赤司征十郎は、悩んでいた。
肩で風を切って颯爽と歩いているように見えても、その様を見て一般生徒が自然と道を開けてしまっていても、間違いなく彼は今、悩んでいた。
理由は簡単。彼の大事な女房役(副部長的な意味で)兼コイビトの、緑間真太郎と喧嘩したのだ。どちらかというと、赤司が一方的に怒らせた、に近いかもしれない。
きっかけは些細なことだった。今度の合宿の部屋割りである。今回の宿は諸事情により各々二人部屋となったのだが、赤司が緑間と一緒の部屋がいいと言い張ったのだ。
『恋人同士が同じ部屋に泊まって何が悪い?』
『悪いに決まっているだろう!? 部の長たるお前が、真っ先に公私混同してどうする!』
『部の長たる僕だから出来ることだ』
『そもそも、こういった場合部長と副部長は別室に泊まるのが伝統なのだよ!』
『僕に逆らう者は、伝統でも殺す』
『もういい!』
そう叫んで緑間が部室を飛び出してから丸一日。赤司と緑間は、一切口をきいていない。一言も。
――目が合えば全力でそらされ、声を掛けようとすれば逃げられ、どうしても話す必要があることは他の部員を通しての伝言ゲーム。
ついさっき、他の部員代表:黒子テツヤに怒られた。
『いい加減にしてください赤司君。君たちの痴話げんかに構ってる暇なんかありません。すねてる緑間君はかわいいですが、伝言ゲームにまで付き合ってられません。どうせ赤司君がなにかゴリ押しして緑間君がキレたんでしょう。さっさと謝って仲直りしてください』
そうはいわれても、と赤司はひとりごちる。
正直な話、赤司はどうやったら緑間にうまく謝罪できるのかが分からない。先ほどから悩んでいるのはそこなのだ。赤司に、反省という二文字はなかった。
だって、恋人同士になってから初めての合宿なのだ。しかも二人部屋。多少浮かれても仕方がないと思う。そりゃあ、例えばセックスをしたいから同じ部屋になりたいと赤司が言っているのなら、緑間が怒るのもわかる。しかしそうではない。そうではないのだ!
――ただ、一緒にいたいだけなのに。
赤司は軽く眉間に皺を寄せる。
少しでも多く、一緒の時間を過ごしたい。ただそれだけなのだ。いや、それは勿論ハグやらキスやらくらいはしたいが。いくら、部活の時間はずっと一緒にいると言ってもそこは二人の時間ではない。部員全員の共有の時間。赤司が欲しいのは、二人だけの時間。そういう思いがあって、一緒の部屋がいいと言ったのに。
なにもあそこまで拒否しなくてもいいじゃないかと、赤司だって拗ねたくなる。実際に拗ねているのだが。そして緑間のあまりの拒否っぷりを思い出し、少し落ち込む。
実は自分はあまり好かれていないんじゃないだろうかという結論までたどり着いた頃、赤司の目の前に見慣れた扉が出現した。無意識のうちに歩いてきていたらしい。そこはいつも、この時間に赤司と緑間が将棋を指している部屋だった。
無意識って恐ろしい。赤司は扉を開けた。いつもの緑が居ないこの部屋が、いかに空虚か見てやるために、といったらあまりにも自虐的になるのだろうか。
しかし赤司の想像に反して、その部屋はまったく空虚などではなかった。
彼の緑はいた。いつもの窓際、将棋盤を目の前に置いて、一人将棋など指している。赤司が部屋に入ってきたことに気付くと、少し気まずげに視線を彷徨わせた。
「緑間……」
赤司は固まって動けない。
「あー、その、なんだ」
緑間がもごもごと口を開いた。
「すまなかった、のだよ。さすがに怒り過ぎた」
赤司は固まるしかなかった。あの緑間が、謝った? 自分から?
「あそこまで怒る必要はなかったと、後から反省した。いやだからと言って同じ部屋になるのを認めたわけではないのだが……。とにかく、すまなかった」
今度ははっきりとした口調でそう告げてくる緑間に、赤司は近づき、それから思いっきり抱きしめた。
「な、あ、赤司!?」
「こっちこそごめん、緑間。僕のわがままでした。ごめんなさい」
自然と出てきたのは素直な謝罪の言葉。素直すぎて、腕の中の緑間が驚いてるのが分かった。
離れてわかる、大切さ。こんなありきたりな言葉が身に染みる日が来るとは。
因みにこの場に、離れてってたかが一日のことじゃないかと突っ込むものはいない。そんなものは馬にけられて死んでしまえ、だ。
「謝るから、口をきいてください。お願いします」
「今きいているのだよ……」
呆れたような緑間の声でさえ愛おしい。惚れた方が負けというのなら、きっと自分は負け続けているのだろう。それでもいい。この素直で純粋な緑間が好きだ。
赤司はぎゅうと緑間の頭をしっかりと掻き抱く。
「だから、その、なんだ」
緑間が、またもごもごと口を動かし始めた。
「ずっと同じ部屋は嫌だが……、夜になったら、同室の奴に頼んで一時的に部屋替えしてもらうのだよ。それでどうだ?」
ああもう!
「あかし、くるしいのだよ!」
「お前がかわいいのが悪い!」
「訳が分からないのだよ!」
赤司は緑間の頭をぎゅうぎゅうと締め付ける。この腕の中の恋人が、いとおしくてたまらない。どうしてこんなにかわいいのか。
もう拗ねていたこととかどうでもいい。今はとにかく離れていた分だけこのかわいい恋人を甘やかしたい。
そして彼らは、部活の時間になってもやってこない二人を心配したキセキの面々が迎えに来るまでひたすらいちゃいちゃしていましたとさ!
ああ、僕の恋人は世界一かわいい!
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お目汚し失礼しました! はじめまして、ほづみと申します。
今回は、なるべく普通の男子中学生な赤司君を目指しました。格好いい赤司君はいません。赤司様もいません。赤司君です。赤緑の魅力は、母さん(緑間)の尻に敷かれる父さん(赤司)の図だと思ってます。え、なんか違う?
そんなこんなで、世間からかなりずれた見解を持った自分が書いたものなので、相当ずれた話になっている気がしますが、少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
ではでは、またどこかでお会いしましょう。最後になりましたが、主催の皆様、本当にお疲れ様です。素敵企画をありがとうございました!