朝方、銀時は万事屋のソファの上で目が覚めた。
 仰向けの身体に掛けられた毛布は自分が眠りに落ちる時にはなかったものだ。
 ソファから起き上がってまわりを見回してみれば、テーブルの上に置き手紙を見つけて銀時はそれを手に取ってみる。

『差し入れを持ってきました。戸棚に羊羹を入れておきます。』

 起きぬけのぼうっとした頭で読んだ手紙には、さらりと流れるような文字でそう書き綴られてあった。

「……もっとなにかあってもいいんじゃねーの?」

 なんともそっけない一文に、銀時の口が文句をたれた。
 近ごろ万事屋には仕事の依頼が立て込んでいるものだから、銀時は毎晩くたくたになって帰路に着いている。それを弟からあの女が聞きつけたのか、先日はみずみずしい桃が夜中に差し入れられた。その前は豆大福だった、と根っからの甘いもの好きである銀時の頭はハッキリと記憶している。どちらも大変美味しかった。
 そして銀時が文句を言っているのは差し入れの品に対してではなく、この差し入れをしている人間のことだった。
 今回も含めて、いつも差し入れと一緒に手紙が添えられているのだが、どうにも中身が簡素すぎるんじゃないかと銀時は思うわけだった。少なくとも、恋人に向けての手紙にしては悲しいくらい素気がない。
 差し入れの礼を言おうにも、仕事で疲れ切った銀時の身体は夜まで起きていることを許してくれない。当分は仕事の予定が詰まっているので志村家へ赴く暇も見つからない状況である。

「あ、いっけね」

 気づいたときにはもう遅い。無意識に手が握りこぶしをつくった結果、手の中にあった置き手紙をぐしゃりと潰してしまっていた。
 後悔の念が銀時を襲ったが、羊羹が戸棚にあることはしっかり覚えている。だからこの手紙は用済みなのだと思い直して、くしゃくしゃになった置き手紙をそのままポイとくずかごに投げた。
 外れることなく見事にホールインした手紙の残骸を一瞥した後、どうするつもりなのだろう、と考えながら銀時は伸ばした手で銀髪を掻きまぜた。
 つれない態度でこんな手紙を残しておいて、あの女は一体どういうつもりなんだろう。
 そうして銀時は、昨晩もつかまえることができなかった女の顔を、強くつよく脳裏に思い描いた。




 戸棚の羊羹はもうなくなっていただろうかと銀時が差し入れのことを思い出したのは、最新の置き手紙を見つけてから数日が経ってからである。
 相変わらず仕事の依頼は舞い込んでいるが今日は普段よりいくらか早い帰宅となった。万事屋に帰るやいなや、これ幸いとばかりに、銀時は疲れ果てた身体を回復するためソファに倒れ込んだ。
 次に銀時が目覚める頃、まだ日は落ちておらず、部屋の窓格子からは夕暮れの近い橙色の光が差し込んでいた。
 あの女が持っている着物のひとつと色が一緒。そこまで思い当たって、銀時の中でじわじわと恥ずかしさがこみ上げる。

(どんだけあいつに会いたいの、俺は。)

 定春がいないところから察するに、神楽は散歩に出かけているようだ。同じ運動量をこなしているはずなのにどういうことだ、若者は元気がよろしい、と不貞腐れながら寝そべったままふと視線を動かした先で、銀時は呼吸を止めた。

「きゃっ!」

 ソファからこぼれた片腕を伸ばして桃色の袖を引っ張ると、小さな声が上がって薄い肩が跳ねた。
 すぐさまこちらを振り返った妙の表情は強張ったものをしていたが、寝起きの銀時のすがたを認めると力を抜いて、ふわっと微笑みを唇に乗せてみせた。
 こっちの気も知らないで、と銀時からは溜息がもれる。

「お前ね、なんでこういつも勝手に来て勝手に帰ってんの。声くらいかけてもいいだろーが」
「あら、だって私が来ると銀さんいつも眠ってるでしょう」
「そうだけど」
「新ちゃんから聞いてますよ、このところ盛況なんですってね。お疲れなのかと思って、起こさないようにしてたんです」

 いつも銀時が眠りこけているうちに用事を済ませてしまったのは、そういう理由らしい。ハキハキと答える妙の様子を見ながら、どうもこの女は察しが良すぎて空回りする節があるんだよな、と銀時は思っていた。たしかに自分は疲れていたけれど、女の顔を見たいと思っていたのに。

「ダメでしたか」

 不意に、眉尻を下げた妙が表情を曇らせる。どうやら、気遣いをありがたく思えばいいのか怒ればいいのかと迷う銀時の顔を不機嫌と捉えたらしかった。

「んなこと誰も言っちゃいねーよ」
「そうですか?」
「俺はただ、礼のひとつぐらい言わせろって言ってんだ」
「礼なんていいのよ、みんな頂き物ですから。それに、どうしてもって言うなら、新ちゃんに伝言を頼んだらよかったのに」
「それじゃお前と一緒だろうが」

 無意識に喉からしぼり出た声は押し殺したように低い。まるで、ここ数日の銀時の鬱憤が声色に染み出しているようだ。

「銀さん?」
「……直接会わなくて何の意味があるよ」

 苦しげに問いかける銀時を不安がるように、妙は神妙な目つきで見据えてくる。彼女の背後にある、居間のテーブルには妙が書いたばかりであろう置き手紙がある。銀時は、できることなら今すぐそれを破り捨ててしまいたかった。
 あんなもの、さびしくなるだけだ。
 自分で掛けた覚えのない毛布と、女の書いた手紙を見つけるたび、どうにも銀時をさみしくさせた。
 女々しいと自覚があるのでそこまでは言葉にしなかったが、その代わり、銀時は妙をほとんど睨むみたいに見つめる。

「起きたらお前はいねーし? 手紙はそっけねーし? せめて労いの言葉くらい書いといてくれりゃあ、俺だってよ、こんなに、」
「労いなら、いつも直接言ってましたけど」
「…………は?」

 あっけらかんと言う妙に、銀時はぽかんと返事をした。

「お前いまなんて言った」
「だから、夜中にお邪魔した時にいつも」

 言ってあげてたじゃないの、と妙が言う。銀時は眉をぴくぴく痙攣させて、ふざけんじゃない!と頭を抱えたくなった。

「俺は聞いてないんですけど!」
「でしょうね。だって銀さんぐっすり寝入ってましたから」
「ならそれ労ってないのと同義じゃねーか!」
「はいはいじゃあ今もう一度言います、それでいいでしょう?」

 そういう問題じゃないだろうと反論するよりも先に、「もう一度言います」ときっぱり言い放った妙が銀時のほうへ手を伸ばしてくる。
 着物の袖から現れた白い二本の腕が銀時の顔に近づいて、ぺたりと両の頬を軽く触れる。

「銀さん」
「……お妙、」

 きっと、自分は今とんでもなく間抜けな顔を晒しているのだろう。銀時の目の前でくすりと妙が笑ったのか証拠だった。

「おつかれさまです」

 こうなってしまうと、つい先ほどまで文句を並べ立てていた口も黙らされてしまう。穏やかな声が銀時の腹で燻っていた醜い感情をみるみるうちに溶かしていくようだった。
 たった一言でさえ破壊力のあるこれを、寝ている自分はすべて聞き逃してきたのだ。なんて惜しいことをしてきたんだろう。銀時は心の底から後悔しながら、頬を包む両手のぬるさに目を細めた。

「ずっと寝顔ばかり見ていましたけど、」

 銀時の頬に触れる体温がわずかに上がったような気がした。伏せがちだった瞼がひらいて、上目遣いに妙が銀時を見る。

「私だって、銀さんが起きてるときにあいたかった」

 そう付け足されて、銀時の心臓はぎゅうぎゅうと痛んで鼓動を大きくした。
 たまらなくなってソファから腰を上げる。もたれかかるように銀時が妙の身体に抱きついてしまうと、勢い余ってぶつかった机から置き手紙が滑り落ちていった。

 銀時が妙のくちびるに自分のそれを押し当てる瞬間、ちらりと横目で窺えば、そこには相変わらずそっけない一文が書かれているのが見える。
 けれど今ばっかりは、銀時にとってそれが愛情のこもった恋文のように思えた。




置き手紙‘130828

修正‘140120
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