致死量のマシュマロ





明日には立つ宿屋だってのに、
花なんか買ってしまった。

更にはそれをわざわざ買った花瓶に生けたりして。今はその硝子のくびれに無意味なリボンまで結んでいる。


後はお皿に山盛りのマシュマロ。
ふわふわのピンクと白、
…そうだ。苺も乗せとこう。




コンコンコンと、
3回ノックが鳴ればアクション開始。



「はぁい」


間延びした声にハートをつけて。
ドアスコープから反応を覗き見。



「帰ったよい」

「おかえり、まるちゃん」


にかっと笑えば顔面崩壊を起こす君。

だらしなさ過ぎるよ。
隊長様ともあろう方が
ハニカミ全開だなんて。


「ご飯、できてますよ」

「その前にしてぇよい」


抱きつく腕に手を添えて。
取り敢えずここは断るのが暗黙のルール。


「今は我慢しようね」

「できねぇ」


フライングする手を宥めて。
すらっとしたその立ち姿を、私なんかを抱き締めるために一生懸命折り曲げているんだなぁと、これ以上笑ってしまわないように目を閉じる。


「だーめってば。ごーはーん」

「解ったよい」

「わっ!…脇腹はダメって!!!苦しい苦しい!!解ったごめんギブ!!!」


そのままベッドに転がされ。
向かい合って倒れ込んだらもう、糖分過多の小芝居はそろそろ限界だった。


「はー、うける。どうだった?新婚のフリ。すんごい痒かったわ」

「悪くはなかったよい」

「またまたー。凄く楽しんでた癖に」

「やっぱり腹減ったな」

「無理だよここキッチンないし。マシュマロしかない」

「そんなもん食えねぇよい」

「……マシュマロ、欲しいヨーイ」


いつも通りに戻ってしまった、素直じゃない口の両端を片手で鷲掴みにして声を当て、すかさずマシュマロを一掴み入れてやった。


「やめねぇか!」


すると突然の奇行に大笑いしながら、入り切らなかったマシュマロを顔に投げつけてくる。


「まじで傑作」


口元を拭う様子をゲラゲラ笑っていたら、仕返しとばかりに「マシュマロ欲しいヨーイ」と両頬を鷲掴みにされ、私はヨイとか言わないからと文句をいう前に大量のマシュマロを突っ込まれた。


「!!!!」


口元を隠し、それでも耐え切れずに軽快な笑い声を拳にぶつけるマルコは珍しく爆笑。


「だから好きじゃないってコレ」

「じゃあなんで買ったんだよい」

「だって可愛さの象徴じゃん。ゲロ甘ごっこするなら必要かなって」

「あの花は?」

「普段花なんて買わないから。何となく」

「花瓶のリボンは」

「買った時に付いてたから」

「へえ。花束で買ったのか」

「うんそうだけど」

あれ、おっかしいな。
誘導尋問されてる。


「苺は?」

「万が一食べた時の口直し」



じゃあ頂こうかねぇ、と。
くわえた苺から緑を外し、そのまま唇が重ねられる。

この人が今何を考えているのかまでは解らず。そんな私を置きざりにして満足そうに微笑む顔は演技の筈だったさっきよりも、数倍だらしなかった。




「ああ…もう何もいらねぇよい」



しかし小芝居は終わった筈。
胸元に顔を埋めてグイグイ締め上げてくる男に、船上ではあまり触れ合わない私は密かに絶命の危機を迎えていた。



【致死量のマシュマロ】



溺死しそう。
私に溺れる君に。






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