緑間の家には代々続く仇がいるのだという。
緑間がそれを知ったのは10歳の頃で、大層厳しい自分の祖父が、やれ将棋を学べだの、勉学は常に一位を取るようではならぬだのと緑間に干渉してきた言葉の意味を理解した。
その家には、緑間と同い年の子供がいるのだ。そして、その子供は将棋が得意で勉強に秀でている。
生憎と緑間には昔に苦しめられたからといってどうにかして彼らを負かしてやりたいなどという気持ちはこれっぽっちも湧いて来なかった。けれども祖父と相反しなかったのは、常に人事をつくしていくという彼の行動が祖父の目から見て、自分の思い通りに動いているように見えたからだろう。
その仇の名前は禁句なのだろうか、緑間の家で誰もその名を口にすることが出来なかった。ただ、一度だけ。祖父が零したことがある。

「明石の家のものに負けるなど我慢ならん」と。

中学に入る前の年から緑間はバスケというものを始めた。祖父が何も言って来なかったのを見ると、特に含むものはないということだと勝手に了解し、美しいシュートに魅せられていった。
美しいループ、誰にも邪魔されることなくゴールに吸い込まれていくボール。それは、初めて緑間にとって心から夢中になれるものだった。

そして、彼らは出会う。
入学式、壇上に向かい新入生代表を読み上げた少年は、体格も背格好も緑間と大して変わらぬようなのに、その存在感だけは圧倒的といっても良かった。
赤い色が周囲からくっきりと浮かび上がって緑間にすとんと落ちてきた。孤高の赤。侵すべからざる紅。
心臓を持っていかれるような、そんな。
彼との接点など内容に思えた。遠目で見て、その圧倒的なものを眺めて鑑賞するぐらいが関の山なのだろうと。

廊下を歩いていた。開け放たれた窓から桜の花びらが舞い散り、緑間の髪を弄んだ。

「ねえ、君」

よく通る声だと思った。大きな声ではないのに存在を知らしめる。振り返った緑間は目を丸くした。あの時、壇上にいた彼がそこにいたのだから。
「君の名前は?」
「緑間、真太郎」
それを聞いた彼は、はっと驚いて、
「君は、からすに混じった白い鳩のようだね」 
そう言ってわらった。
「僕は、」
「知っている。新入生の挨拶をしていたろう。赤司?」
彼の名は赤司征十郎。彼にふさわしい名前だと思った。
「そうか…。うれしいな。よかったら僕と、友人になってくれないか?」
彼など友人は選り取り見取りだろうにわざわざ自分のところに来たことを不思議に思いながら、ああよろしく頼むと答えていた。
彼は驚いたことに同じバスケ部で、そして才能の片鱗というものを感じさせていた。


彼は、人付き合いが得意とも言えない緑間の中に少しずつ入ってきた。何が好きで何が嫌いなのか。言葉遊び。二人が一番気に入りの将棋は、本当に高度なものになり幼いころ緑間に将棋を教えてくれた祖父に感謝したくなったくらいだ。
二人だけの、しんと空気が音を出すことをやめたような空間が好きだった。静謐の中に彼の声が落ちる。広がる。
自分の中にも。
緑間がシュートにこだわっていることを知ると、彼はテーピングと爪やすりを持ってきた。そうして、そっと手を取ると丁寧に丁寧にその爪を手入れし、テーピングをした。
「君の手、好きだな」何の気なしに言った言葉だろうに自分はみっともなく赤面してしまった。
それを見た赤司は柔らかく笑うと、すっと手先に唇を落とした。
それは、二人だけの秘密だった。
二人で過ごしているうちに秋になり冬になり、また春になって新主将に赤司が選ばれた。当然のことだと納得しているうちに、赤司直々のお達しで副主将を任されることになって、彼の手助けをできるようになったことをうれしく思ったのだった。
後から入ってきた黄瀬は「二人は幼馴染とかなんだと思ってたっス」とびっくり顔で言っていた。
自分自身でも、本当にまだったった二年の付き合いだというのに驚いてしまうくらいに赤司といることは日常に溶け込んでいた。
緑間の家にもたびたび遊びに来た赤司は母も気に入っていたようで、「赤司君、真ちゃんと、仲よくね」とことあるごとに声をかける。少し、目を伏せた赤司がなぜか目に焼き付いた。

ある日、唐突に祖父に呼び出される。
何も変わったことはしていないはずなのに、何故だと思う間に頬を張られて、追い打ちのように怒鳴られた。
「あの家…赤司の家のものと仲よくするなどとは何事だ!バスケを始めたと聞いて奴に勝てるようになればと期待を込めたのが間違いだった…もう二度と奴とは口を利くな!」

あかし。大切な、彼の名前。昔に一度聞いたときはよくある名の一つとして変換して聞いた名前。今は違う。
赤司。彼が、ずっと幼いころから忌み嫌うことを義務付けられた子供だったのだ。
緑間がバスケを許されたのは。彼が、それを始めたから。今までも。ずっとそうだった。
「いやだ…」
目を伏せた赤司。
あかしというよくある読みの名ではなく、緑間などという苗字はそうそうない。彼は知っていた。そうして、いつかこういう日が来るのだとわかっていたのだ。何度も念入りに尋ねた母もきっと。
「いやだ!!」
涙が堰を切ってあふれてきた。ぼろぼろと零れていく。
離れたくない。もっと、そばにいたい。


緑間は祖父の命令を始めて無視した。今までと同じように、赤司と過ごす。その中に祈りがこもる。
ずっと。ずっと。
隣にいた赤司が手を伸ばしてくる。ふわりと、彼の気配が、匂いが緑間を包む。彼の肩に頭を預けてなされるままに。
「真太郎。星を、見に行こう」
二人きりで。

流星群が来るのだという日に、夜の学校に忍び込んだ。忍び込むという言葉は間違っているのかもしれない。赤司が宿直の先生をどういうことで味方につけたのかはわからないが、なぜか勉学の一環として入り込むことができた。
夜の屋上。
星の近く。
空は満点の星空で、月がない分光の輝きを増したようだった。ほろり。星が落ちる。
「願い事を、三回唱えれば叶うらしいな」
知っている。さっきからずっと、「赤司、赤司、赤司」とばかみたいに唱えている。それなのに赤司のあを言い切る前に流星は姿を消して、決してかなうことはないのだと現実を思い知らされているようで悲しかった。
凍るような寒さの中で、彼の手が緑間の手を触れてテーピングのないその手にぬくもりをおとす。指ををからめてそのまま。
同じ思いが、赤司にもあるのがわかる。
体を重ねているわけではない。それでも、ロミオとジュリエットが悲劇の前に初夜迎えたように、二人の心が重なって、今情を交し合っているのだと思った。
赤司赤司赤司。もう一度。
「綺麗だな」
「ああ」
きらりと星が流れていった。

三年に進級してから、祖父の監視が日に日に濃くなっているのを感じていた。それでも、あの一夜が自分の中に深く根を下ろして、きっとこの先もこの思いを抱えて生きていくのだろうと思った。
そう思っていた。

一まで一度も休んだことがなかった赤司が、朝練になっても現れない。10分、20分経ったところでみんなが焦り始め、そうこうしているうちに彼が姿を現した。
顔に誰かから殴られたような青あざと腫れがあり、目にした黄瀬が小さく悲鳴を上げた。
いつもパリッと糊のきいた制服を着ている彼には珍しくよれがある。膝には土がついているようだった。

「真太郎!君のおじい様のところに行ってきた。君のそばにいることを、認めてもらってきたんだ」
「あの人は、そんな簡単に許すような人じゃない!!いったい何を…」
汚れている赤司。
「君のそばにいるためなら、土下座したって殴られたって構わない」
彼が笑う。
「認めて、もらったんだ…だから」
そう言って、今度こそひたりと瞳を覗き込み、美しいよくとおる緑間の好きな彼の声が。

「真太郎。僕と結婚してくれ!」

青峰の呆れた顔、黄瀬の叫び声、黒子の溜息。紫原は笑っている。
そんな中で、緑間はぼたぼたと涙をこぼしてしまって。それが何よりも雄弁な答えになってしまった。
ロミオとジュリエットにはならない。二人は幸せに結ばれるのだから。



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ありがとうございました。素敵な企画に参加できたことに本当に感謝しております。
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