※完結編の銀時不在時の捏造
※沖→神→銀


「ちょっと顔を貸しなさい」
「嫌だって言ったら?」
「ぶっ殺す」

 チャイナがカタカナ喋りを封印してしばらく経った頃だ。ある日、どこか切羽詰まった顔をしたチャイナから、珍しく頼み事なんかされた。頼む相手を間違ってないかと俺が聞くのを無視して「いいからついてきて!」ぐいぐい着物の胸元を引っ張るチャイナによって、俺たちは郊外にある寂れた中華料理店にやって来た。
 住人の過疎が進行した江戸の街でまだ営業している料理屋があったとは驚きだが、この店だって今週末をもって閉店するらしいことを、俺は店の入り口の張り紙で知る。
 店員に案内されて丸いテーブルに向かい合わせに座る。お代はわたしが持つからという太っ腹すぎる発言をしたチャイナに、いよいよ気味が悪くなってきた。
 チャイナは居ました顔でメニューを広げて、呼びつけた店員に向かって次々と料理を注文する。
 しばらくして最初に運ばれてきたのは杏仁豆腐が一つ、桃のゼリーが三つ。さらに肉料理が何点運ばれてきた。かと思えば、今度はスープが三人前。二人掛けの卓を埋め尽さんばかりに料理がやってくる。規則性のない注文内容に首を傾げつつも、公務員でなくなった今の俺にとってタダ飯が食える機会は貴重だ。文句を言う代わりに、目の前に運ばれてきた麻婆豆腐をレンゲにすくって嚥下した。
 お互いに会うのは何か月ぶりくらいだったが当然積もる話なんてあるはずも無く、黙々と皿を空にしていく。チャイナは相変わらずめちゃめちゃな順番で料理を注文し、それを俺が平らげていく。
 やけにデザートの割合が多いのが気になる。デザートを山ほど食べたい気分なのかとチャイナを窺うけれど、チャイナ自身ほとんど手をつけないでこちらに寄こしてくる。
 めちゃくちゃな注文といい、自分で食べないデザートといい、まるで、自分で食べたいものを頼んでいるというよりか、ここには居ない誰かが食べそうな料理を片端から注文しているような。
 あ。
 カシャンと手からこぼれ落ちたカラトリーが盛大に音を立てる。チャイナは気にした様子もなく店員を呼びつけて何回目かのデザートを注文した。
 俺はようやく、卓を支配する違和感の正体を知る。

「銀ちゃんがね」

 頭の中を読まれたような気分だ。タイミングよくチャイナの口からついて出た名前にどきりとする。そういえば、甘いものがすきなあの人は、ファミレスなんかに来たらまず最初にデザートを頼むようなお人だった。

「パチンコで大勝ちした日に連れてきてくれたことがあったのよ。わたしと新八と三人でさ」

 ネタ晴らしを終えたチャイナはそれから会計を終えるまで一言も発しなかった。

***

 店を出た直後にチャイナは、その場を去ろうとする俺に向けてぽつんと言った。

「思い出の場所だったから、もうすぐ閉店しちゃうって聞いて、最後にまた来たかったの。ありがとう、おきた」
「その口調、全然サマになってねェからやめたら?」
「うるさい」

 お前にはもう用済みだとばかりに、チャイナは俺に背を向けて元かぶき町、今は廃墟となった街へと帰って行く。俺はかける言葉を持たないで、黙ってその背中を見送る。
 人づてに聞いた噂だが、丘の上にある墓地に旦那の墓ができたらしい。誰が作ったか知らないが、周囲は旦那のことをもう死んだ人間として扱うことにしたようだ。唯一それに納得していないやつを俺は一人だけ知っている。俺の勝手な想像だが、旦那の墓はチャイナの合意の上で作られたものではないはずだ。そうでなければチャイナの目が死んでいる理由に説明がつかない。
 人の気配が死んだ静かな江戸の街をゆっくり歩きながら、俺はチャイナのことをいつまでも考えていた。
 破滅の方向に向かいつつある江戸の現状にも、旦那の死にも、まったく納得いかないくせに、万策尽きたとばかりにチャイナが世界のおわりを見つめている。大人ぶって口調まで変えて、あの頃の自分ではないと言いたいのか。馬鹿だな。子どもらしく駄々こねて、旦那はまだ生きてるんだって、墓なんて作るなよって叫ぶことを誰も咎めたりしないのに。
 さびれた中華料理屋の店内は薄暗かった。小さな電球はテーブルの上の料理を照らすだけで、相手の顔も暗くて見えやしなかったけれど、ちっとも辛くない麻婆豆腐を食べて目に大粒の涙をためたチャイナの姿は、どうしてか俺の目に焼き付いて離れなくなってしまった。
 あいつが一人で泣けなくなったのはあんたのせいですぜ。
 俺はここにはいない、墓の下にもいない誰かさんのことを呪った。


ツイッターお題『沖神が書きたい飴子さんは私的な記念日に、さびれた中華料理店でコラージュのように違和感があったことの話をしてください。』
#さみしいなにかをかく


'2019.10.20 泣き出したいほど辛いのが目にしみる
'2021.01.10 改訂

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