり真顔でそのセリフは反則だろ!
ちくしょー、不覚にも吹き出しちまったじゃねぇかよ。
なんてしてる内にも。
イゾウの周りには空になった酒の瓶やらビールの缶やらが散乱して、お前どんだけ飲んだんだよって。
「ひゃっひゃっひゃっ!」
「え?!イゾウ何?!どうしたんだよ!」
「いやぁ、楽しいじゃねぇか!しーきゅーしー!うひゃひゃひゃひゃひゃ!」
酒に強いハズのイゾウが有り得ない酔い方をして、おれもマルコもエースも唖然とする。普段はクールぶってるコイツがこんだけ乱れるって何があったんだと、周りを見渡して絶句した。
「ちょ…!誰だよイゾウにコークハイ飲ましたのぉ!」
「え?おれがあげたよい」
「だからかよ!イゾウは酒じゃ酔わねぇけど、コーラですんげー悪酔いすんだよ!」
「ひゃっひゃっひゃっ!」
「ええー… 」
もーダメ。こーなったら手に負えない。
こーなったイゾウは箸が転がっても可笑しいらしくて、きょろきょろしては手を叩きながら笑い転げている。
…とりあえずムービーを撮っとけば卒論に困らねぇかも。
「…うわぁ、すげーモン見てる気がする…」
「こりゃ天変地異の前触れかねい…」
「いつもより半端ねーな…」
「ん?なんだ?急に大人しくなった」
間違ってコーラ飲んだ時なんかよりも、物凄い乱れ方をするイゾウは本当に楽しそうだ。まぁ、多分?気を許したおれたちといるからってのもあるんだろーけどな。
なーんて、ちっとばかしほっこりしていたおれの目にとんでもない映像が映り込んで、もう流石のおれでも呼吸困難になるくらい笑わせて貰った。
「たそがれちゃってー、川とか見ながらー」
ゴロンゴロン笑い転げていたイゾウが、急に大人しくなったかと思えば、川に向かって体育座りをし出した。何する気だコイツ、もしかしてもう酔いが冷めたのか?とか思ったんだが。
「荒ぶる鷹のポーズ!!…ひゃっひゃっひゃっ!」
両手と片足を上げて
あらんばかりの大声で叫んだイゾウ。
その姿におれたちどころか、周りの人間までもがギョッとして、次の瞬間には地が割れんばかりの笑いの大合唱。
「荒ぶる鷹のポーズ!」
「荒ぶる鷹のポーズ!」
「荒ぶる鷹のポーズ!」
「荒ぶる不死鳥のポーズ!」
「「「「荒ぶる鷹のポーズ!」」」」
釣られるように。
おれもエースもマルコも。
そして再びイゾウも。
色んな体勢から急に立ち上がって
『荒ぶる鷹のポーズ!』
もうわけもわかんねぇくらい楽しくって、BBQそっちのけで日が暮れるまでやりまくった。
あのネーチャン共がそんなおれたちを見て、またもや養豚場の豚を見る目で見たけどそんなのもう気にならねぇ。今は何よりも『荒ぶる鷹のポーズ!』これが楽しくてたまんね。
さんざっぱら笑い転げて疲れ果てて
免許を持ってるイゾウがこんな調子だから
長ーい道のりを歩いて帰ったのはいい思い出。
その後のイゾウの卒論が
『コーラと荒ぶる鷹のポーズの関係性』だったのは
ありえねぇくらいツボに入った。
─ヤル気が起きない時でも──
(荒ぶる鷹のポーズ!)
(荒ぶる鷹のポーズ!)
(荒ぶる鷹のポーズ!)
(荒ぶる不死鳥のポーズ!)
(…なんで不死鳥?)
(…荒ぶる鷹のポーズ!だよい!)
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