手にしていた紙袋を逆さにすると、今日の戦利品がぽろぽろと散らばった。こぼれ落ちた菓子が万事屋の長机に小さな山をつくる。
 菓子のこぼれる音に反応したのか。中程で広げたままのジャンプを頭に乗せて、ソファに寝転がっていた銀時が身体を起こしてくる。さきほど、万事屋を訪れた際に妙が声をかけたときには、「んー」だか「あー」だか唸り声を返すだけであったのに。こういう時だけ元気になるのだから調子が良い。
 ため息のひとつでも吐きたい妙の気持ちもいざ知らず、「なにこれどうしたの」と、菓子の山を見やりながら銀時が訊いてくる。

「商店街の福引きで。残念賞がお菓子の掴み取りだったんですよ、全部で五回分」
「おーおー、ハズレにしちゃあずいぶん良いもんくれんなァ」

 相槌を打ちつつ、銀時の視線は妙の方から逸れていって、右手はすでに菓子の山へ伸ばされている。
 手が早い、たしなめる妙の声に、「早いもん勝ち」と銀時が返してくる。子供めいたそれに、妙はもう慣れてしまった。これだからこの人は。年甲斐もなく、ゆるみきった口元を隠そうともしない。
 本来ならば、こういうとき、銀時に菓子を独り占めさせるわけがない二人がいるはずだ。妙が従業員二人の姿を探すけれど、姿は見当たらない。そこでようやく、万事屋の玄関に二人の靴がなかったことを思い出した。

「あァ、ひょっとしてあいつら探してる? 飯当番の新八は買い出し。んで、神楽は定春の散歩」
「銀さんは?」
「俺はアレよ、いつでも仕事が舞い込んできてもいいように電話番」

 要するに一番楽なポジションだ。言えば、退屈なのも問題なのだそう。そのまま干からびてしまえ、と妙は思う。
 気づけば銀時の手元には、んまい棒が握られている。チョコ味の。こっそり自分が狙っていた菓子が奪われてしまっていた。

「本当は一等の温泉旅行を狙っていたんですよ。……お菓子も悪くはないんですけどね」
「そう贅沢も言いなさんなって。ポケットティッシュじゃねーだけマシなもんだろ」

 喋りながらも、銀時はもっさもっさと口を動かしている。んまい棒はあっという間になくなって、すでに二本目だ。今度はコーンポタージュ。チョコ味の名残をくちびるの端にくっつけている。指摘してやるつもりはない。このあと帰ってきた二人に見つけられて、一人でなに食ってたんだと怒られてしまえばいい。想像すると、妙の中で笑いがこみ上げてくる。
 んまい棒、ミニカステラ、ときて、さすがに腹がいっぱいになったのかもしれない。銀時が飴玉をひとつ手とる。桃色のちいさいの。剥がして口に放り込む、けれどすぐに表情を曇らせた。
 美味しくないんですかと妙が尋ねると、銀時は首を横に振る。

「……ピンクってさァ普通、いちご味なんじゃねェの」
「違うんですか?」
「なんで檸檬にしたんだか」

 カラコロと飴玉で頬を膨らませて、すっぱい、不満げに銀時が苦い顔で言う。不味いわけではないだろうが、苺の甘さを期待していた銀時にとって、ビタミンの酸味が気に入らなかったのだろう。
 桃色が檸檬ならば、さて黄色はどんなだろう。妙は何気なく黄色の飴を手に取って、その包装紙をほどいて口に放り込んだ。

「あら」

 呟きながら飴玉を舌の上で転がす。あまったるい、苺の匂いがした。

「いちご味」
「えっウソ、なにいろ?」

 黄色ですよ。答えれば、「こんにゃろ騙したな」などと、ぶつぶつ文句を言いながら銀時は長机の上を漁り始める。ウエハース、一口サイズのチョコレート菓子、ラムネやクッキー。黄色の包装紙のものを一箇所に集めるつもりらしい。だが妙が見るかぎり、黄色の飴玉は見当たらない。
 そんなに苺が良いのだろうか。
 見つからない桃色。憮然とした表情の銀時が口をとがらせて、恨めしそうに妙を見やってくる。飴玉探しを諦めた、わけではないようだった。あまったるい、妙の口内を満たす味と非常に似たもの。銀時の瞳はそういう色をしていた。
 まるで妙の口から続く言葉を待っている、ようで。

「あの、」
「なに」
「……もし、よかったら」

 交換しますか。
 瞬間、影が覆いかぶさったと思ったら、待ちかねていたみたいに飛びつかれた。鼻先がこつんと当たる。
 交換しようとこちらから持ちかけずとも、妙が隙をつくろうものなら許可なく奪うつもりだったに違いない。噛みついてきた銀時の素早さから、妙はそう確信した。
 くっついたくちびるが離れていった。飴玉は消えてしまって。けれどもう一度くっついたとき、飴玉が戻ってくる。中身を取り替えられてしまったので、味は檸檬だった。
 器用なひと。呟きは口には出さない(別の意味に捉えて、調子に乗られては困る)。
 ようやく離れていった向こうの唇を一瞥して、妙はまぶたを閉じた。あまったるさはまだ残っていて。口内を満たしていた甘ったるい苺の残り香と、酸味が効きすぎた檸檬の味とが混ざり合う。

「甘ェ」

 残念賞にしてはまあまあ、と。感想を述べる銀時を、妙はじとりと横目に睨みつけるけれど、効果は見受けられない。ニヤニヤと笑っている。返してくれと言っても返さないことは承知しているので(返されてもそれはそれで問題だ)、しかたなく酸味の強いそれを舌の上で転がす。
 どうにも眉に力が入ってしまう。妙の現在の表情は不機嫌ともとれるだろう。が、妙は嫌だったわけでもないし、銀時もそれを理解しているのだろう(だからこそ、はずかしくてたまらないのよ)。
 交換された飴はじわじわと溶けていく。けれど、離れる寸前に唇を舐めていった舌の熱さはしばらく忘れられそうにない。



残念賞 '130709
×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -