『次のニュースです。
 施行された同性愛権利保護法による同性間での結婚の承認。
 一か月たった今日現在、数十件ほどの婚約の申請があったとのことです。』








【 A Happy Ending 】







彼らのことですか? それなら紫原くんに聞いた方がいいんじゃないですか。
まあ、いいでしょう。何か話せることありましたかね……
こんな話はいかがでしょう?
暑さは厳しくあれど暦の上では秋の頃の話です。スタメンでミーティングを行うとなったときでした。
ボクと赤司くん以外は掃除や呼び出しで不在、ミーティング室には二人きりでした。
言葉も交わさず、赤司くんは詰め将棋を、ボクは読書をしていました。鳴く蝉はおらず、室内は駒が盤に置かれる音とページが進む音だけが響いて静寂。

そんな中、突然赤司くんがボクの名前を呼びました。
「なんですか?」って視線をあげて答えると、お前の読んでいる本はどんな内容だ、って聞かれたんです。
その時ボクが読んでいたのは恋愛小説でした。……普段はあんまり読まないんですがね。
細かい内容は失念しましたが、概要は兄妹で恋惹かれるも世間には認められず死を選ぶという話。
なんてことはない、普通のありきたりな恋愛小説です。
こんなこと聞くなんて珍しいと思いながらも、ボクは赤司くんに内容を説明しました。
全て聞き終えると「ふぅん」と意味ありげに彼は頬を緩めます。でも、その笑顔は少し強張っていました。
今思うと、重ねていたんでしょう。同じように世間には許されない恋をした彼らと自分を。
何故わかるかって? 伊達に趣味は人間観察だなんて言ってませんよ。

そして、二つ目の質問をされました。
もしお前は世間には許されぬ恋をしたとしたらどうする、と。
赤司くんが恋の話だなんて、明日は鋏でも降るんじゃないですか。って茶化してやろうかと思いましたが、あまりにも彼の眼が真剣だったので止めておきました。
ボクは言いました。世間に許されないなんて限らないじゃないか、とね。
明日法律が変わって認められるかもしれない、宇宙人がきて周りを洗脳して許してくれるようにするかもしれない。
最後までなにが起きるかわからない。だからボクはその恋を最後まで諦めないって。
そのときの赤司くんの反応ですか? ああ、面白かったですよ。
まさに鳩が豆鉄砲をくらったって顔です。いつも開き気味の瞳孔がさらに開いてましたよ。
その顔の数秒後、あの赤司くんがですよ。大きな声を出して笑い出したんです。
いつもは自信の笑みとか、周りを安心させるための笑みとか、そんなのばかりの赤司くんがです。
しばらく笑ったあとに彼は目に浮かんだ涙をぬぐいながらやっと返事をしてきました。
「そうだね、お前はそういうヤツだったね」なんて。
なんとなく馬鹿にされたのかなって考えたボクは、じゃあ赤司くんはどうなんですかって切り返しました。
「さあ、わからないな」
両手で組んだ指先に顎を預けて彼は目を細めました。
「そうですか」
ボクは見逃しませんでした。彼の紅の瞳が強い意志を持った光を称え、穏やかに緩められたことを。
「あぁ、そうだね。でも――」
きっと彼のことを想い浮かべてたのでしょう。聡明な赤司くんのことです、答えも出していたのだと思います。
しかし、答えを聞くことはできませんでした。

廊下からの賑やかな声と共にミーティング室の扉を開いて。残りのメンバーが来たんです。
結局、答えは聞けないままこの話は終わりです。少し長くなってしまいましたね。
赤司くんが言おうとしたことですか? 聞く必要はありませんよ。
今の二人を見れば、彼がどうしたかなどは一目瞭然ですから。


○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○


あー? あぁ、あの二人のことか。んなこと言ったってなぁ、特別仲がいいわけでもなかったし。別にしらね―よ。
んだよ、さつき! わかった真面目に考えっからようるせーな!
…………そういえば緑間が指輪してきたことがあったな。
中学のときクラスの席が前後だからよ、授業中とかに寝てたり移動教室なのに動かないとあの陰険眼鏡すぐ叱ってきたんだよ。
たしかその日も移動教室なのに寝てたら、「起きるのだよ!」とか怒鳴ってきて。面倒だったから無視してた。
したらあいつグーで殴ってきやがった。殴ったってよりげんこつだな。
さすがに起きたっつーの。しかも緑間、指になんかはめてやがってそれがイテーのイテーの。
起きて文句言ってやったら「今日のラッキーアイテムの指輪なのだよ」とか言いやがる。

こっからは特別教室に移動しながらの会話だったかな。たしかオレが前で緑間が後ろで階段を下りてた。
指輪見ると赤いガラス細工がついてコイツにしてはセンスいいなと思って、誰かに貰ったのかって聞いたんだよ。
「赤司に貰った」って聞いて納得したわ。赤司が好きそうなもんだったし。
で、さらに疑問に思った。なんで左手の薬指につけてんだって。
なんでわざわざ気持ち悪いくらいに大事にしてる左手に装飾品つけてんだって。
気になってたらそれを察したのか、緑間が眼鏡の位置なおしながら
「指輪は結婚指輪ならなお良しとあったから薬指につけている。尽くせる人事は尽くすのだよ」
なんか特別な意味あんのかなーなんて考えてたから拍子抜けした。
やっぱりこいつ意味わかんねーっ、マジ変だ。
だから言ったんだわ。
「お前そんなんじゃ一生結婚出来ね―な。いっそ指輪貰ったんだし赤司にでも結婚してもらえよ」ってな。
そんときはふざけていったんだよ。こんな風になるってわかんなかったし。
いつも通りヒステリックに怒鳴ってくると思ったらなんの返事も無かった。後ろでしてた足音も止まった。
マジで怒らしたか、って振り返ったらビビったよ。
アイツすげー泣きそうな顔してたから。あんな顔初めて見た。
眉間に皺よせて、なんていうか、辛い、って感じだったな。
それに加えて「男同士で、結ばれるわけが、ないのだよ」なんて震える声で言いやがる。
柄にもなく心配しちまった。何かあったのかよって。
そしたら「何もない」って返事がきた。
さっきの表情は見間違えなんじゃねーかってくらいいつも通りに。
この後? 何もねーよ。
アイツが「お前が人の心配など珍しいのだよ」とか馬鹿にしてきたから、舌打ちで返してそれで終わり。

だけど、アイツら揃いも揃ってモノ好きつーか……
普通あそこまでするかって感じだよな。まあ、アイツらが幸せなんだったらいいんじゃねぇの。


○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○


オレのサイン欲しいんスか。ボールペンどこだったかな……って、なんだ違うんスか。
赤司っちと緑間っちのこと? んー、何かあったッスかねぇ。
あの二人、うまくバレないようにってそういうアクション全然見せてないっスから。
オレは気づいたッスよ。現場見たし。あ、そのこと言えばいいのか! 頭いいっスね。

その日、部活終わった帰りに忘れ物をしたことに気付いて学校に戻ったんス。
部室棟までいったらまだ灯りがついてて、すぐに主将と緑間っちだなって思った。
日誌記入とか戸締り管理とかで二人で残ってることが多かったッスから。

部室に着いて、なんか大事な話し合いしてたらまずいから少し扉を開けて中の様子を見たら案の定、二人がベンチに寄り添うみたいに座ってるのが見えたッス。
緑間っちは爪整えてて、赤司っちはそれを見てるって感じ。
入ろうっては思うんスけど、なんか入りづらい雰囲気でなかなか扉を開けれなかった。
そしたら赤司っちが立ちあがって「緑間、テーピング、オレが巻いていいか」って聞いたんスよ。
緑間っち、人に左手触らせんの嫌いだから断るなぁとか思ってたら黙って頷いて了承してた。
それだけでもびっくりなんスけど、赤司っちが王子様みたいに跪いて緑間っちの手をとったッス。
ふざけてんのかなぁって思ったんスけど、壊れ物触るみたいな手つきでテーピング巻いていくから、マジでやってんだなって。
「緑間はオレが言ってからテーピングを欠かした日はないな。嬉しいよ」
「……便利だからな」
「フフ、高校になっても続けてくれよ」
赤司っち、寂しそうに言うんスよ。緑間っちは気付いてんのか気付いてないのか何も言ってなかったスけど。
ゆっくりゆっくり時間をかけて、もう何十分もそれを見てるような錯覚になったッス。

全部の指のテーピングが巻き終わって、赤司っちは緑間っちの指にキスしてた。
びっくりッスよ。普通仲が良くてもそんなことしないじゃないスか。
そんときにこの二人はもしかして、って思ったッス。そしたら今までの雰囲気もそれで納得いくし。
男同士? っていつもなら思うかもしれなかったスけど、そんときは場の空気に流されて何にも違和感はなかったッスね。
キスされた緑間っちは顔真っ赤にして「何をするのだよ」って叫んでたッス。
「おまじないだよ。離れてもまた繋がれるようにって」
それ言われて緑間っちが眉間に皺を寄せた。怒ってるとかじゃなくて不安そうに。
赤司っちの言い方じゃ離れること前提みたいな言い方だからそりゃ不安になるッスよね。
それ見て赤司っちは笑いながら立ちあがって頭を引き寄せて緑間っちを抱きしめた。
座ったまんまだから胸元に顔を埋めるみたいになってて、まるで子供を安心させるみたいな感じだったッスね。
緑間っちもためらいがちに赤司っちの背中に腕まわしてブレザーをギュって握るの見て、あの人ってああいう甘え方するんだなって呑気に考えた。
赤司っちは一瞬、すんごい幸せそうな顔するんスけど、そのあとに悲しいような表情させて。
たぶん、あの時にはもう赤司っちにはキセキがバラバラになることはわかってたんスねぇ。

しばらくその様子をポケーっとして見てたら、赤司っちが視線だけをこっちに向けたッス。
射殺されるかと思ったスよ。すんごい眼付で睨まれて。
「このこと話したら殺す」と言わんばかりで、怖くて忘れ物とらないままダッシュで帰ったスよ。
たぶんバレたのは赤司っちだけだと思うんスけどほんと怖かったッス!
逃げちゃったんで話せるのはここまでッスよ。

あの二人ほんと不思議ッスよねぇ。独特の雰囲気があるというか、なんていうか。
よくわかんないスけど報われて良かったッス!


○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○


赤ちんとミドチン。うん、あの二人ねー。
ほんと良かったよね、ほんと。
でもオレからしたらやっとって感じ、むしろ高校で離れたのが不思議だから。
だって赤ちん、みんながバラバラになってからもミドチンのこと好きだったし。
ただ今はダメってことで別れたみたいだけどねー。
赤ちん未練タラタラだったかんね、あんな弱々しいの見んのあれが最初で最後でしょ。

三年生の終わりごろに、赤ちんと進路の話になったんだよね。
京都とか秋田は遠いから大会以外でみんなと会えないねって。
そんときに一瞬赤ちんが返事の仕方おかしかったから、「あ、ミドチンのこと考えたなぁ」ってすぐわかった。
だから「寂しいね」って言ったら「お前たちと敵として戦えるんだ。むしろ楽しみだよ」って返されて、
ごまかしてんのなんかすぐにわかったから単刀直入に「違うよ、ミドチンのことだよ」って言ったわけ。
そしたら「真太郎とは、すでに区切りがついた」とか言うの。
オレ、むかついちゃってさぁ。まだ引きずってんのなんか見え見えなのに何言ってんのって思って。
その証拠に、赤ちんミドチンと将棋指さなくなったんだもん。会うとツラくなるんだろうって知ってたし。
それで、すごい責めちゃったんだよね。
「自分で一方的に振っといたくせに未練タラタラで、何に区切りついたわけ? そんな中途半端で、ミドチンに失礼じゃないの?」って。
一通り言ったあとでヤバいって思った、赤ちんに怒んのなんか初めてだったし。
怒られるかもってすぐに謝ろうとしたんだけど、顔みてアララびっくり。
泣いてるんだもん、赤ちん。
ううん、泣いてるっていうよりもただ目から涙があふれてるって感じ。
「そうだな、敦の言うとおりだ。弁解の言葉すら見つからないよ」
自分で泣いてるの気付いてなかったんじゃないかなぁ、無理矢理笑おうとしてんの。
オレにぐしゃぐしゃの顔で笑いかけてから、「真太郎を傷つけた」とか「偽ってたとはいえあんな言葉を言ってしまった」とか、自分を責める言葉をずっと呟いてた。
オレが思ってた以上に赤ちんも傷ついてたんだね。
そんなの見て辛いし悲しいしでオレまで泣きそうになっちゃって、思わず赤ちんのこと後ろから抱きしめた。
「大丈夫だよ赤ちん、ミドチン待っててくれるよ。約束したんでしょ、大丈夫だよ」って言って赤ちんの頭をよしよしってずっと撫でてた。
んー、部室でなんか約束したみたいな話をしたって聞いてたからね。それ思い出して言ったんだっけ。
赤ちんが弱々しい声で「真太郎は待っててくれるだろうか」って聞いてきたから、「うん、赤ちんが迎えに来てくれるの待ってるよ」って返した。

しばらくしたら「もう遅いから帰っていいぞ」って言われたからそのまま帰ったよ、一人で残したくはなかったけどあれは命令だったしねー。
次の日に会ったらいつもどおりの赤ちんに戻ってたから気にしないで過ごしてたら、帰りの途中で赤ちんがいきなり「時が来たら、必ず迎えに行こうと思う」って。
昨日あんなに泣いてたのが嘘みたいにさ。びっくりしちゃったけどいつもの赤ちんに戻ったから嬉しかったよ。
しかも宣言通りにやっちゃうのも赤ちんらしいよね、流石だし。


やっと赤ちんとミドチン幸せになるんだよー、嬉しくないわけないじゃん。
は? 泣いてねーし。捻り潰すよ?


○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○


真ちゃんと赤司のこと?んなこと言ったってオレ赤司とあんま接点ないから詳しくは知らねーぜ。
真ちゃんが赤司のこと好きだったってことはさすがに知ってたつの。
んー、直接アイツとは言ってなかったけど、好きなヤツがいるって聞いたときに「あ、赤司だなー」って思ったわけ。
オレすごいっしょ? 伊達に三年間相棒してねーっての!
なんでわかったかって?

たしかなー、三年生くらいのとき体育館使えなくて外周しようとしてたのに雨降ってたから、じゃあミーティングで終わりってなった日。
ミーティング終わってもみんな残ってダラダラ話してて、中学のときに彼女いたかっていう話題になったとき誰かが真ちゃん聞いたんだよ。
あの緑間にまさかな、みたいな空気になったときに「付き合っていたひとはいたのだよ」って。
みんな食い付いたぜそりゃ。だってあの緑間だぜ、気になるっしょ!
で、無理矢理聞いたらポツリ、ポツリ、話してくれた。
「完璧なヤツだ、聡明で思慮深く、何をしても勝てなかったのだよ。オレみたいな者にも普通に接してくれた。アイツの隣は居心地が良かった。
 ただ、同時に壊れやすさも持っていたのだよ……傍で支えたい、人に対して初めてそう思えた。」
部内がこんときザワついたぜ? 真ちゃんにここまで言わせるとは人間じゃねー、妖精かなんかかーとかって。
さらに茶化してやろうと思ったらさ、俯いてるから調子乗ったかなって思って軽く謝りながら顔覗き込んだんだよ。

見た時「コイツなんて顔してんだよ」って思ったね。
そんときの緑間のことなんて言ったらいいかなぁ。表現しようがねぇわ。
『翡翠の清らかで何か言いたそうに愁いを含んでいて、涙をためている長いまつげに覆われている目は、どうしてちらっと見ただけで、オレの心の底をついたのか』って感じ?
今のは小説から借りて変えてみた、我ながらうまいと思うわ。
でもこの顔、見るの始めたじゃないって。それでいつだったか考えたら大会のときだって思い出した。
あ、試合中じゃねーよ。真ちゃん公私混同はしないタイプだから。
試合終わってバスに乗って帰る前に真ちゃんが赤司に呼ばれて行ったんだよ。それで遠目から会話してんの見てたらさっきとおんなじ表情してた。
そんときはなんか嫌味言われたのかな、とかって流してたんだけど、今回のを見て違うって感じたわけ。
ちょっと赤司に嫉妬しちゃったね。真ちゃんにそこまで言わせるほど思われてんのが羨ましかった。
しかもこの言い方じゃまだ好きなんだなって考えて、さらにさ。
誰かが「緑間の元カノは菩薩だ」って茶化したらすぐにいつもの仏頂面に戻ったけど。
みんなが笑ってる時にこっそりオレ聞いたわけ、「なんで、別れちゃったの?」
純粋な疑問だったんだよ、なんでそんなに好きなのに別れたのかって。まだ好きなんでしょって。
そしたら、「……アイツには、オレが必要なくなったのだよ」
泣きそうな顔で自嘲気味に笑ってさ。美人のああいう顔は反則だよな。

これ以上はこの話題はヤバいって思って、オレが適当に流して終わらせた。
真ちゃんの話はこれでおーわり! どうオレの声真似うまかったっしょ?
男同士だからとかって笑えなかったぜ。
あ、そうそう。これ続きあんだぜ? 聞きたい? 特別に教えてやっからさ。
なんとさ、卒業式の日に赤司が真ちゃんのこと迎えに来てそのまま――って、あら? 真ちゃんいつからそこにいたの?
待って、待って、喋りすぎたごめんってばごめん、あっ、うぎゃあああああああああああああああああああ!!!












『次のニュースですが
 施行された同性愛権利保護法による同性間での結婚の承認。
 一か月たった昨日現在、数十件ほどの婚約の申請があったとのことです。』
『このニュースについてどう思いますか、高田さん?』
『いやあ、すごいですね。しかもこの法律、署名活動によって国会が動いて制定したんですよね』
『えぇ、そうなんですよ。中心となった青年の名前は――』


女性キャスターの言葉は最後まで聞く事は出来なかった。代わりに星座の巡りを占う内容が陽気な音楽と共に流れる。
振り返らずとも、リモコンを手に真剣な眼差しで己の運命の結果を見ている彼の姿は容易に想像できた。

「すまない、おは朝の時間だったのだよ。先ほどのニュース見ていたか?」

申し訳なさそうな声色で聞いてくるに問いに振り返って「問題ないよ」と言ってやれば安堵の表情を見せてくれる。
中学時代に比べ、表情がやわらかくなったと改めて思う。
それは高校時代に隣にいたあの男のおかげでもあると考えれば、感謝すべきか嫉妬すべきか。
何とも言い難い黒い感情が湧きそうになるが、そんなつまらない考えも己を呼ぶ声がすれば霧のように消えてしまう。

「赤司、隣いいか」

そんなこと聞かなくても断るはずないのに、と思いながらも促してやればソファーが深く沈み、隣にじんわり優しい温もりが感じられる。

「真太郎、そろそろ一か月だ。流石に名前で呼んでほしいな」
「どうしても昔の癖がでる。善処はするのだよ」
「頼むぜ。今度間違えたら『アナタ』とでも呼んでもらうぞ」

からかいがちに言えば、予想通り動揺して息を詰まらせている。
それがどうにも可笑しくて声を殺して笑えば、不貞腐れてしまったのか言葉を発さなくなってしまった。
そういうところが可愛いな、と言ってやりたいがそれこそ怒られてしまいそうだから口には出さない。
沈黙が流れる。だが、決して不愉快なものではない。
――――幸せだ。この穏やかな世界に溶けてしまいそうだ。
暖かさすら感じる心地よい静寂をもっと味わいたいと、ゆっくりと瞳を閉じた。


まどろみかけたとき、置かれた右手にコツンと何かあたる感触で、ゆっくりと瞼を上げた。
視線を動かせば、右手の隣で彼の左手がさまよって、ためらいがちに触れたり離れたりを繰り返している。

「どうした?」
「その、なんだ……」

言いたい事はわかる。が、彼の口から直接聞きたくて、わざとわからないフリをする。
頬を染めて視線を合わせられず眼鏡のブリッジを押し上げ照れを隠す仕草は昔から変わってない。

「手を、握っても、いいか?」

最後まで言い終わる頃には耳まで真っ赤にしている姿に、愛おしさがこみ上げ自然と笑みがこぼれた。
返事の代わりに自分の右手を左手に重ねてやれば、おずおずと握り返してくれる。
自分よりも大きな左手。学生時代、手を握れば巻かれていたテーピングの感触はもうない。
代わりに、左手の薬指には金属の冷たさがある。
ボクと真太郎を繋ぐもの。プレゼントとして渡した時の真太郎の表情は忘れる事はないだろう。
その感触を楽しむように指を動かせば「どうしたのだよ」と疑問がとんでくる。

「幸せだなって思っただけさ」
「ああ」
「この幸せがずっと続くんだろうな」

真太郎の表情が曇る。
思い出し不安になっているだろう、離ればなれになってしまったときのことを。
辛い想いをさせてしまった。あのとき、どれほど真太郎を傷つけてしまったか。
だが、そんなことは二度と起こさせはしない。ボクにはこんなに愛しい者をもう手放す理由などどこにもないのだから。
不安げな表情の真太郎を安心させるように微笑み絡めていた指を解き、口元へと運ぶ。

「大丈夫、もう離すつもりはないさ」


その筋張った綺麗な指先に一つ、唇を落とした。



−−−−−−−−−−



素敵な企画、参加させていただきありがとうございます!

法律が変わって結婚した赤緑の両片思い→両想い→別れまでの流れをキセキ+高尾が誰かに語るというよくわからん話。
黄瀬が書きづらかった……
世間から隠れながら幸せを育む系なのも大好きですが今回は幸せになってもらってます。


本当に楽しかったです。ありがとうございました!!
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