用事があるからと昼休みにわざわざ部室まで呼び出しておいて、彼は一体どういうつもりなのだろうか。緑間は溜息を吐いて眼鏡のブリッジを上げた。いささかうんざりとした表情のなかに困惑が見える。

「……赤司」
「なんだ」
「いい加減にするのだよ」
「いいだろう別に、減るもんじゃないんだから」
「俺の神経がすり減るのだよ!」

勝手なことを言う赤司に抗議しても、彼は気にせず緑間の首筋に頬を寄せる。緑間はしばらくもがいていたが、やがて諦めたように目を伏せて体の力を抜いた。

「いい子だ、緑間」
「……ふん」

緑間を足の間に座らせ、組んだ両手で緑間の腰をホールドした赤司が満足気に微笑む。最近の赤司のお気に入りの体勢らしい。なんでも「緑間の体温を感じられるし立っているより目線が近い」から、だとか。
こうなったら体重を預けてしまおう、と後ろの赤司に寄り掛かる。かぷりとうなじに噛みつかれて緑間はびくりと身を竦ませた。くつくつと赤司が抑えた笑い声を立てる。

「赤司……」

恨みがましい声で名を呼べば、全く誠意の感じられない謝罪が返ってきた。相変わらず笑みを含んだ声のままで彼は言い訳をする。

「お前の反応が可愛いから」
「理由になっていないのだよ」

それをばっさりと切り捨てる緑間に目を細め、赤司はぎゅうと腕に力を込めた。大人びた表情を見せるくせにやっていることは離れたくないと駄々をこねる子供のようで、緑間は結局赤司を甘やかしてしまうのだ。判ってやっているのならばかなり意地が悪いと緑間は思う。

「……少しなら、」
「ん?」
「少しくらいなら、構わないのだよ」

絶対に視線を合わせないように、腹の前で組まれた赤司の手を見つめながら緑間は言う。頬が熱を持つのが自分で判った。後ろの赤司が息を呑んだ気配がして、一呼吸おいて吐息で笑う。

「耳が赤いよ、緑間」
「……うるさい」

ぷいと顔をそむけると赤司がわざとらしい溜息を吐いた。溜息を吐きたいのはこちらの方だ、そう思いながら緑間は赤司の脚を軽くはたく。気にも留めず赤司は首筋に唇を寄せた。ちゅっと軽いリップ音を立てて離れたそれに、緑間は慌てて振り向く。

「っ、あか」
「少しなら構わないといったのはお前だよ」

薄い笑みを浮かべ、言い聞かせるように赤司は言った。この笑みが緑間は苦手だ。自分の内面を全て見透かされているような気分になる。真っ直ぐに自分を見る赤い瞳から目を逸らしても、赤司はすかさず緑間の顎を捕らえ、自分の方を向かせた。

「キスは少しに入るかな、緑間」
「なにを、言って」

唐突な台詞に緑間はうろうろと視線を彷徨わせ、恥じらうように目を伏せた。長いまつげが影を落とすのを至近距離で眺め、赤司は愛おしげにその頬を撫ぜた。

「少しならと言い出したのはお前だろう? だからお前の基準に合わせるよ」

体格は緑間の方が勝っている。それでも彼は赤司から逃げられる気がしなかった。それは常に彼が一枚上手だからだろう。「お前の基準に合わせる」という言葉も譲歩しているようでその実、緑間の口で「入る」と言わせたいのだ。その手には乗るかと思っても、優しく微笑む赤司の瞳が緑間の反抗心を奪う。いや、もとより反抗する気などさらさらないのだ。赤司がどうしてもと望むなら、緑間はそれこそ人事を尽くして彼の願いを叶えるだろう。赤司征十郎という人間は緑間にとってそれだけの存在だった。
緑間はちらりと視線を上げて赤司を見遣った。彼はにこにこと笑いながら、緑間の発言を促すように首を傾げる。

「どうした? 緑間」
「……好きにすればいい、だろう」

それでも意地が邪魔をして「入る」とは言えなかった。それはそっくりそのままくちづけを強請る言葉になるからだ。精一杯の返答はさすがの赤司も予想外だったのか目を丸くしたが、次第にその顔が綻んでいく。

「……じゃあ、好きにさせてもらおうかな」

頬に添えた手で顔を引き寄せられ、緑間はぎゅうと目を瞑った。あやすようにさらりとした髪を梳き、赤司はその唇に触れるだけのキスをする。一度離れて下唇を食むと途端に緑間の体が強張って、赤司はくすりと笑った。

「取って食いはしないから怖がるな」
「……別に、怖いわけでは」

宥めるような声が気恥ずかしくて、緑間は真っ赤な顔をついと逸らす。赤司が苦笑して緑間の肩口に額を擦り付けた。

「じゃあそういうことにしておこうか」
「なんなのだよそれは」

聞き捨てならない言い方をされて、緑間は剣呑な声で言葉を返した。全く堪えた様子もなく、赤司は平然とした声で返事を寄越す。

「言葉の綾さ。……緑間、」
「……なんだ」
「ちょっとこうしてていいか」

ぎゅうと緑間を抱きしめて赤司は尋ねた。甘えてくる赤司に弱い緑間は、「……5分だけなのだよ」と言って肩に散らばる赤い髪を左の手で軽く撫でてやる。
5分だけと言いつつ、緑間は赤司が満足するまで、或いは昼休みが終わるまで赤司の好きにさせてくれるのだろう。そのことを赤司はよく知っている。テーピングの感触のする手に擦り寄りながら、赤司は唇を緩めて瞳を閉じた。
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