お手製の卵焼きかなんかを携えて、姉が差し入れに来るのは珍しい事ではない。だから、夕飯の買い出しから戻った新八が万事屋の玄関前に立つ妙の姿を認めた時もとくべつ驚きはしなかった。しかし相手の反応が予想外だった。戸から顔だけ出した銀時と言葉を交わしている妙に、姉上、と声を掛けると、
「し、新ちゃん!」
向こうが面白いくらいに狼狽して見せるから、どうしたのかと不思議に思う。
「じゃあ私はこれで……」
「えっ、帰るんですか?」
せめてお茶の一杯くらいと誘えば、もうご馳走になったと妙は頭を振る。
「近くまで来たから立ち寄っただけなの」
そう言うと妙は帰り際、銀時にむかって目配せした。
「本当に頼みますよ」
「わーったよ。探しとく。つーか元はと言えばおめーが……」
言いかけて、銀時は新八を一瞥すると、気まずげに黙りこんでしまう。さきほど妙が見せた過剰な驚きといい、なんだか二人の様子がおかしかった。
妙が去ってすぐに銀時は忙しなく家中を歩きまわりはじめた。寝室と玄関とを往復して、たまに思い出したように居間をうろうろしたり、床にしゃがんだり、きょろきょろ視線をめぐらす銀時はあまりにも不審だ。
「なに探してるんですか」
「べっ……別にィ?」
「いや、なにしらばっくれてんスか。バレバレですから。さっき銀さん、姉上になにか頼まれてましたよね? それと関係あるんでしょ」
「えーと、実はさァお前のねーちゃん、ここ来た時に……イヤリング家のどっかに落としたらしくてェ、あいつ用事あるからって探すの俺に任せて帰っちまったんだよ」
「なら僕も手伝いますよ」
「えッ!? なんで!?」
「二人で探したほうが効率いいからですよ」
「いやいやいや! そんなんしたらお前、危ないって!」
「危ない?」
「あー、アレだ。高価なやつだから、うっかり踏んで割ったりしたら承知しねえぞコラって、お妙にキツく言われてんの。俺、殺されたくねーもん。つーわけだから俺一人で大丈夫だし、ここは家主として俺が誠心誠意こめて探しとくからさ、お前はそこに座ってろ! そんで動くな! お願いだから!」
銀時の必死な懇願を気味悪く思いながら、いまいち納得いかない新八はひとまず居間のソファに腰を落ち着けた。
「ん? なんだこれ?」
新八の指先に、なにかが触れた。銀時が探しているイヤリング、にしては柔らかい。布の切れ端みたいな手触りだ。見れば、ソファの座面と背板の隙間に白い三角が飛び出している。三角をつまんで引っ張れば、するりと出てきたのは女物の足袋だった。
「なんで足袋?」
サイズ感からどう見ても神楽の持ち物ではなかった。誰のだろう。なぜこんな所に。しかもなぜ片方だけ。新八が首を傾げていると「あった!」大声あげてダダダダと走ってきた銀時に足袋をひったくられた。
「銀さん、それが探し物ですか?」
「あ、やべ」
イヤリングを探していたのではなかったのか。そう尋ねた瞬間から、銀時の顔からだくだく汗が噴き出すので、ギュッと足袋を握り締める新八の手に力が入る。
──あんたそれ、誰の足袋ですか。
新八の追求に対して、銀時はフイと目をそらしたまま何も言わない。口から生まれたような男が頑なに口を閉じていること自体が、一つの答えだった。
そういえば、先程そそくさと帰って行ったじぶんの姉は、ちゃんと足袋を履いていただろうか。
'2021.04.14 シンデレラ・ファクト