江戸の街をパトロール中の沖田は、閑静な住宅街を歩いていた。このあたりは犯罪率も低いし、せいぜい空き巣程度だ。警戒心をすっかり解きながら沖田は低い生垣に沿って歩き続けた。
 曲がり角に差し掛かろうかというところで不意に、きゃあと子どもの悲鳴が上がった。神経が一気に張り詰めるのを自覚しながら、沖田が声の聞こえた方角へ走り出す。

「あ」
「…………何やってやがんでィ」

 駆け付けた先で、沖田は生垣に咲く野薔薇へ手を伸ばす神楽と遭遇した。
 きれいな花を見つけたので触ってみたら棘が刺さって、血が出てびっくりした。以上、事情聴取おわり──あんまりにも事件性がなくて心底がっかりした。警察官なら喜ぶべきだが、戦闘狂のきらいがある沖田はすっかり白けた気分だ。
 棘が思いのほか深く刺さったのか、神楽の指先から血がぼたぼた滴っている。それを認めた沖田は何もしないでこの場を去る気分になれず、隊服のポケットから取り出したハンカチを神楽へ差し出す。

「臭いアル。いらないネ」
「臭くねェわ。ちゃんと洗ってまさァ」

 血はそのうち止まるから手当なんか要らないと拒否する手を退けて、半ば意地になった沖田は神楽の指をつかんでハンカチを巻きつけた。沖田が何度も喧嘩してきた相手だ。神楽が高い治癒能力を持っていることも無論承知している。だが、思いきり皮膚が裂けて流血が止まらない様子なんて、傍から見ていて気持ちのいいものではない。ハンカチを巻いたら、痛々しさも少しは軽減して見えるんじゃないかと期待したのだ。

「きれーな薔薇には棘があるって知らねえのかィ」
「ばら。この花の名前アルか。なんか聞いたことあるヨ」

 これが薔薇の匂いかとフンフン鼻を慣らす神楽は、地球の生まれではない。花の香が気に入ったのか、宇宙産の青い目をきらきら輝かせる。
 実物の薔薇を今日初めて見たという神楽は、宇宙の生まれに相応しい人間離れした強さを備える女だった。沖田が江戸中どこを探したって見つからない、派手な色素の髪と瞳は、神楽が宇宙人である事実を一層つよく引き立てる。
 それなのにどうしてと、沖田はハンカチを巻いた指に視線を落とす。
 生垣に咲く野薔薇をきれいだと思う情緒も、きれいなものに思わず手で触れてくなる好奇心も、人間のそれによく似ていた。薔薇の棘が刺されば血を流し、じわりハンカチに広がる染みは鮮やかな赤色をしている。人間離れしているようで、神楽はどこまでも地球の人間と同じ要素を持っている。
 思ったことがつい口を出てしまう。「テメーも血は赤いんだな」どこかガッカリした響きをした沖田の独り言に、何を今更とばかりに神楽は首を傾げる。
 いっそ血潮の色も瞳と同じ青色だったらよかった。
 なんてことを沖田は考えていた。

「これに懲りたらむやみやたらに手伸ばすのは止めておくんだねィ。せいぜいてめーの血は俺との喧嘩のために取っておきやがれ」
「ハンッ、一度でも私に傷をつけてから言ってみろヨ」

 勝ち誇ったように笑う顔が憎たらしい。しかし痛いところを突かれて沖田は何も言い返すことができない。喧嘩の戦績は五分五分と引き分けているものの、手加減なしの沖田の剣先が神楽に届いたことは一度もない。だから、神楽の血潮が赤色であることを沖田が知ったのは今日が初だ。否、知りたくなかったが。
 神楽の人間離れした強さそのものに自分は惹かれていると沖田は思い込んでいた。それ以外の要素には興味なんてないとも。そう信じて疑わなかったのに。
 花のにおいを嗅いで顔を綻ばせるような、人間と変わらない神楽の繊細さをありありと見せつけられた今この瞬間も、神楽に焦がれる沖田の感情に変化が無ければ、一向に興味も減らないでいる。むしろ興味が増したくらいだ。それはなぜか。考えるまでもなかった。
 どうせなら、薔薇の棘なんかではなく、喧嘩の真っ最中に自分の剣先が彼女の血潮を暴きたかった。なんて、一歩間違えれば変態の発想だ。
 沖田のハンカチが神楽の指先をいたわるように巻き付いている姿すら、いけない欲がわきあがる心地がして、もう手遅れだと思った。


ツイッターお題『沖神の話を書く飴子さんは蝋梅の咲いた朝、野ばらの低い生垣の続く道でブルーブラッドという語の意味についての話をしてください。』
#さみしいなにかをかく


'2019.10.20 棘が暴くは血潮の色
'2021.01.10 改訂
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