入学したばかりの頃。たまたま図書室で将棋の本を読んでいたときのことだった。赤色の彼に「将棋をするのか?」と問い掛けられたのは。
「あぁ、たまに嗜む程度だが」そう答えると彼は微笑んだ。
「俺もするんだ、手合わせしてくれないか?」という彼に頷いた。 
空き教室に移動して、彼が鞄から取り出した将棋盤の上に駒を並べ、指しはじめる。最初に交わしてからお互いに言葉はなかった。それでも生温いお湯のようなどこか心地よい空気が二人の間に漂っていて、初対面のはずなのにそんな気がしなかった。


静寂に終わりが訪れたのは、王手を掛けられたときだった。
「王手」鋭く告げられ、「参りました」と一礼を返す。
「楽しかった。また、指してくれるか?」そう言いながら、彼は片付け空き教室を出て行こうとする。
「リベンジするのだよ」と言えば、彼は「楽しみにしてるよ」と言って、今度こそ本当に空き教室を出て行った。その時に初めて、お互いに名前を知らないことに気付いた。


次に彼と会ったのは、バスケ部でだった。「将棋の君か?」よく分からない呼び名で話し掛けられたが、この学校に入学してから将棋を指したのは彼だけだったし、鮮やかな赤い髪を覚えていたので首肯した。
「将棋の君なんて名前ではなく、緑間真太郎なのだよ」
「あぁ、そういえば名前を知らなかったから。俺は赤司征十郎だ」かなりの時間を過ごしたのに、初めてお互いの名前を知った。
「バスケ部に入るつもりか?」と問えば、「そのつもりだ。もう入部届も出してきた。これからよろしく」俺が手に持っている入部届に気付いたらしい彼は言う。
「よろしくなのだよ」そう言ってからバスケ部の顧問の先生へ提出しに行く。その時は三年間を趣味の合いそうな彼と同じバスケ部で過ごすことが出来るのに胸を躍らせていた。


それから三年が過ぎるのは、あっという間だった。その間にはお互いがレギュラー入りしたり、部長と副部長になったり、キセキの世代などと呼ばれるようになったりとたくさんの出来事があった。それでも隣に赤司と俺はいた。そのことが一番幸せなことに思えた。


卒業するその日も、俺と赤司は隣にいた。洛山に行く赤司に俺は何も告げることができずに、生温い関係が終わるのをただ見つめていた。その日は結局隣にいながら、出会った日のように何も話さないまま終わった。


このまま二人の関係が終わるものだと思っていた。なのに、卒業してから間もない離任式の日。二人は再び出会った。
「緑間、携帯買ったか?」不意に近づいてきた赤司はそう俺に問うた。
「買ったのだよ」と答えると一枚の紙切れを手渡された。
「中に俺のメールアドレスが書いてある。もし高校に行っても連絡を取っていいと思うんだったら、メールしてくれ」その言葉はどこか不思議な重みを持っていた。そして、俺は頷くことしか出来なかった。


学校から帰り、携帯を睨み、京都へ行く彼へ連絡を取るべきか取らざるべきか悩む。すると思い浮かんできたのは、彼と過ごした温かい三年間だった。このまま只、疎遠になるのは惜しい気がして簡素な一文だけのメールを送る。


To 赤司
From 緑間


これからも連絡を取ろうと思うのだよ。


そして数分後に、赤司からのメールが来た。


To 緑間
From 赤司


こうやって連絡を取れるのは嬉しいよ。


それで伝えたいことがあるんだが、大丈夫か?


という内容のメールに、俺は胸騒ぎを覚えた。


To 赤司
From 緑間


もちろん良いのだよ。どうしたんだ?


と返すと、すぐに返信が来た。


To 緑間
From 赤司


直接口で伝えたいから、携帯の電話番号を教えてくれないか?


あと、ひとつだけ。話す内容が何であっても連絡を取るのを許してほしい。


そのメールに快諾の意と電話番号を書いて、返信した。


携帯の着信音が響く。電話に出ると聞き慣れた赤司の声が聞こえてくる。


「わざわざ、すまないな」
「別にいいのだよ。それで、話したいことは何だ?」そう電話越しに問えば、しばらくの間逡巡するような間があり、告げられた。
「好きだった、緑間のことが」思ってもみなかった言葉が掛けられる。だけど、その言葉はストンと自分の心に落ちてきた。あぁ、赤司の隣にいたのは、赤司のことが好きだったからだと。だからこそ、こう尋ねた。
「過去形なのか?」
「えっ?」
「過去形なのかと聞いているのだよ」すると、赤司が息をついた気配がした。
「いや、過去形じゃない。今も好きだよ、緑間」そう言われて嬉しさが込み上げてきた。
「俺もなのだよ」少しの羞恥心を持って想いを告げる。
「本当に?」ときかれ、見えるわけもないのに頷いた。
「本当なのだよ」といえば、「ありがとう」と返された。
「京都に行くのはいつだ?」思わず気になって問う。
「明日だ。見送りに来てくれるか?」
「当たり前なのだよ」
「明日の午前十時に、いつもの駅だ。楽しみにしてる」と言い、赤司は電話を切った。電話はどこか現実味がなかったが、ふわふわしたような不思議な感情だけ残った。


午前九時半、いつもの駅のホーム。通勤・通学ラッシュも終わり、人もまばらな中に俺はひとりで本を読んでいた。
「早いね」そう声を掛けられて、振り向く。まず目に飛び込んできたのは、赤司が手に持った将棋盤だった。
「それは何だ?」ときけば、「俺と緑間が初めて将棋をしたときに使った将棋盤だ。一応プレゼントなんだが、受けとってくれるか?」言いながら差し出されたので、受け取る。もし将棋というものがなければ、ただのバスケ部員同士で三年間が終わっていたのかもしれないと、少しだけ感慨深い。
「それでこれから、俺達はどうするのだよ?」お互いがお互いを好いているのだけしか、確かなものがなかったから問うてしまう。
「遠距離恋愛ということにはなるが、付き合うか?」その言葉に頷くと、赤司は幸せそうに微笑んだ。
「これからよろしくなのだよ」と言えば、「よろしく」と返されて、ゆるりと手を繋がれた。
「あと少しだけこうしてて良いか?」ほんのりと頬に薄紅をはいて赤司が言うものだから、こちらも少し赤くなってしまう。それからは、言葉も無く、ただ手を繋いでいた。


踏切の音と、新幹線が到着する旨を伝えるアナウンスが、ホームに響き渡る。それは同時に赤司が西へ去ってしまうことを告げていた。
「メールはするよ。たまに電話も」そして離れて行く手に名残惜しさを感じた。
「待ってるのだよ」という言葉の続きは赤司の口のなかに吸い込まれた。
「ファーストキス、だ」唇を話した赤司は言って、新幹線へ乗り込み、扉が閉まる。赤司と離れてしまう。そのことに動揺している自分がいた。


窓越しに口パクで伝えられた「愛してる」に平静を取り戻す。
「俺も愛しているのだよ」遠ざかって行く赤司にそうっと告げた。
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