四月は残酷きわまる月だ。
イギリスの詩人はそう言っているが、赤司はそれには同意できない。とくに今年の四月は。
さらに考えてみれば、彼とはじめて出会ったのも六年前のちょうど四月なのだから、赤司にとっては残酷どころか感謝すべき月だ。
彼――緑間にとっても少なからずそうであればいいと、赤司は思う。
出会いと約束の春。

引越し後はじめての日曜、赤司と緑間が借りた南向きの部屋はようやくどうにか片付きつつあり、窓からは明るい光が降りそそいでいる。
部屋探しにあたっての最優先事項は互いの大学からの距離と壁の厚さだったが、日当たりはいいに越したことはない。通りを一本入った静かなところにある築浅の賃貸マンションはたまたま緑間が不動産屋のホームページで目をとめた部屋だったが、さすがおは朝占いで最高の運勢の日に見つけただけあって破格の物件だった。家賃も折半なら申し分ない。
赤司の私物の整理はあらかた終わったが、緑間にはまだ最後に残った大きなダンボール箱が二つある。その中に詰め込まれた膨大な数のラッキーアイテムを黙々と整理する背中をソファに座って眺めながら、赤司は昔のことを思い出している。

六年前、十二の春に、帝光中学校に入学して、バスケ部で緑間と出会った。
もうずっと遠い昔のことのようにも思えるが、その場面ははっきりと思い出せる。
美しいシュートフォーム、確信に満ちたボールの軌跡。まだ未完成の、しかし明らかに天性の。
「君はすごいシューターになれる」
まっすぐな背中に向かってそう告げると、緑間は振り向いた。そして心底怪訝そうな顔で赤司を見て返した。
「言われなくてもそのつもりなのだよ」
その瞬間から、すべてが始まったのだった。
いろいろなことがあったが、三年間は瞬く間に過ぎた。そして別々の進路を選んで中学を卒業する日に、赤司は緑間に好きだと言った。はじめて会ったときからずっと好きだった。丸三年様子を見たがどうも諦められそうにない。悪いがこうなったらお前が諦めてくれ。責任はとる。
唐突な告白に緑間はしばらく絶句した後、深く溜息をついて答えた。
本当に仕方のないヤツなのだよと。
赤司のことをそんなふうに言うのは昔も今も緑間だけだ。

そうして付き合うことになった高校時代は、なんだか意外ですねと影の薄い元チームメイトが評するようなごくごく普通の遠距離恋愛だった。忙しい練習と学校生活の合間を縫っての他愛ない電話やメール。ただ、誕生日には古風にも手紙が届く。自分も相手も普通よりは淡白な方だと赤司は考えていたが、盆暮れ正月の帰省と大きな大会で顔を合わせるのはやはりひどく待ち遠しかった。
年に一度とまではいかないまでも、緑間の誕生日である七夕にまつわる伝説のようだと思わないかと、赤司はあるとき電話で冗談半分に言ったことがある。取り合われないだろうという予想を裏切って、緑間はしばらく沈黙してから、そうだな、とぽつりと言った。
それからしばらく経ったなんでもない日に、緑間は京都まで来た。
「真太郎……? 本物か?」
さすがの赤司も驚いて、寮の部屋のドアを開けて思わず開口一番に聞いた。
「……本物じゃなければ一体なんだというのだよ」
「僕としたことがお前恋しさについに幻覚まで見るようになったかと……あ、さわれる」
緑間の左手をとって赤司が呟くと、緑間は眉間に皺を寄せた。
「なんで京都にいるんだ?」
「……それは……」
「?」
「…………か、観光……なのだよ。ちょうど合宿の場所が関西で、終わったところだし、明日からは連休だし……」
途端にしどろもどろになった緑間に赤司は一瞬だけ虚を衝かれた顔をして、それから笑いを堪えて俯いた。緑間の手を握ったまま。唇が笑みをかたどるのは止められない。
「そうか。じゃあ僕が案内しよう。どこに行きたいんだ?」
「……いや、」
「どうして? 他に何か用事でも?」
「そんなものはない、が……」
「真太郎」
限界はいつもよりずっと早い。赤司は顔を上げ、緑間を部屋の中に引き入れる。ドアを閉めながらそのまま一気に距離を詰めた。鮮やかな手際。見上げてくる左右色違いの目の雄弁さに緑間は思わず見惚れる。赤司は滅多に見せない年相応の顔で笑って言った。
「会えて嬉しいよ」
緑間は観念したように唸った。
「……そうか」
「お前は?」
「分かってるんだろう」
もはや恨めしげな調子で答えるが、赤司の機嫌は上昇するばかりだ。
「分かってるさ。でも聞きたいんだよ」
「……会いたかった」
「大変よくできました」

そのときに、赤司は緑間にひとつの提案をした。
「大学は東京に戻るつもりだ。そうしたら一緒に住まないか」
緑間は目を瞠った。虹彩は宝石のような緑。この世でいちばん美しいと赤司が思う色。
緑間は「考えておくのだよ」と答えた。
だがそれが保留というより承認の返事だということは、表情を見れば赤司でなくとも分かったはずだ。今すぐ抱きしめたい衝動に駆られるがここは耐えて緑間の面子を立てる。
「ああ、そうしてくれ」
「……笑うな」

そういうわけで、この春から、二人は一緒に暮らすことになったのだった。
日の当たる部屋で、赤司は笑みを深めた。今日の緑間のラッキーアイテムであるところの詩集のページを、指先でそっと撫でる。
そこで声がかかった。
「一体何を笑っているのだよ、さっきから」
いつのまにか緑間が呆れたように赤司を見ていた。
「……いや、別に。ちょっと昔のことを思い出してただけだ。もう片付け終わったのかい?」
「まだだ。でももう昼だろう。残りは午後にするのだよ」
腕時計を見るととっくに正午を過ぎている。そうだな、と言って赤司はソファから立ち上がり軽く伸びをした。
ひそかに少しだけ気にしていた身長も、高校の三年間でかなり伸びた。それでも緑間には届かないが、赤司は意外にも満足している。隣に並んだときにそれなりに様になるくらい、自分からキスをするのにさほど苦労しないくらいあれば、あとは誤差の範囲と言ってもいい。いや、言い切れる。もとから、赤司にとって身長などハンデになるはずもないことで、心情的な理由だけだ。
「ああそういえば、すっかり言い忘れてたけど、料理は基本僕がやるからいいよ。まあまだ冷蔵庫に何もないから、昼食はまた外で食べて、帰りに買い物してこよう」
「……料理ができたのか?」
赤司は笑った。
「知ってるだろう? 僕にできないことはあまりない」
「あまり……」
「これでも昔に比べたら謙虚になったのだよ、とか思ってるだろうお前今」
見透かした口調で言って、赤司は人の悪い顔で笑った。緑間は溜息をつく。
「思ったが撤回する。大して変わってないのだよ」
「僕にもできないことはあると認めてるよ、今はね」
「……たとえば」
「たとえば?」
聞き返されて赤司は一瞬、考えるそぶりを見せたが、緑間と再び目が合うと何かを思いついたように笑った。
「そうだな……たとえば、我慢とか」
そして言うが早いが緑間を引き寄せて口づける。
「なっ……」
不意打ちとはいえ触れるだけのキスに律儀に赤面する緑間を、かわいいなあと呑気に思いながら、至近距離から眺める。
こんなキスなんかもう驚くようなもんじゃないだろう。殴られそうなので言葉にはしない。
きっと緑間はずっとこうなんだろう。そう思うと愛おしさがこみ上げて溢れて、目には見えないが部屋に満ちるようだ。美しい音楽のように、光のように。
「真太郎。お前のことを愛している。出会った日から、きっと死ぬまで」
「何をいきなり、お前は、本当に……」
緑間は呆れと喜びと、そしてやはり愛おしさが綯い交ぜになった表情で呟く。それは中学の卒業式の日に帰り道で告白したときと同じ顔だった。しかし、今日はなんと続きがある。逡巡の後で思い切ったように緑間は言葉を繋げる。
「……だが、オレも同じ気持ちなのだよ。その……お前は分かっているだろうから、いつもはあまり言わないが……。これからよろしく頼むのだよ」
眼鏡のブリッジに手をやって俯き、どんどん小さくなる声で緑間は言う。赤司はやわらかく目を細めた。これがいわゆる幸福の絶頂というやつだろうな、と思いながら。
「もちろん分かってるよ。こちらこそよろしく」

このままずっと二人でいると、赤司はとっくに決めている。
ともに年老いて、その頃には一戸建ての縁側で、日がな一日将棋を指すのも悪くないだろう。
心臓が止まるその瞬間までお前が好きだ。大丈夫。今、季節は春。出会いと約束、それに希望の春だ。



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赤緑webアンソロジー公開おめでとうございます!!
遅刻してしまい大変大変申し訳ありません……!
赤緑アンソロでものすごく幸せなのでとにかくものすごく幸せそうな赤緑を書こうと思ったのですが、なんだかだいぶ季節はずれな話になってしまい、しかし赤緑の春はまだまだこれからだ!永遠だ!ということでひとつご容赦いただければ幸いです……赤緑ばんざいばんばんざい
主催の恭也さま、このたびは素敵な企画を本当にありがとうございました!
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