失恋がこんなにつらいなんて、思わなかった。
少しだけ彼の顔が見たくなって、本を返すのを口実に片思いしてる彼の部屋のドアをノックした。
この時間、彼はたいてい部屋にいるはずなのに返事はなく、しかしドアの向こうではかすかに人が動いてる気配がしたので、少しからかうつもりで自分でもなかなか自信のあるイワさんの真似をして、渡したい物がある、と声をかけてみたが、返事は私が予想していたそれとは全く違うものだった。
「…い、今出れないので、後にしていただけませんか?」
女性の声だった。
私はその場に本だけ置いて、弾かれたように自分の部屋に走った。
「…ヴァナータ、様子が変よ、元気ないじゃない」
「そんなことは…」
「眉間のシワがいつも以上に深いわ」
「…」
名前が本をドアの前に置いていった日以来、彼女は常に泣きそうな顔をして私を避けているようだ。
彼女はきっとタチの悪い勘違いをしているに違いない、これは困った。
「…名前ならさっき部屋に戻ったわ、いってきなさい」
「…イワさん」
私は相当思い詰めた顔をしていたのだろうか、しびれを切らしたようにイワさんが私の背中を押した。
─コンコン
「私だ…入っていいだろうか」
突然ドアを叩く音がしたかと思うと今一番会いたくない人の声、一瞬ためらったけどただの私のつまらない片思いのせいで追い返すのも失礼だと思って、どうぞ、と短く返事すると彼は実に優しく私の部屋に入ってきた。
本ならお返ししたと思いますが、とベッドに座って無愛想に顔も見ないで話す私の前に、彼は片膝をついて、こちらを見てくれないか、なんて言うから彼の顔を恐る恐る見ると普段はサングラスで見えない彼の瞳に少し不安が揺れているような気がした。
「君は誤解している」
サングラスで隠れているけど、彼の顔はいたく真剣だった。
「いや、誤解も何も、イナズマさんに恋人がいたってあたしには関係ないですし」
「私は君以外の女性を部屋にいれるつもりはない、あれは…」
彼が言っているのはおそらく本心だと思うし、いつも冷静な彼がひどく切羽詰まっているところを見ると、きっとあの女性の声には何か訳があったのだろう、だけど今はもう、女性の声がしたことより、
「…え」
「君以外の女性を部屋にいれたことなどない、これからもいれるつもりはない」
都合のいい頭が都合よく彼の言葉を理解して、胸がドキドキして顔が真っ赤だろうというのが自分でもよくわかるくらい熱かった。
「だから、また私に会いに来てくれないだろうか」
─わかりやすい君が、私は好きだから。
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意味不!
うちのイナズマさんはへたれ過ぎだと思う。