その日は、いつもと変わらない寒い朝だった。
早めにセットしてある目覚ましを止め、学校へ行く支度をする。
朝ご飯を準備している母親とリビングで新聞を読む父親に、挨拶をして。
それから顔を洗い、歯を磨いて、リビングへ戻り席についた。
丁度出来あがった朝ご飯が並べられ、各々手を合わせて“いただきます”と挨拶をする。

『さて、今日の占いコーナー!1位は射手座のアナタ!』

程なくして、彼が重宝している朝の占いコーナーが始まった。
毎朝こうして同じ番組の占いを見ているので、緑間家では朝はこのチャンネルと決まっている。
残念ながら今日の一位は、蟹座では無かったらしい。
朝食を進める箸が完全に止まっているが、これも毎朝の事である。

『10位は蟹座!!人の手助けは素直に受け取った方がよさそう!ラッキーアイテムは』

そんな陽気なアナウンサーの声と共に、緑間の何時もと変わらない筈の朝が幕を閉じた。
本来ならチェックしたラッキーアイテムを迅速に準備し、登校するのが日常だ。
持っていないものならば、買いに行ったり、癪に障るのだがチームメイトに借りることもある。
しかしこればっかりは、どう準備しろというのか。
もう一度テレビを見てみたが、残念ながら見間違いなどではないらしい。

「・・・・・・運命の、赤い糸?」

この時他のキセキ世代の面々がどうしていたかを、彼はもちろん知らない。
黄瀬がご飯を盛大に噴き出して咳き込んだこと。
寝惚けて起きない青峰を桃井が起こしに来ていたこと。
テレビを見ていた黒子が「今日は楽しい一日になりそうですね」と呟いたこと。
紫原が食後のヨーグルトを食べながら、緑間の一日を心配してくれていたこと。
そして、静かにテレビの電源を切った赤司のこと。


運命の赤い糸


朝練の前、何時もより遅く登校してきた緑間は見るからに不機嫌である。
もちろん普段からニコニコと愛想笑いをしているわけでもないのだが、今日は特別に機嫌が悪い。
やはりラッキーアイテムが手に入らなかったのだろう、と登校して真っ先に睨まれた黄瀬は肩を竦めた。
緑間とそう親しくない面々に至っては、話しかけるのすら憚られている。
理由は分かっているが、黄瀬は敢えて尋ねてやることにした。

「おはよー、緑間っち!朝の占い、見たっスよ?」
「フン・・・・・・ならば分かっているだろう。安易に俺に近づかない方が良いのだよ」

やはり予想通り、ラッキーアイテムは持参していないようだ。
そもそも、持参出来るようなものでもない。
運命の赤い糸なんて非科学的な物、と考えていた黄瀬の後ろから突然声がした。

「やっぱり用意出来なかったんですね、運命の赤い糸」
「うわっ!!く・・・・黒子っち!いつからそこに!?」
「最初からです。緑間君、結局何も持ってきていないんですか?」
「いや・・・・赤い糸なら一応持って来たのだが、やはり無駄なようだ」

朝から水たまりの水をぶっかけられたり、練習中の野球部のボールが目の前を掠ったりしたらしい。
10位だというのに既にこの不運っぷりはどうなのだろう、と黄瀬は思わず苦笑する。
赤い糸を何種類か持参していた緑間だったが、どれもただの赤い糸であり、運命の赤い糸ではない。
当然と言えば当然なのだが、淡い期待を掻き消された彼は大きな溜息を吐いた。

「まぁ、運命の赤い糸なんて、どうしようもないですよね」
「いや、運命は必ずあるものだ。赤い糸も見えないだけで、必ず存在しているのだよ」

そう断言した緑間に、だったらここまで不運にならないだろう、と呆れた黒子。
確かにもし彼の指に赤い糸が存在するなら、こんなアンラッキーは怒らない筈だ。
なんて、別に黒子は占いをそこまで信じているわけでもないのだが。

「・・・・現実主義に見えて意外とロマンチストですよね、緑間君は」
「フン、お前にもいずれ分かるときが来るのだよ。そういう相手に出会うことが出来ればな」
「へーぇ、じゃあ緑間っちは既に運命の相手に出会ったってことっスか?」
「そ・・・・・そういうわけではないが・・・・・・」

黄瀬の言葉に、緑間は気不味そうに言葉を濁す。
しかし次の瞬間、更衣室のドアが開いて会話を遮られた。
何時もと少し違う3人の様子をしかし気にする風でもなく、登校して来た赤司は自分のロッカーへと向かう。
先程校門の所で偶然会ったらしく後ろを付いて来ていた紫原は、朝から菓子を咥えている。

「お前達、準備が出来ているなら朝から無駄話ばかりしていないで、さっさと表へ出たらどうだ?」

そう言われて、黒子は「はい」と小さく返事をする。
黄瀬は自分よりも遅く来たくせに、と文句を言いたいのを何とか堪えた。
そそくさと出て行く3人の背を、赤司は黙って見送る。

「・・・・やはり、用意するのは無理だったようだな」

ぽつり、呟いた言葉に彼の隣で紫原は小さく首を傾げた。
更衣室を出た緑間は、慌てて登校して来た別のレギュラーに激突されるという不運に早速見舞われていた。
その安定の運の悪さに、黄瀬と黒子は少し呆れたように顔を見合わせる。
尻もちをついた緑間に手を差し出すと、黄瀬は苦笑しながら告げた。

「まぁ、見えないもんはしょうがないっスよ」

そんな彼の心遣いに顔を顰めると、その手を取ってそっぽを向いてしまった。



朝練を終えて教室に入ると、既に殆どの生徒が登校してきていた。
教室は騒がしく、男子に至っては何が楽しいのか辞書に落書きやらをしてはしゃいでいる。
緑間は一番後ろの自分の席に着くと、鞄から教科書やノートを出し机に仕舞う。
それから少し遅れて、練習にも遅刻してきた青峰が教室へ入って来た。

「まったく、今日も朝練に遅刻するとは大層な身分だな」
「うっせーなぁ、こっちはもう赤司にも説教されて疲れてんだよ」
「フン、だったらもう少し早く起きる努力をしたらどうだ?」
「だったらお前が起こしに来いや」
「・・・・・・・なるほど」
「いや、冗談だから。来んなよ?」
「べ、別にそんなことしようとは思っていないのだよ!」

全力で否定しながら、がた、と立ちあがった緑間。
そのタイミングで、教室がざわつく。
先程、辞書で遊んでいた男子達と周りの女子の悲鳴だった。
ふと見れば、辞書が宙を舞っているではないか。

「おい、危ねぇっ!!」

普段なら避けられたかもしれないが、頭に血が上っているなら別である。
茫然と突っ立っていた緑間に目がけて飛んで来た分厚い辞書。
当たる、と肩を竦めた男子に、堅く目を閉じた女子。

「ったく・・・・・、遊んでんじゃねぇよ」

しかしそれを咄嗟にキャッチしたのは、青峰だった。
青峰は面倒そうにそれを持ち主へ投げ返すと、再び席に着く。
男子生徒は悪い、と緑間と青峰に簡単な謝罪をして逃げるように自分の席へと帰った。
緑間は眉間に皺を寄せたまま席に着き、大きな溜息を吐く。

「で?今日は何も持ってねぇのかよ?」
「フン・・・、よく分かったな」
「いや、普通に考えて辞書が飛んでくるとあんまかねーし」
「・・・・・運命の赤い糸、なのだよ」

手に入らなかったラッキーアイテムを教えた途端、青峰は腹を抱えて笑いだした。
そんな彼を見て、緑間は憤る。
先程助けて貰った礼を言わなければ、という気持ちは何処かへ消えてしまった。

「プッ・・・まぁ、そりゃ諦めるしかねーよな」
「・・・・・・ぐぬぬ」

悔しそうに呻いた緑間に、不意に後ろから圧し掛かる体重。
こうして自分に子供のように接してくる人間など、一人しか思い当たらない。
ついでに言えばつむじのあたりに顎を乗せられ、痛いのだが。
緑間はぐき、と悲鳴を上げた腰を擦りながらその正体の名前を呼んだ。

「紫原・・・・・・」
「ミドチン、大丈夫ー?今日はラッキーアイテム持ってないんでしょ?」

既にこの現状がアンラッキーだろ、と青峰はツッコミたい気持ちをぐっと堪える。
どうせ言った所で文句を言われるに違いない。
この前も緑間に甘える紫原を注意したところ、『峰ちんには関係ねーし』だの『羨ましいの?』だのと言われたのだ。
ただでさえ黒子にも、『青峰君と緑間君って、まるで反抗期の息子と母親ですよね』と言われたばかりだ。
ちなみに紫原は甘え上手の可愛い息子らしい。

「あぁ・・・・・、運命の赤い糸は、見えない物だからな」
「うーん、俺も色々と考えたんだけど・・・もし見えないなら、作ればいいんじゃね?」

何とも単純な、彼らしい答えだった。
緑間は持参していた様々な種類の赤い糸を見て、顔を顰める。

「しかし・・・・どうやって、」
「流石にそれは無理だろ・・・・・」
「えー?結構いい考えだと思ったんだけどー」
「いや、実に正しい意見だ、紫原」

突然の声に、一同だけでなくクラスメイトたちもちらちらと教室のドアの方を見る。
そこに立っているのは、赤司だった。
彼は我が物顔で(紫原もだが)教室へ踏み入ってくると、緑間の席の隣に座る。

「見えないのなら、見えるものを作ればいい」

そう言って、緑間の机の上に並べられたうちの、細い糸を1本手にとる。
続いて彼の左手をとり、そのテーピングの上から赤い糸を結んだ。
3名はぽかん、とそれを見ている。
赤司はそのまま少し悩んだように動きを止めて、続いて青峰の手を取ろうとする。

「ちょっと待てや・・・・」

それを寸前で交わして、青峰は顔を引き攣らせた。

「何だ?」
「何で今俺の手を取ろうとしたんだよ?」
「決まっているだろう、運命の赤い糸なんだから、相手が必要だ」
「・・・・・いや、どう見ても違うだろーが!」
「もちろん不本意だが、俺や紫原は緑間とクラスが違うからな。しょうがないだろう」
「全然しょうがなくねーよ!」
「煩い」

ぴしゃり、と言い切ると青峰の左手の小指に強引に糸を結びつけた。
すぐさま解こうとするが、それを制したのは意外にも緑間だった。

「青峰!・・・・・少しの間でいいから、試してみるのだよ」
「げっ・・・・・・、何言ってやがる!?」
「青峰?僕の言う事が聞けないのかい?」
「・・・・・・・・・・チッ、あーあ。めんどくせぇ」
「おぉー、流石は赤ちん」
「礼を言うぞ。赤司、紫原」

小指を嬉しそうに見つめる緑間に、赤司は小さく笑った。
そうしている間に朝のSHRを告げるチャイムがなり、赤司と紫原は教室を出る。
一番後ろの端の席で良かった、と青峰は盛大な溜息を吐いた。
クラスメイトの女子が必死に顔がニヤけるのを堪えていた事を、当の本人達は知らない。



「全っ然、駄目なのだよ・・・・・」

6限目を終えた緑間は、既にこの世の終わり、とでも言わんばかりの不幸オーラを背負っている。
ちなみに途中で様子を見に来た赤司により、体育の時間は合同クラスだった黒子と小指を結ばれたりもした。
もちろん結果は、糸に引っ張られたり絡まったり、挙句の果てに黒子が突然立ち止った末に地面に突っ伏したりと最悪だった。
昼休みは紫原と結んでみたのだが、緑間だけが思い切り花瓶の水を被ったりしたのである。

「青峰君も駄目で、僕も、それから紫原君も駄目とは・・・・黄瀬君と赤司君でも試してみますか?」
「・・・・・やはりきちんと運命の相手との糸でなければ効果はないのだろう」
「ごめんねーミドチン、俺が運命の相手になってあげられなくて・・・・」
「もう諦めた方がいいっスよ。後は練習だけだし、大丈夫っスよ・・・・・多分」
「何を言っている、次は黄瀬の番だぞ?」
「げげっ・・・・・」

着替えながら雑談をしていたところ、赤司が着替え終わった黄瀬の小指に赤い糸を結ぶ。
練習中に糸などに結ばれれば、間違いなく絡んで酷い目にあうに違いない。
黄瀬は顔を引き攣らせたが、緑間は真剣な面持ちである。

「・・・・・絶っ対、違うと思うんスけどね」
「べ、別に俺だってお前が運命の相手だなんて思っていないのだよ」
「そもそも男としか試していないあたりで間違いに気付いてください」
「いいからさっさとストレッチとランニングして来い」

黄瀬はへーい、と間延びした返事をして緑間を引っ張って行く。
さっそく糸の存在を忘れた彼の所為で緑間がドアにぶつかったので、青峰は噴き出していた。
その後はもちろん、皆の予想通りだった。
お互いに全く息を合わせることなく、足を引っ張りながら練習を終えた。
体力も精神力も、何時もよりかなり消耗するという結果のもと。



練習を終えて更衣室で小指の糸から解放された黄瀬は、両手を上に上げる。
ある意味で特殊な練習になったが、試合でこの経験が役に立つかは微妙だ。
とりあえず言えるのは、黄瀬は緑間の運命の相手ではなかったということだろう。
まぁそれは、おは朝の占いを信じるならば、という所だが。

「全く、酷い目にあったのだよ・・・・・」
「それはこっちのセリフっス!」
「すみませんでした、まさかあんな事になるとは・・・・」
「テツが謝ることじゃねぇだろ」
「そうっス!黒子っちは悪くないっスよ!」
「いや、つーかほぼテメェの所為だろうが黄瀬!」

練習中に黒子が出したパスを緑間が受け取ろうとした時、黄瀬が動いたため引っ張られて顔面でキャッチしたのだ。
眼鏡は吹っ飛ばされてしまったが、どうやら軽傷だったらしい。
多少フレームが歪んでしまったので、それは赤司によって黄瀬が弁償することとなった。

「真太郎、今日は残らないんだろう?」
「・・・・・・当然だ」
「なら、送って行くよ」
「べ、別に一人で帰れるのだよ」

困ったような顔をした緑間の小指から伸びた糸の先を手にとる。
赤司は器用にそれを自分の左手の小指に結んだ。

「でも、俺が未だだろう?それにお前に何かあったら困るんだ」
「そ、そうなのか?」
「あぁ。だから少しは、守らせてくれ」
「・・・・・分かったのだよ」
「じゃあお前ら、戸閉まり頼んだぞ」

緑間の背中を押すと、赤司は早々に更衣室を後にした。
残された面々はそれぞれ微妙な表情だ。
何時もは赤司について帰る紫原も、今日ばかりはついて行かないらしい。

「・・・・・ああいうくせぇセリフ、よく言えるよな」
「まぁ、赤司君ですから」
「赤ちんかっけー」
「そうっスかぁ?つーか緑間っち、鈍すぎ」

二人が出て行ったドアを見つめ、面々はやれやれと溜息を吐いた。


運命の赤い糸


「今日はその・・・・付き合わせてしまって・・・・・・・悪かったと思っているのだよ」

住宅街を二人で歩きながら、ふと緑間が呟いた。
日が落ちるのは早く、二人を結ぶ細く赤い糸は暗がりに目立たない。
同時にその暗がりの中、緑間の耳が赤いことに気が付く。

「言っただろ?お前に何かあったら、困るんだ」

小さく笑いながら夜空を見上げて、赤司は息を吐いた。
白い息は、そのまま暗闇に消える。
未だ7時前だというのに、視界には既に星空が広がっていた。
それから程なくして、緑間の家に辿り着く。

「・・・・・・赤司、お前は運命の赤い糸を信じるか?」

玄関の前で赤い糸を解く赤司に、緑間が不意に問いかけた。

「そうだな・・・、あるかもしれないな」

糸を解いた彼の指がそのまま緑間の腕を掴んで、引き寄せた。
膝の力が抜けて、必然的に視線が同じ高さになる。

「あかし、」

その頬にキスを落として、ようやく腕を解放する。
緑間はといえば、唖然としたまま尻もちをついてしまった。
彼は赤司を見上げたまま、目を瞬かせる。

「だって、この帰り道は、何も起きなかっただろう?」

そう言って、不敵に笑う。
そして彼の指から伸びた、“運命の赤い糸”に唇を落とした。



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赤緑Webアンソロおめでとうございます!そしてありがとうございます!!
皆さんの素敵な作品楽しみにしてます。赤緑ちゃんもっと増えろ!
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