今日が遅番であることを妙はすっかり失念しており、普段のシフトに合わせた時間に家を出てしまった。
 シフトの時間まで少々の暇を潰すことにした妙は、通りがけに来店した喫茶店で、季節限定のパフェを注文した。運ばれてきたパフェのクリームをスプーンですくって食べた瞬間、口の中にふんわりと上品な甘さが広がる。甘いものから妙が連想したのは恋人の顔で、なんだか無性に会いたくなってしまった。走り出したら止まらないような、そういう恋を志村妙はしているのだった。
 パフェを食べ終わるなり妙は飛び出すみたいに喫茶店を出た。万事屋へと向かう道の途中で、ラッキーなことに甘味処のベンチに居座る銀時の姿を見つけた。銀時一人ではなかったので声をかけるか迷う。銀時の隣には依頼人らしき男がいて、銀時は男と名刺を交換し、話が済んだのか男はぺこりと頭を下げてその場を後にした。
 男と入れ替わるように妙がベンチまでやってくると、銀時も妙に気づいたらしい。隣に座るようすすめた銀時は「余ったからお前も食べる?」と皿の上に二個だけある揚げ饅頭のうち一個を指さして言った。
 何気ないやり取りでも、妙は大きな衝撃を受けた。甘味好きの銀時が甘いものを譲ってくれることが、どんなに凄いことなのか、この場で妙だけが知っていたから、とても嬉しくなった。とんでもない愛情表現を垣間見たような気分だ。
 しかし妙にはこれから仕事があった。揚げ饅頭なんて食べたら口の周りはテカテカになってしまうし、喫茶店のトイレで口紅を塗り直した甲斐もなくなってしまう。銀時からのありがたい言葉を、妙は丁重にお断りした。時には我慢も必要な、そいういう恋を志村妙をしているのだった。

「ねえ。あれ私も欲しいんですけど」

 依頼人の男とのやり取りを見た時から思っていたことを、妙は素直に口に出してみた。ついついと銀時の着流しの袖を引いて、名刺をくださいとねだってみると「スーパーでかーちゃんに菓子買ってほしがるガキみてーだな」と銀時に笑われた。

「名刺なら前にやったろ。ほら、初めておめーら姉弟に会った時にさ」
「銀さんが原因で新ちゃんがバイトを首になった時の話ですか? あの時はイライラしていたから、破って捨てちゃいましたよ」
「捨てちゃったのォォ!?」

 仕方ねーなという顔をした銀時が「今度は捨てるなよ」と言って寄こした名刺は手書きだ。宝物を貰ったような心持ちで、妙が手癖のある字をじいっと見つめていると、「俺もおめーの名刺が欲しい」と銀時が言ってきた。妙は仕事用の名刺入れから一枚だけ抜き取って渡した。

「お前さ、なんで源氏名使わねーの?」
「いいのが思いつかなかったんです。銀さんだったらどんな名前をつけてくれますか?」
「タエコ……とか?」

 揚げ饅頭をもぐもぐ頬張りながら「なんか違うな」と銀時が唸る。

「考えてみたら、それ以外の名前なんて考えらんねーな。タエって響きも漢字の意味もぜんぶ、本人にドンピシャに似合ってるからよ。凛として、鈴が鳴ってるみてーな、きれーなところ」

 は、と惚けてしまった妙をよそに、あろうことか銀時は手にした妙の名刺にそっと唇を寄せた。志村妙と書かれた名刺に、揚げ饅頭の油染みがキスマークのように浮かび上がる。いたずらが成功した子どもみたいな顔で、銀時がにやりと笑うので、ああ困ったなと思う。
 いまこの瞬間、妙は銀時にキスをねだりたくなった。往来で人も見ているのに、これから仕事なのに、折角きれいに口紅を仕上げた唇が油と砂糖でべたべたになってしまうのに。
 それでも妙は、ふってわいたこの衝動を誰にも止められるものではないと理解していた。この感情と付き合っていくのは時にやるせなく、時に途轍もなく面倒で、志村妙はそういう恋をしているのだった。


'2019.08.14 そういう恋をしている
'2021.01.10 改訂

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※バッドエンドギャグです


 まるで天変地異に遭遇したような顔の新八が、ひどく焦った様子で事務所に飛び込んで来た。ゼエハアと息を切らして、血走った目の新八を見るに、ただことではない慌て方だ。
 新八が落ち着くまで待ってから事情を聞くと、天人の最新技術によって姉の破滅的な料理の腕前が、劇的に改善したのだと言う。信じられないですよと感動をあらわにする新八を見ても、俺は別に驚かない。劇的といってもどうせ劇物を作り出すことに進化したとか、そういうレベルの話だろうと思ったからだ。
 だが、新八の話には続きがあった。新八曰く、これもまた天人の科学的発明によって、姉の絶望的な体型がボンキュッボンになったのだという。
 そんなわけで俺は全速力で原付を飛ばして、志村家に向かった。怖いもの見たさというやつだ。別にボンキュッボンに期待したわけではない。断じて。
 半信半疑の俺を待っていたのはありえない光景だった。志村家の食卓にならぶ黄色の卵焼きを見た俺は、目を疑う。

「料理が下手だの、絶壁がどうだの、会うたびに銀さんたら私のことをからかってくるでしょう?」

 これなら文句は言わせないわよとお妙が得意げに笑う。お妙の首から下には、ちっとも慎ましくない大きく膨らんだ胸がたゆんたゆんと揺れている。料理上手のナイスバディの無敵の女へと変身したお妙を目にして、俺は返す言葉を失った。
 ああ、俺がからかったせいか。
 お妙がこんな姿になってしまった原因は、間違いなく俺だ。
 俺は過去の発言を猛省すると共に、とても悲しい気持ちになる。「俺がからかうと眉を八の字に寄せてむっとするお前の顔がかわいくてつい」だとか「胸の大きさにこだわりはないけれど恥ずかしそうにするお前の顔が見たいからつい」だとか、小学生男子でも今時しないだろう言い訳を打ち明けたとして、もう遅い。すべてが無かったことにはならないのだ。
 どんなに悔やんでも意味がない。まな板のような胸も、かわいそうな卵焼きも、志村妙という女を構成していた愛すべきものたちはもう帰ってこないのだ。


'2019.10.15 俺の愛したまな板
'2021.01.10 改訂

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※検索人工知能「アキネイター」ネタ


「実は、銀さんのことが本当に好きなのか、まだよく分からないんです」
「はァ!? いやいやいや! ちょっと待て。どういうことだ。俺ら付き合って結構経つよな?」
「付き合って一年くらい経ちますね」
「なのにまだ分かってなかったんかいィィ! 好きだから付き合ってんじゃなかったのか俺たち。勘違いしてた俺が馬鹿みたいなんだけど。どーしてくれんだオイ」
「違うんです。銀さんは悪くないの。これはわたしの問題なんです」
「というと?」
「今までに誰ともお付き合いというものをしたことがなくて、自分の気持ちがよく分からないんです。たしかに銀さんといると、胸がこうキュッと締めつけられて苦しくなりますけど、それだけなんです。これが好きってことなんでしょうか?」
「……よくもまあそんな殺し目的を平気な面して言えるもんだ。それで自覚がないって言うんだから逆にすげーな。いっそ感心を超えてこっちが死ぬほど恥ずかしくなってきたもん」
「え?」
「まだ気づかねーの? 天然垂らしにも程があんだろ。まあいいや、じゃあ今から俺が簡単な質問するからお前ちょっと答えてみろ。ハイが多かったら、」
「わたしが銀さんを好きってことの証明になるんですか?」
「そういうこった。ひとつめの質問、俺を見てどきどきする?」
「はい」
「俺をどうにかしたい?」
「あんまり想像できないです。いいえ」
「逆に、俺にどうにかされたい?」
「どちらかというと、そうかもしれない」
「いますぐ抱きしめてほしい?」
「……えっと」
「俺のものになりたい?」
「誘導尋問は、」

 いけないですよと最後まで言えたら良かった。静寂が下りたのはほんの一瞬、離れていった唇の温度がすぐに名残惜しくなる。そんな私の思いを見透かすように、銀さんが低く耳元で囁いた。

「こーゆーの、もっとシたい?」

 シたいんならそれはもうお妙は俺を好きってことだろ、と唇が触れるか触れないかの距離で言われたら、もう、頷くしかなかった。



'2019.11.24 アキネイター銀妙
'2021.01.10 改訂
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