過去拍手再録(銀+妙)


 赤の鶴、青の兜、黄色と緑の手裏剣。どれも初めは色のついた一枚の紙だったろう、今はそれぞれ形を変えて炬燵の台上に散らばっている。
 なにしてんの。銀時が声をかけると、気づいた妙が微笑みを返す。その手元は、今も緑の鶴をせっせと折っている最中である。

「全部ひとりで折ったのか」
「いえ。さっきまで神楽ちゃんと一緒に。神楽ちゃんは公園に出かけていったみたいだけど、銀さんとはすれ違っちゃったみたいね」

 机の上に散らばった折り鶴のいくつかに白いふちができてしまっているのに気付く。ひとつ手に取ってみれば、折り目はしっかりしているくせに角を合わせるのが苦手らしい。

「神楽が折ったやつか」
「それは私が折ったものです」

 へーそうなの、何気ないふうに返したつもりだったのに「今、意外だと思ったでしょう」と、妙が銀時をねめつけてくる。気を悪くしたか訊けば否だという。料理(と、呼んでもいいのか怪しい代物だけれど)のことに口を出すのは厳禁だが、折り紙はいいらしい。変な基準だ。妙が自分のつくった鶴を一羽だけ手にとる。

「出来ばえよりも、手順の方に気をとられてしまって。出来上がるといつもこんなふうに白い裏側が見えてしまうの」
「あーいるいるそういうやつ。俺もひとり、折り紙が苦手なの知ってるわ」

 桂がそうであった。次はこうで、ああで。折り方の手順にこだわって、やり直すばかりで完成しない。高杉は適当そうに、それでいて慎重に丁寧に紙を折っていたように思う。褒めてもらいたい、と顔に大きく書いていたのを笑ってやった。昔の話だ。

「銀さんもやりませんか」

 どうぞ、妙がこたつの空いた席を勧めてくる。断る理由も見つからず、こたつに妙と向かい合って座る。
 折り紙の束から、一番上にあった黄色いのを一枚つまみとる。さて、なにを折ろう。
 鶴やら手裏剣やら、散らばったものを一通り眺めて、兜にしようかと、銀時は思う。
 特別な思い入れがあるわけではない。ちゃんばらをするために大きい兜を折り紙で作ったことがあるのだ。そういう、ちいさな記憶の引っかかり。

(新聞紙の刀と兜。ちゃんばらと呼ぶには脆すぎる。所詮ちゃんばらごっこだ。たたっ斬るだの死んじまえだの、罵りが引っ切りなしに飛びあう。木刀ですらないのだから死者はもちろん怪我人もでない。構えだけは一丁前な奴ら。いざ勝負が始まれば、ただの棒きれの叩きあい。)

(刀がぽっきり折れて、兜が破れてしまえばまた新しいのを用意した。手が黒くなろうと構いやしなくて、何度も折った。いくつも、たくさんだ。数えきれない。)

 折り方など、とうの昔に忘れたものだと思っていたが。体は覚えている。指は自然に動き、順当に折り目をつけてゆく。
 銀時が黄色の兜を一個作り終える。「できた」声を上げると、身を乗り出した妙が、銀時の手元を覗き込んだ。

「器用なもんですねえ」

 指先は器用な方である。出来上がった兜には当然、白いフチなどあるはずもない。恨みがましそうにそれでいて、きらきらした円らな目が黄色の兜を見つめている。

「頼まれれば、万事屋銀ちゃんはおりがみ教室もひらきますけど」

 銀時の口からぽろんと誘いがこぼれ落ちる。子供扱いするなと怒りを買うかと思ったがただの杞憂におわる。たちまち妙の表情がほころぶ。

「駄賃はお茶と羊羹でどうですか」

 「まいどあり!」途端にやる気を込めて返事をすれば、妙に呆れられた。




「ちょっと待ってくださいな」

 帰り際、玄関先でブーツを引っかける背中をひきとめる声がある。
 振り返ると妙がいて、手元には色紙の束。おや嫌な予感が。本能のなるままに身を引いて駆け出そうとするものの、着物の袖をつかまれてしまえばどうしようもない。首を背後に捻れば般若を背にした女が笑っている。

「アラどうして逃げるんです、まだ話の途中なのに」
「あのォ、そういえば俺、万事屋出て行くときちゃんと鍵閉めてきたかなーって、ほら、最近物騒だから」
「盗られるものもないでしょうに。それに私が訪ねたとき、万事屋の鍵が閉まっていたことなんて一度もないですよ。おかしなこと言ってないで大人しくしろやコラァ」

 逃がさないとばかりに着物をつかむ手にギリリと力を込められる。(折り紙を折る指はあんなにも細くて弱そうだったのに、袖を引く力はマウンテンゴリラってどういうこと!)銀時は眉根を寄せたまま、なんだよ、と問うた。

「神楽ちゃんには鶴と手裏剣を教えてあげたんですけどね。実はまだ教えていないのがたんとあるの」
「だから?」
「他のものは銀さんから神楽ちゃんに教えてあげてくださいな」
「お前が教えたらいいじゃねーの」
「銀さんの方が得意でしょう、こういうの。ほら、さっき私に教えてくれたみたいに、ね?」

 そんな残業は貰った駄賃に含まれていないと抗議してやりたかった。けれど、銀時が了解するまで裾を離す気配がないことはすぐに承知できてしまう。抵抗したらどうなることか、大人しく観念して、銀時は色紙の束を受け取った。

「これもどうぞ」

 お土産に、そう言って、妙の手のひらからこぼれおちる黄色。思わず受け取ってしまう。見れば、さきほど銀時が折った兜であった。すっぽり手のひらに収まってしまう玩具のようなそれを眺めて、あァとひとりごちた。

(ちゃんばらの記憶。どうしてまた、あんな古いものを思い出したのか。師の指先も思い出せてしまえる。)

 過去の話をしあったときの、妙の言葉が蘇る。

(どれもこれも、思い出は大切にするものでしょう。)
(この女は、忘れたい記憶も大切にするのだと言う。)

 この手の中の黄色もなくしてしまう前に拾い上げられた思い出というやつなのかもしれない。いつの日か取り落としてしまったひとつであるはずなのに、どういう縁か、銀時は拾い上げてしまった。それが良いことなのか悪いことなのか。銀時に判別つかなかった。どんな感情も抱いては今更であったからだ。
 それでも、この手のひらにある黄色は、握りつぶしてくず籠に捨ててしまうにはどうにも惜しい。ゆっくりと懐におさめてみる。大事にしてください。妙の声がおだやかに銀時の中にこだました。


'2012.01.03 記憶を織る手のひら
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