肌に刺さる水の冷たさは覚えている。
夜風に当たりたくなって甲板というか外に出てみたら船長がいて、昔の話をした。
昔と言っても、数週間前の話。大きくってあったかくて船長にしがみついてたっけ…
「…ねぇ、船長わたし船長大好き!みんな大好きだけど!船長大好き!」
「こんなデカい娘が出来るなんて思ってもみなかったなぁ!名前!」
「はははは!だよね!急にね!」
ラム酒の匂いとか豪快な笑い方とか大好き
こんなに頼もしくて格好良い船長なんか、なかなかいるもんじゃない。私は何度も、空の上の神様に感謝した
でもいつか、離れてしまうだろうかと考え急に心臓がキュウと縮む感覚に襲われた
思わず船長にしがみつく、こんな大好きでたまらないのにな。
「船長、死なないで私を1人にしないで」
その色気も何も無い行為に船長は
また、ラフィットに怒られちまうと首元を猫のように持ち上げて引き剥がした。
「ラフィットはギュッてしても気持ち良くないんだよ?」
「あんなに、お前が好きだって言ってんだ少しは応えてやれよ気の毒だ」
十分過ぎるほど応えてるよ、船長。ほんと大変なんだよ分かってくれ…まぁ船長には分からない絶妙なアレでイジメが上手いって本当に卑怯。
次はオーガー辺りに偶然を装いつつハグをしに行こうかと考えていたら後ろから、ビリビリと飛ばされている殺気。
愛しい愛しいラフィット様だ。
あーもう見つかってしまった。
カツン、カツン、ワザと音を立てるように近付いてくるのが悪魔にしか見えない
ニッコリと作り笑いを施した顔で紳士的に会釈してるのは素敵に見える。
「名前、少し良いですか」
「…無理」
「私も、あまり縛り付けたりしたくはないのですが、名前が悪いのですよ」
「…」
白い手が伸びてきた瞬間、頭がラフィットの胸元にスッポリと納まる。生暖かい。
常に規則正しく脈打つラフィットの心臓が珍しく速くて驚いた。どうしたのか…
暫く抱き寄せられるまま、顔も見えず何も話さずにいるとラフィットがボソリと何か言うが小さな声過ぎて聞き取れない。
「な、なに?どうしたの?」
「嫉妬というものが、こんな不愉快なものだとは夢にも思いませんでした」
「…嫉妬?」
嫉妬とかそんな浅い次元じゃないんじゃ…なんて考えて口に出してしまったら負け
「貴方に執着する気は微塵も無かったのに誰か私以外と話しているのを見てしまうと、気が狂いそうだ」
腕に力を込められて、くびり殺されそうだなんてぼんやりとラフィットの匂いを嗅ぐ
安心したと思ったら不安になる危険な匂い
もう狂ってるじゃない。私もあなたに狂い抜け出せなくなっている。
マトモな人間を演じようとする狂人なんて滑稽にも程がある、どうしようもない
「そんな、ラフィットが好きよ」
「なるほど名前も、狂っている…
それならば」
いつの間にか腕の檻が解かれて見上げるとラフィットと目が合った。
闇色の瞳に写る自分は魂をこの悪魔に売り渡してしまっている。
もう逃れられない、それが私の運命だった
「その身朽ちても私だけを見ていなさい」
酷く愉しそうに悪魔は笑った。
end