「86対70で洛山高校の勝ち。礼!」
審判のコールで、洛山vs秀徳の試合が終了した。

整列していた選手達が、それぞれのベンチに戻っていく中。
緑間は真っ直ぐ赤司の元へ向かうと、右手を差し出して握手を求めた。
「負けなのだよ。だが次は必ず秀徳が勝つ!」
赤司はその手を一瞥すると「その握手を受け取る事はできない」と呟いた。
「勝利を欲するなら、もっと非情になれ」
「赤司…」
「真太郎。僕は、お前達の敵であることを望む」
試合が終わっても、かつての仲間とストイックに距離を置く。
それが、赤司の非情なまでの覚悟だった。

「そうか。変らないな、赤司…あの時から」
拒否された右手を、緑間は力無く下げた。


  □  □  □

「また、負けたのだよ!」
盤面を睨みつけながら、緑間は悔しそうに投了を告げた。
切り札に残しておいた手駒の角行は、結局使えないまま手元に残ってしまった。
本気で悔しがる緑間の様子に、赤司はフフッと口元を緩めた。
「最後まで、真太郎は本気で僕に勝とうとしていたね」
「当たり前なのだよ!」

バスケだけでなく、将棋や勉強といったあらゆるもので、中学三年間勝負を挑んできた。
敗北を知らないと言うこの男に、いつか必ずオレが負けを教えてやる!
それは、赤司征十郎という絶対王者に出会った時から緑間真太郎の中に芽生えた感情だった。

「ちょっと待て。最後とは、どういう事なのだよ?」
いつもの教室で、いつものように将棋を指す。
帝光バスケ部を引退してからも、それは毎日続いた勝負だった。
卒業式までは、まだ何週間かあるというのに。

「ああ。高校入学の準備が色々あるから、登校するのは今日が最後なんだ。卒業式には出席するけれどね」
学校側の許可は得ているよと、驚く緑間にサラリと説明した。
「そんな急に。何故、何も言わなかったのだよ」
別々の高校に進学する事は、お互いの推薦入学が決まった時から分かっていた。
けれど、卒業までは一緒にいられると思っていたのに。
「向こう(洛山)の様子も早く確認したいし、引越しの準備もあるからね。準備は早いに越した事はないだろう?」
「それは、そうかもしれないが…」

緑間には告げていないが、赤司は洛山への推薦入学が決まった段階で、高校入学と同時にバスケ部の主将になる事が決まっていた。
チームを動かす上で、メンバーやチームの状態を早く把握したいと考えての事だった。

「将棋でもバスケでも同じだ。相手に悟らせず、未来を見すえて打ってこその布石だ」
緑間から奪った王将を握って椅子から立ち上がると、駒を唇に近づけて赤司が悠然と微笑んだ。

「三年間、楽しかったよ。お前は、僕にとって最高の仲間だった」
友人としてだけでなく、副主将としても赤司を支えてくれた。
相棒と呼ぶに相応しい存在だった。

「だから、お前とは距離を置くよ。次の三年間、最高の敵となる為に…」
「赤司?」

「さよならだ、真太郎」



  □  □  □

ロッカールームへ向かう途中、秀徳メンバーは廊下を歩きながら全員が悔し涙を浮かべていた。
いつもは自分を茶化す高尾でさえも、ボロボロに涙を流している。

「悔しいな。やはり、負けるというのは」
練習も努力を怠らず、試合も全力で挑んだ。
全てのメンバーが、人事は尽くした。
けれど、赤司率いる王者洛山という壁はあまりに高すぎたのだ。


「ちょっと、クールダウンしてくるのだよ」
「了解。それじゃ、先行ってるわ」
一人になりたいという緑間の気持ちを察したのか、高尾はついて来なかった。

廊下を右折し、緑間はロッカールームと反対側に歩いていった。
次の試合が始まったからか、男子トイレには誰も居ない。
涙で腫れた顔を冷やすように、ジャブジャブと冷たい水で顔を洗った。


負けた悔しさの中、どこかでやりきった気持ちもあった。
赤司との久々の戦いが、ウィンターカップという大舞台での全力勝負。
素直に凄いと感じて、リベンジを告げる意味も込めて差し出した右手だった。
けれど、握手を拒む冷徹な視線と赤司の言葉に、心が凍りついた。
悔しいという以外の感情が、ジワジワと緑間の心を締め付けて涙腺を緩めさせた。

「非情になれ…か」 

試合が終わっても、昔のように笑う事も触れ合う事すら許されないなんて。
それが、切なくて悲しく感じるくらいに、緑間にとって赤司は特別な存在だった。
非情になるには、情が深すぎた。
好きだと告げる事もできず、終わった恋だったけれど。

赤司と自分が望んだのは、バスケというフィールドで、敵として頂点を目指して戦う事だったから。


「まだまだ、甘い。という事か…」
赤司の言う通りかもしれない。

緑間がジャージのポケットからハンドタオルを出すと、ズボンのポケットから小さな物体がポロリと落ちた。
「むっ」
濡れた顔を拭いながら、反対側の手で床に落ちたラッキーアイテムを拾う。
赤司と最後に将棋をした際、手元に残った将棋の角行。
握手を拒否された右手で、その駒をギュッと握り締めた。

正面の鏡に映るボロボロな己の姿に自嘲していると、その中に信じられないものを見つけて緑間は目を見開いた。

「赤司!」

いつの間に居たというのか、気配を全く感じなかった。
驚いて振り返ろうとする緑間の身体を背後から押さえつけて、無言でこのままでいろと強いプレッシャーをかけられた。
ヘビに睨まれたカエルの如く、そのまま動きを封じられてしまう。


「随分と、バスケスタイルが変わったね」
個々の力よりも、協力型のチームプレイを優先するなんて。
「彼とのシュートは面白かった」
 高尾との協力プレイを言っているのだろうか。

「想定は超えていたが、想像は超えていなかった。けれど、あんな仲間ができているなんて想定外だ」
溜め息をついて、赤司が口元を歪めた。
「まだ一年目だというのに、こんなに早く我慢が切れるなんて思わなかったよ」
「赤司?」
両肩を押さえつけられ洗面台に手をつくような姿勢を取らされて、緑間は戸惑っていた。 
「高尾くん、だっけ。彼は、いい相棒のようだね」
「何を言って…」


緑間の特別な相棒が、自分でない事が面白くないなんて。
敵なのに、矛盾している感情。
こんな気持ちを教えるつもりはないが、忠告だけはしておこう。

その為に、己の誓いを破って彼に会いにきたのだから。




「忘れるな、真太郎」
緑間の耳元で、赤司は諭すように口説くように、甘い声音で囁いた。


「お前を手放すのは、この三年間だけだ」

 
【END】
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