窓硝子を叩く雨音が絶え間ない。隣の家の庭木がしなる音が、おどろおどろしくここまで響いている。嵐が来ていた。
 ひどい雨ですね。
 独り言のつもりだった呟きにも、受話器から「そうだな」と律儀に声が返ってくることが妙にはどうしてか面白かった。
 玄関脇の廊下に沿う雨戸の向こう、妙は目を凝らしてみる。外の暗闇に振り注ぐ雨粒は、昨晩から止めどなく地面を穿っている。雨はやがて雪へ姿かたちを変えて、冬休みが始まる前には通学路や校庭を白一色に塗りつぶしてしまうだろう。そう考えると、雨音はまるで冬の足音が姿を顕したみたいに思えた。ざあざあ降り注ぐ雨の群れを目で追いながら、妙が受話器に向かって話す。

「むかしから雷は怖くなかったんです」

 私は大丈夫だったけどその代わり、新ちゃんはよくピーピー泣いたものだわ。あァ懐かしいな、臍を取られるだの何だのあったな。なんですかそれ。うわっ知らねえのか、こういうのをジャネレーションギャップって言うのかね。なんだか年寄りみたいなことを言いますね。うっせ。
 ぽつりぽつりと会話を重ねる。夜か深まるに連れて激しくなる雨音に負けないように音量を調整しながらの電話。途中一度だけ、雷の音に掻き消されそうになって会話が止まった。

「先生は、雷に怯えない女は嫌いですか」
『……いいや?』

 雷より志村の方がずっと怖えよ、などと減らず口が続く。叩き殺しますよと言った後で、受話器をそっと耳から離す。一言多い癖はどうにかならないものかと思いながら、見えない電話相手をねめつけた。
 受話器を耳元に戻すのと同時、ハクションとくしゃみが配線を伝って妙の元へと届く。あらやだ風邪ですか、学校にはマスクして来てくださいよ、と声をかけるが、向こうはティッシュで鼻でもかんでいるのか返事がない。

『……あー、もうコタツ出そっかな』
「うちはもう居間に出してますよ、ストーブですけど」
『まじか』
「先生のことだから面倒くさがって出すのはいつも遅くなりそう。あと、春になってもコタツ置いたままにしてそう」

 なんで知ってんだよ! と驚いた声が電話口から聞こえて、分かるに決まってるでしょうと妙のくすくす笑いが雨音に紛れる。妙でなくても、彼の普段を知っている3Zの人間ならば皆、銀八の部屋の様子など簡単に予想できるだろう。
 そうして笑っている間に、足元から忍びやる空気の冷たさを今さらに感じていた。そっと顔を顰める。手にとった受話器の向こうに聞こえてしまわぬように、静かにはあっと息を吹きかけてやるけれど、かじかむ手のかたさに変化はない。居間にストーブを出したと言ったがここは玄関だ。膝にかけるお気に入りのすみれ色のブランケットは、学校のロッカーにしまっている。
 時刻は深夜二時を過ぎていて、そんな場所に何時間も裸足で立ち続けるのはいくらなんでも辛すぎた。
 せめて靴下かスリッパを履いてくれば良かったのだと嘆いてみる。一旦会話を打ち切ってスリッパを取ってこようとも思うけれど、どうにも、大事そうに両手で抱える受話器を手放す気にはなれずにいる。そもそも、自分が携帯電話を持っていればこんな苦労をしなくてもいいのに、と妙は思う。

『つーか、そこ寒くねェの』
「大丈夫ですよ」
『声震えてんぞ。あー、前に家庭訪問したときに見たけど、お前んちたしか、電話玄関にあるだろ。俺を笑ってる場合じゃねえだろ、こんな寒い日によォ』

 強く耳に押し当てたそれから、説教じみた、からかう色を帯びた男の人の声がする。これは妙がいつも思うことなんだけれど、電話越しに聞く彼の声は普段より大人っぽく感じる。ときたま混じる笑い声は、妙の耳殻をやさしくゆさぶる。「もう切るか」と声が続いた。寒いだろうし眠いだろうからと、新八や叔母に見つかったら面倒だろうとも。
 電話越しから低く響いたテノールに、ううん、と首を振って返事をする。電話だから、首を振ってみせても意味などないんだけれど。

「あともうちょっとだけ、いいですか。まだ、話してたい、ので」

 わたし大丈夫よ、寒くもないし、雷だって怖くないもの。思っていたよりずっと小さくなった声は、外の風音や雨音に掻き消されてしまいそうなほどだった。
 言い終わったあとで、なんだか堪らない恥ずかしさが込み上げてくる。冷たくなった指先を意味もなく電話のコードにグルグル巻きつけていると、向こう側が笑う気配。

「なに笑ってるんですか」
『……ああ、俺もだ』
「も?」

 俺も、寒ィけどまだ話してたいっつうこと。
 雨音に紛れながら、けれど確かにはっきりと聞こえた声に心臓が高鳴る。深夜3時ちょうどのことだった。



3:00am,little wonder '121125
title june

元アンケ御礼
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