赤司征十郎を誰よりも知っているのは自分だと、緑間真太郎は自負している。
初めてその姿を見かけたのは帝光中学の入学式。新入生代表挨拶は試験をトップで合格した者に与えられる。しゃんとした姿で挨拶をする赤司に、人知れずライバル心を燃やしたものだった。
二回目にその姿を見かけたのは、入学した次の日に行われた春のテストの結果発表が廊下に張り出された時だった。上位百人が点数と共に掲示されていて、一位に書かれた名前は赤司だった。二位に書かれていた自分の名前を見て緑間は唇を噛んだ。また負けた、と。
悔しさを滲ませていた緑間の肩にぽんと手が乗せられた。振り返ると、入学式の日、壇上に上がっていた赤司その人が立っていたのだ。
「キミが緑間真太郎?」
「…………そうだが」
第一声は相当警戒した声だったなと今でも覚えている。何故赤司が自分に話しかけてきたのか、温和な笑みを浮かべているのが気に食わない、こんなやつに負けたのか。色々な考えが一瞬にして生まれ、そして第一声を生み出したのだ。
「あまり警戒されても困るんだけど」
クスッと笑った赤司の声を聞いて、緑間は眉間に皺を寄せる。頬の筋肉がひくりと引き攣る。
「何の用だ」
第一声からして警戒心を露わにしたのだから、相手も自分と仲良くなれるとは思っていないだろう。そう緑間は考えていたのだが。
「ねぇ緑間、俺と一緒にバスケ部に入る気はないか?」
赤司から出た予想外の言葉に、緑間は更に眉間の皺を深くした。
そんな馬鹿な話があるか。緑間は赤司の言葉を一蹴しようと初めは思った。けれど口から出たのは思いとは裏腹に、何故だ、と疑問の言葉だった。
言ってからハッと気付く。しかし赤司は緑間のその様子に気付かないふりをして話を続けた。
バスケが強いこの中学で高みを目指したいこと、どこまでやれるのか自分の限界を探したいこと、赤司は緑間が聞かずともぺらぺらと答えていった。
「ならば一人で目指せばいいだろう」
「バスケはチームプレイだよ緑間」
気が付けば、玄関を通り、校庭を歩き、正門を抜けていた。その間も赤司は話続け、そして緑間は気付けば先を語る赤司に質問までするようになっていた。
「俺を引き込んだところでお前に何のメリットがあるというのだよ」
「緑間の頭脳が、いつの日か必要になるんじゃないかと思ってね」
「頭の良いヤツなど俺でなくともいっぱいいるだろう」
「勿論。でも緑間はそれに加え、背は高いし、筋肉もそれなりについてる。先の見込みがあるよ」
「俺がお前の思った通りに動くとは限らないぞ」
夕陽が照らすアスファルト、緑間は立ち止まった。緑間の隣を歩いていた赤司は数歩先に進んだところで立ち止まり、振り返った。その背に夕陽を背負いながら。
赤司は笑っていた。
「それはそれで、スリルがあって楽しいだろう?」
ああ、なんと恐ろしいやつなのだろう。
夕陽を背負うその姿が、目に焼き付いて離れない。むしろ背負うという表現よりも、味方にしているという方が正しいのかも知れない。その時、緑間にとって赤司は何よりも大きな存在に見えたのだ。
「いいだろう」
緑間も笑った。指先でメガネのブリッジを押し上げた後、手を差し出した。
「だが俺は勉強の息抜きでしかやらないのだよ。何故なら」
赤司が差し出した緑間の手を取った。
「お前をいつの日か負かす為に」
その日から、赤司と緑間の長きに渡る競争が始まった。



きっとつまらないだろうと思っていた中学時代は、赤司との出会いによって鮮やかに彩られた。息抜き程度に止めようと思っていたバスケは、人事を尽くして極めたい、と思わせるほど興味深いものへと変わっていった。気付けば共にいる時間の多い個性的なチームメイトも、煩わしいと思いつつも、赤司同様にライバル心を燃やさせる者たちばかりだった。
しかし、緑間の鮮やかな中学時代を一番彩っていたのは、赤司の存在だった。付き合いを深めていくほど、赤司という人間の恐ろしさを感じさせられた。二年に進級すると共に主将の座を射止めた赤司は、マネージャーである桃井の力を借りながら新しいバスケ部の形を作り始める。練習は一年の時とは比べ物にならない程厳しくなり、けれどその分確かに強くなっていくと自覚させる内容だった。
勉学に関しては赤司は一度も緑間に勝ちを譲ることはなかった。空いた時間を使って共に図書室で勉強し、わからない問題については共に解を探した。だと言うのに、赤司は常に緑間の先にいた。
まるで絶対的な何かのように君臨している赤司に対し、部員と赤司の間には高い壁のようなものができていた。礼節を重んじる風習は特別なかったが、気付けば二軍以下は主将に話しかけることは許されないという暗黙のルールが出来上がっていた。一軍であり共にコートを駆けまわるチームメイトでさえ、赤司は特別だから、という言葉を使うようになっていた。
「赤司っちの言うことは絶対ッスから」
「だって、赤ちんは特別じゃん」
「赤司の命令じゃ逆らえねぇよ」
「まぁ、赤司くんですから」
緑間自身も、赤司は特別だからという思いが全くなかったわけではない。けれどそれ以上に、赤司が一人の人間であることをよく知っていた。できないことはないと思われている赤司は、試行錯誤の末に新しいバスケ部の形を作り上げているし、誰よりも努力を重ねることでレギュラーの座を掴みとっている。勉学においても、わからない問題もあればそれを緑間に聞いて解を求めることだってしていた。
「俺はね緑間、緑間が俺を支えてくれて本当に良かったと思ってるよ」
二年目の全中を数ヶ月後に控えた練習の帰り、赤司はまた夕陽を背景にして緑間に言った。あの時とは夕陽の色も、時間も、二人の関係も、全てが違っていた。
「緑間に声をかけて、本当に良かった」
あの日見た笑顔は、自信に満ち溢れていた。恐ろしくも大きくも感じた。
それが今では、すっかり見慣れたせいか、それとも赤司が変わったからなのか、孤独な笑顔に見えた。
赤司は孤独なのかも知れない。誰よりも先を見ていて、誰よりも先を歩いていた。
──嗚呼、俺は……赤司を、支えたい。
誰よりも貪欲で、高みを目指すその姿勢。
勝ちたいと願い、そして見守りたいとも願う。
──最後まで、俺はお前に付き合うぞ、赤司。
「それは良かったのだよ」
赤司に返事をしながら、緑間は密かに決意を固めた。



「いい加減にしてください紫原君。言い過ぎです」
「黒ちんこそ、いい加減にしなよ。俺、指図されんのだいっきらい」
何度目かもわからない黒子と紫原の言い争いがまた始まる。多い時で一週間に一度、少ない時でも一ヶ月に一度以上、黒子と紫原の衝突が起こる。
原因は大半が紫原、時折黒子だ。内容はいつも同じ、お互いのバスケに対する価値観の違いから起こる。
今回も紫原が原因だった。かろうじて一軍にとどまり続けていた部員に対し、紫原が放った言葉が、黒子を怒らせてしまったのだ。
「努力をすることの何が悪いんですか」
「努力をしたって何も変わらねぇよ。実らないのが常識でしょ」
「実らないとは限りませんよ」
幾度と無く繰り返されてきた会話を、今日も変わらず交わし合う二人。既にバスケ部の恒例行事のようになっており、慌てるのは巻き込まれた当事者とマネージャーの桃井だけだ。
赤司やコーチも近々控えた練習試合について話しあう為、部室に行っている。ペナルティを言い渡す人間は誰もいない。副主将である緑間も、二人の言い争いは止めないことにしている。
止めたところでこの言い争いは二人の価値観が合わないのだからこれからもまた起こる。紫原に言われる者も、黒子が助け舟を出そうと出さまいと、この帝光中学バスケ部でやっていけるかどうかは本人次第である。
「黒ちんこそ」
紫原は殊更めんどくさそうに汗で濡れた頭を掻く。
「峰ちんがいなきゃここまで上がれなかったような黒ちんが努力を語るわけ? 峰ちんに依存して、どうにかやってる黒ちんがさ」
ピリリとした空気が漂う。黒子はギリと唇を噛んでいた。
黄瀬と共に静観していた青峰がバスケットボールを強く握る。力の籠った音が、隣に立つ緑間と黄瀬にも聞こえていた。
このままでは大事に成りかねないと緑間は内心で焦り始めていた。特に今回は飛び火の相手が悪い。青峰と黒子が互いに依存傾向にあるのは今に始まった話ではない。そしてその事実は部においては良き戦力となっている。
あるようでない副主将権限を行使するべきか。悩んだ時。
「何をしてる」
静かに、かつ威厳のある声が第一体育館内に響いた。
「俺は基礎練をするように命じたはずだけど?」
館内はシンと静まり返った。言い争いをしていた二人も、周りでひそひそと会話をしながら見守っていた者も、練習をしていた者も、全員。
校舎へと続く扉から現れたのは、赤司だった。
「緑間、原因は?」
「……黒子と紫原の言い争いだ」
内心でホッとした気持ちを緑間は抱いていた。赤司が来たことで、一先ずこの場は何かしらの結果を残して落ち着くだろう。それは──
「黒子、紫原、ペナルティだ。黒子は校庭を十周。紫原は第四体育館の清掃。監視役として黒子には青峰、紫原には緑間がつけ」
ペナルティの内容に多少の変動はあるが、監視役に関してはいつも通りだ。本来練習に何かしらの障害を来した部員は、最悪の場合退部、悪くて二軍以下への降下、良くて今回のような追加練習だ。黒子と紫原の場合はレギュラーでもあり帝光中学バスケ部の戦力でもあるので、特別待遇だ。ただしそれを快く思っていない部員も多数いて、それが更に悪循環を生むこともある。
「それ以外は練習に戻れ!」
赤司の声に、事の顛末を見守っていた部員の殆どが勢い良く返事をした。不満そうな表情を浮かべる者もいたが、基本は皆赤司に忠実だった。
黒子は苦虫を噛み潰したような表情で、青峰に自ら声をかけ体育館を出ていく。赤司の隣を通り過ぎる際、小さく会釈をしていた。
「紫原、行くぞ」
「……はーい」
緑間は紫原を連れ第四体育館へと向かった。第四体育館は三軍の練習場として使われているが、七時を過ぎているため既に誰もいなかった。一軍の練習時間は八時まで。二軍以下は七時までだ。その後の居残り練習に関しては任意だが、三軍が居残りとして第四体育館にとどまっていることは殆どない。(その理由としては、一年ほど前に立った噂──第四体育館にはお化けが出る──が未だ浸透しているからでもある)
「あーあ、ホント腹立つ」
紫原はぶつくさと文句を言いながら倉庫内に仕舞われていたモップを取り出した。緑間は当然手伝わない。邪魔にならない場所で、紫原が言われたペナルティをきちんとこなすかを見守るだけだ。
二人のペナルティが別なのは、二人の頭を冷やすという意味合いが強い。そして黒子の監視役として青峰をつけるのは、黒子のフォローをしてもらう意味でもある。その点紫原に関してはフォローはあまり必要がない。ただ話を聞いてくれる相手は欲しいようで、その度に緑間か赤司が話を聞いてやっていた。
緑間は紫原が話しかけてこないことをいいことに、壇上の端に座り、ぼんやりと考えていた。紫原が黒子に言い放った、依存してどうにかやっている、という言葉が頭から離れないのだ。
──俺は、赤司に依存してはいないか?
緑間は赤司を支えたいと常々思っていた。それは本当に実践できているだろうか。
赤司が来てほっとしたというのは、赤司にそれだけの信頼を置いている証拠でもあるが、赤司さえいればどうにかなるという思いでもあり、赤司がいなければどうにもならないということでもある。役割分担は当然のことだとしても、それでは緑間が赤司を支えているという状況にはならない。
──むしろ俺が赤司に支えられている……いや違うな、俺は赤司の足を引っ張っているのではないか?
誰よりも赤司をわかったようなつもりでいて、誰よりも支えているような気になって、そうして自分というものを保ってきたのではないか。自分という存在をこの場に置くために、副主将である為に、赤司という存在に依存しているのではないだろうか。
深まっていく思考の闇にずぶずぶと沈み込んでいく。緑間は目眩を覚えて、指先で目頭を押さえた。
──俺は、これでいいのか?
終わったよ、と遠くから紫原の声が聞こえた。しかし、緑間はすぐに返答ができずにいた。



「紫原と何かあったのか?」
翌日。全中に向けて試合のスタメンを決めるため、赤司は空き教室に緑間を呼び出していた。イスに座る二人の間には一つの机。置かれているのは将棋盤だ。
話し合いは基本将棋を指しながら行われる。そうした時、大抵緑間は将棋に意識を向けきれずに大敗することが多い。何度か別にして欲しいと言ったこともあったが、赤司が聞いてくれたことは一度もなかった。
パチリ、と木の乾いた音。赤司が次の手を打った。
「別に……何も、ないのだよ」
緑間は自身の次の手を考えるフリをして、親指を眉間に当てた。誤魔化しの効かない相手であるとはわかっていたが、こうも直球で聞かれると困ってしまう。
「そうは見えないけど?」
「気のせいじゃないのか」
赤司本人に、赤司に依存しているのではないかと悩んでいる、とどうして言えようか。それどころか、少し冷静になって赤司と距離を置くべきではないかと思っているほどだ。
「……ふぅん」
嘘だろうという目で見ながら、赤司は腕を組みイスの背もたれに体重を預けた。
それからの戦いの流れは、初心者が見てもわかるほど緑間の劣勢だった。いつも以上に勝つという気持ちが無く、いつも以上に集中していないのは火を見るより明らか。それでも赤司は嫌な顔一つせず、むしろ何か考えながら緑間の一手をあしらっていく。
「王手」
王を守っていた駒の殆どは、赤司が握っている。緑間は負けを認める以外、手がなくなってしまった。
「……負けました」
これで最後にしようかと、緑間はふと思った。
赤司との時間は何よりも有意義だった。勉学でも将棋でもバスケでも、何一つとして勝てたことがないというのに、いつか勝ってやると思えるほど楽しい時間でもあった。
──俺は、赤司に頼りすぎた。
赤司という人間の隣にいすぎて、自分を見失っているような、そんな気がしていた。
──そもそも俺が、赤司を支えられるわけなんてなかったのだよ。
緑間が行動をせずとも、赤司は一人で立っている。手を貸す必要はない。
このまとまりのない感情を、何と伝えればいいだろうか。伝える術があっても、伝える言葉が見つからない。
結局は自身への嫌悪なのだと、緑間はわかっていた。驕り高ぶっていた自分が許せなくて、赤司に全てを委ねていた気持ちが許せなくて、どうにかしてこれらを断ちきりたかった。
緑間は口を開こうとした。しかし、それよりも早く赤司が言葉を紡いだ。
「なぁ緑間。ずっと言いたかったことがあるんだ」
開いた口を、そっと閉ざす。何故今このタイミングで言葉を重ねてくるんだと内心で思いながらも、緑間は小さく頷いた。
「俺だって一人の人間だからね。素直に言えないこともある。それをまずはわかって欲しい」
赤司が言わんとしていることが見えず、緑間は疑問の表情を露わにした。普段痛いところは直球で突いてくるくせに、と一瞬思った。
「何なのだよ」
すると赤司の右手が、机上に置かれていた緑間のテーピングされた指に重なった。ちらりと視線を向け、首を傾げながら赤司を見た。
「俺は、緑間が隣にいないと、実はダメなんだ」
「……は」
「緑間は気付いていないかも知れないけれど、俺は緑間にとても助けられていてね。俺が主将をやれているのだって、緑間が副主将としていてくれるからこそ好き勝手やってるんだ。勉強だって、緑間みたいにいつも俺を倒そうとしてくれる意気込みのあるやつがいなかったら、もしかしたらこんなに頑張ってなかったかもしれない。それと──」
赤司の言葉は続く。つらつらと述べられる言葉を聞きながら、不思議に思っていた。
何故そんなことを言うのか、と。
偶然にしては出来すぎていないだろうか。赤司の言葉はみな、緑間にとって嬉しいことばかりだ。それも、自分が依存していたのではないか、と思っていたことを覆すような。
「赤司」
あれやこれやと話し続けていた赤司の言葉を遮る。
「ん?」
「何でそんなことを言う」
もはや本人に理由を問う以外、緑間の疑問の答えは見つからなかった。
「なんで、って……」
ふむ、と言いながら赤司は人差し指を唇へと当てる。少し考えてから、赤司は楽しそうに言った。
「……そりゃあ、一世一代の告白だからじゃないか?」
「…………一世一代の、告白?」
「そう、告白」
「一世一代の告白を俺にしてしまうのは勿体なくないか」
まだ中学生という身でありながら一生に一度だけの告白とは誇張し過ぎな気もしていたし、あの赤司征十郎が自分にその大切な機会を使うのも合っていない気がしていた。
「第一それはどういう意味だ」
「告白って言ったら、アレだろう? 好きとかそういった内容だろう」
「それは男女間でするものなのだよ」
話が進まない。
「男女間でするものだと誰が決めた? 同性愛が認められている国や州だってあるだろう」
「それは、そうだが……だとしたら、お前は俺にどうして欲しいのだよ」
「一緒にいて欲しい。俺から離れないでほしい。一番はそれさ。恋愛がしたいとかそういうのは正直、あんまり考えてない」
双眸が細められ、唇は弧を描く。魅惑的な表情だった。
赤司は行先を失った緑間の王の駒を手に取ると、唇に一瞬当てた。キス、だろうか。
「お前を俺に頂戴?」
優しい笑みだった。どちらかと言えば自信に満ち溢れた笑みや威厳を表した表情を見ることが多かったように思う。
緑間は赤司を見ながら、返答に困っていた。
──俺は、何と答えればいい?
赤司の言葉に縋って明日から生きていくのか、断って見えない明日を探すのか。
けれど望まれているのに応えないのは、人事を尽くしているとは言えないのではないだろうか。
「……お前にくれてやるつもりはないが、隣にいてやることは、できるのだよ」
視線をふいと逸らし、窓の外を眺める。この返答で人事を尽くしたことになるかわからず、少しだけ怖くて赤司を見ることができなかった。
「ハハッ、緑間らしい答えだね」
赤司の笑った声が聞こえて、緑間は少しだけ安心したのだった。
それは恋なのか、それとも違う何かなのか。わからないまま、赤司と緑間の新しい日々がスタートした。



その日の帰路の途中。狭い道路を通り抜けようと車が入ってきた。それにいち早く気付いた赤司が緑間の手を掴んで引き寄せ、立ち止まった。
「うわ、真太郎の手、冷たい」
冷たい緑間の手に、じんわりと温かさが広がる。
「お前は温いな」
車が通り過ぎたところで、緑間ははたと気付いた。
「……今」
「うん?」
真太郎、と呼ばれたのは気のせいではないはずだ。
「ああ。いいだろう? 名前で呼ばれるのも」
「こそばゆいのだよ」
「こそばゆい?」
「……家族や親戚以外に呼ばれるのは、初めてだからな」
顔が少しだけ熱い。恥ずかしい、というやつだろうか。緑間は顔を赤司が見えないように逸らした。
それが赤司を喜ばせてしまったのか。赤司はくすくすと笑いながらまた名を呼んだ。
「真太郎」
「やめろ」
「真太郎」
「赤司、いい加減に」
ムッとしながら隣に立つ赤司を見れば、握られていた手が持ち上げられた。テーピングのされた左手が、赤司の唇に触れる。
「──ッ」
恭しくくちづけをした赤司は、フッと笑って緑間を見た。
「顔、真っ赤だけど?」
「からかうのもいい加減にしろ! それともう、手を離せ」
「大丈夫、誰も見てやしないよ」
確かに、居残り練習を終え鍵まで閉めると時間はすっかり九時を過ぎる。その頃は通り抜ける住宅街も静かで、人とすれ違わずに家まで着く日だってあった。
だからと言って誰にも見られていないという理由にはならない。人とすれ違う日だってある。現に今だって車とすれ違ったばかりだ。
「だが……」
それでも尚渋ろうとする緑間を見て、赤司は唇を尖らせた。
「いいじゃないか、少しくらい」
赤司はぷいとそっぽを向いて、緑間から手を話した。手に感じていた温もりが離れる。
これから暑くなっていく季節、手が冷たくて困ることはあまりない。だと言うのに、温もりが手から離れてしまったことに寂しさを覚えていた。
それが言い出せずに、緑間は拗ねてしまった赤司と一言も会話せずに、分かれ道までたどり着いてしまった。
じゃあ、と短く言葉を交わし二人はそれぞれの帰り道を歩き始める。赤司は右へ、緑間は左へ。
道を一人で歩きながら、緑間は先程のことを思い出していた。赤司の手の温もりが、短い間の触れ合いだったと言うのにまだ忘れられない。芯まで冷えた手にじんわりと広がったあの熱。もう少し触れていたいと思うのは、手が冷たいせいなのか。
『お前を俺に頂戴?』
あんな言葉を聞いてしまったせいで余計にドキドキしているんだそうに違いない。緑間はそう自分に言い聞かせながらも、拗ねてしまった赤司のことが気になって立ち止まり振り返った。
すると、分かれた場所から一歩も変わらぬ位置に赤司が立っていた。ポケットに手を入れ、じっと立っていた。そして。
赤司は大きく手を挙げた。その手が左右に揺れる。はっきりとはわからなかったが、微笑んでいるように見えた。
緑間も釣られて、手を小さく上げて振った。その対応に満足したのか、赤司はくるりと回り、歩きだした。それは赤司が取った行動にしては可愛すぎるもので、緑間は思わずふっと笑みをこぼすのだった。



赤司と二人で一つの傘を共有して帰る梅雨が終わり、試験勉強のために休日を互いの家で過ごす初夏を過ぎ、そして夏休みが始まっていた。全国中学校バスケットボール大会まで、既に一ヶ月を切っている。
練習は厳しさを増している。第一体育館の熱気は他の体育館とは比べ物にならず、コーチやマネージャーは脱水症状者を出さないようにと常に目を配っている。
今はミニゲームの時間だった。緑間は自分の番を早々に終わらせ、体育館の壁に寄りかかって全体を見ていた。
入ったばかりの黄瀬もスタメンの座を獲得し、まるで一年の時からいるかのようにめきめきと力を付けていった。
紫原は相変わらずの調子だったが、負けるのは嫌だからと練習は基本的に欠かさない。時々フラストレーションが爆発しそうになることがあるようで、その度にお菓子を持ってきては機嫌を取るようにしている。
青峰はここ何回かの練習試合で、圧倒的差をつけて勝利してしまうことを気にしているようだった。黒子の支えもあるからか何とか練習には参加しているが、その表情は時々暗い。
赤司はと言うと、いつもと代わりがないように思えた。気が付けば、目で追ってしまう。
ミニゲームに参加している赤司は、仲間たちにパスを回し次々にゴールへと導いていく。汗を流しながらチームメイトに指示を出している姿が、眩しく見えた。
あの赤司とまるで恋人のような付き合いをしていると思うと、不思議な気分になるのだった。
「最近、赤司くんと仲が良いですね」
背後から聞こえた声にぞわっ、と全身の毛が逆立つ。
「おい黒子ォ……突然人の背後に現れるなと、あれほど」
振り返ると、そこには誰もいない。
「隣です」
そのままぐるりと回れば、黒子は確かに隣に立っていた。
「人をからかうのも大概にするのだよ」
「肝に銘じておきますよ」
しれっと言いながら、黒子は持っていたスポーツボトルをぐいと煽った。ちなみに一番の要注意人物は黒子で、定期的に水分を取っているかしっかりと確認しなければならない。
「それで、赤司くんと一体何があったんですか?」
ガラス玉のような瞳がじっと緑間を見上げる。その視線を受けてから、緑間はゆっくりと視線を逸らした。
「……何も」
「お付き合いでも始めたんですか」
「違う」
「でも僕見ましたよ。緑間くんが赤司くんと手を繋いで帰っているのを」
「あれは手を繋いで帰ったわけじゃない、たまたまアイツが俺の手を取って、放せというのに言うことを聞かなくて…………」
ハッとなって、隣に立つ黒子を睨みつけた。
「冗談です。見たことなんてありません。そこまで答えていただけると、僕としても楽しいですが」
「練習メニュー増やすぞ」
「緑間くんにそんな権限無いでしょう?」
フッと笑った黒子の笑顔はいつになく黒い。
悔しさを感じながら、緑間は小さく息を吐いた。
「……付き合ってはいない」
「そうは見えませんが?」
「ならばお前の目がおかしくなっているだけだ」
「冗談でしょう。未来が視えると豪語する赤司くんじゃあるまいし」
ああ言えばこう言う。
「本当に、付き合っているわけじゃ、ない……と思う」
なんとも言えない日々を過ごしているのは確かだ。恋人のようだけれど、緑間は赤司の「一緒にいて欲しい」という想いに応えているだけだ。
それでも、一緒にいることへ楽しさを感じたり、緊張したり、胸を躍らせるのは、好きという気持ちがあるからだろうか。
「赤司くんも、同じ事を言っていました」
「赤司が?」
「ええ。付き合っているわけじゃない、と」
その言葉にちくりと胸が痛んだ。
「ですが、僕から見たら──」
黒子は未だ行われているミニゲームへと目を向けた。赤司と一緒のチームに、青峰がいる。
「二人共、すごく雰囲気が良くなったように思います。……羨ましいですよ」
見つめる先は、青峰だ。青峰が入ったチームは、ミニゲームであろうと負けることはない。何か思うところがあるのだろうか。
「キミたちは二人共、似たもの同士ですね」
「……俺と赤司がか?」
「はい。とても、よく似ていますよ……」
試合終了のブザーが鳴った。試合結果は見なくてもわかりきっている。
青峰はあたりをきょろきょろと見回すと、緑間の隣に立つ黒子の姿を見つけて駈け出した。
「テツ! 今の見てたか?」
「ええ、見てましたよ青峰くん」
「でもやっぱり、お前のパスが一番だけどな!」
二人は拳をこつんと合わせた。そんな二人の姿を太陽を見るかのように見ている緑間は、ふとどこからか視線を感じた。その主を探せば、コートから出た赤司が緑間を見ていたのだ。
──俺と赤司が似ている、か。
赤司は小さく手を挙げた。それに応えるように、緑間も手を挙げた。



そして、二度目の全中制覇を達成した夏の終わり。帝光中学バスケ部の運命は大きくねじ曲がっていく。青峰を始めとし、後にキセキの世代と呼ばれる彼らの才能が次々に開花していった。緑間、そして赤司も例外ではなかった。
それからの一年はあっという間で、負けるどころか全ての戦いに圧勝し相手校を絶望するまで打ちのめす。所詮勝てるわけがないと誰もが思っていたのかも知れない。三度目の全中制覇は、三回参加した全中の中で一番、楽だった。
こうして、帝光中学バスケ部としての最後のイベントを終えた。この後は引継ぎを行って引退をするだけ。
練習に出なかった青峰を呼び出すのも、つまらなさそうに後輩をいびっていた紫原を止めるのも、歪みに気付きながらも見ないふりをして黒子を探す黄瀬を部活に連れ戻すのも、これで終わり。
赤司との付き合いも、これで──
「……真太郎?」
誰もいなくなったロッカールーム内のベンチに一人座っていた緑間は、突然の来訪者にびくりと肩を震わせた。見ずとも声だけで、来訪者が誰だかわかっていた。
自分は人事を尽くしてきた。これが運命ならばと受け入れてきた。だから今こうして、全中三連覇を達成した帝光中学バスケ部のロッカールームにいることができる。
けれどこの一抹の不安は、寂しさは、苦しさは、その正体は何なのだろうか。
「真太郎──」
頭を垂れていた緑間の身体が、抱きしめられた。背に回された手が優しく撫でる。
「お疲れ様」
赤司の温もりに、じわりと目頭が熱くなる。
──ああ、そうか。
夏が終わろうとしている。勉強に勤しむ秋が訪れ、寒さに苦しみながらも喜びを迎えるための冬を越し、そして春がやってくる。
互いに進学先は決まっていた。赤司は両親の実家がある京都の洛山高校へ、緑間は家から通うのに無理がないバスケに力を注いでいる秀徳高校へ。
──そうか、俺は赤司が。
緑間はゆっくりと赤司の背に手を回した。震えながら、強く抱きしめる。
──好きだ。
心なしか、緑間に応えるように赤司の腕に更に力が籠った。
──でも、それ以上に……それ以上に、俺は。
例えバスケ部が歪んでいようとも変わらない二人の関係。ライバルであり、主将と副主将であり、そして恋人でもあった。
けれど緑間が真に大切にしたいのは──



「赤司」
卒業式を終え、クラスで食事に行く者もいれば、後輩との別れを名残惜しんで校庭でいつまでも話し込んでいる者もいた。
緑間は次第に人がいなくなり静かになっていく校舎を一人歩きまわり、そしてようやく赤司を見つけた。そこは空き教室。赤司から一世一代の告白を受けたあの場所だ。
「やぁ真太郎。待ってたよ」
赤司は手を挙げて緑間の来訪を喜んでいた。手招きに従い、教室の扉を閉めて奥へと進めば、あの日と同じように机の上には将棋盤が乗っている。既に駒は置かれていて、いつでも始められる状態だった。
緑間はイスには座らなかった。赤司の目の前に立ち、静かに言葉を紡いだ。
「赤司。俺はお前に伝えなければならないことがある」
「まぁいいから、座りなよ真太郎」
「戯れならもう、終わりにしよう」
「戯れなんかじゃないさ。……ただ」
困ったように、赤司は笑った。
「僕はあの時、真太郎が真太郎という存在を見失うんじゃないかと思って、心配になったんだ」
「……」
赤司は気付いていたのだ。あの日、緑間が赤司に依存しているのではないかと気付き、離れようとしていたことに。
「僕は真太郎が、僕のことをいつも気にかけていて、誰よりも一人の赤司征十郎として見ていてくれたのを知っていた。僕はそれに頼っていた。依存していたんだ。だからこそ安心して好き勝手できた。何かあっても真太郎が傍にいてくれるだろうと思って」
赤司の言葉は、緑間が忘れてきたあの日の思いそのものだ。
「俺も……俺も、そうだ」
遠い日を思い起こしながら言葉を紡ぐ。
「お前を支えたいと思っていた。誰よりも人間であるお前の理解者でありたいと思った。最後まで付き合おうと思った。だが……それが依存ではないかと思って、不安を感じて」
「僕は、僕の為に真太郎を利用しようとした。真太郎が離れることで、僕は僕でなくなるかも知れないと不安も抱いた」
「俺は俺である為に、赤司を利用していた。赤司から離れなければ、俺は赤司に依存し続けて自分を保とうとする。それが嫌だと思って……」
さわりと窓から入り込む風が二人の髪を撫でる。それを皮切りに、二人して、笑った。
「僕達、似たもの同士じゃないか」
「お前が俺と似たようなことを思ってて、少し安心したのだよ」
互いに互いを求めていたという事実が、少しだけ嬉しい。利用されていたと言われても、怒りは湧かない。結局緑間も、赤司を利用しようとしていたと言えるのだから。
「だからこそ、こんなに惹かれ合ったのかもね」
赤司は手を伸ばすと、立ったままの緑間の左手を取った。唇を寄せ、キスを施す。
「ねぇ真太郎。僕は気付いたよ。お前が好きだって」
指先を唇に当てたまま赤司は言葉を続ける。
「あの日の言葉は、僕がお前を利用するための言葉だった。お前がいなくなると僕に都合が悪いと思った。でも……一緒にいるうちに、気付けばお前のことが好きになってた。ありがちだろう? でも僕は、こんなありがちな恋を、初めてしたよ」
赤司は視線を落とした。
「苦しくて、仕方ないんだ」
その言葉に、緑間は言葉を詰まらせた。
赤司の気持ちに応えたい。赤司が好きだという気持ちもある。けれどそれに応えてしまった時、赤司に勝ちたいという思いがなくなってしまうのではないか、緑間はそれが不安だった。
「俺も、好きだ。この気持ちが恋だと、はっきりと言っていいのかわからないが、そう思う。でも応えてしまったら、俺はお前を目指そうという気持ちがなくなってしまうかも知れない。負けていて当然と思ってしまうかもしれない」
全中三連覇を果たしたあの日、気付いたのだ。赤司への想いに。
「俺はまず、お前を好きな俺である以前に、お前を超えたい俺でいたい」
初めて赤司を見た時に抱いたライバル心は今もなお緑間の中で輝いている。恋心よりも一層強い強さで。
「ふむ……それはそうかもしれないな。僕も、真太郎の上に立つ僕でいたい」
お前に勝ちを譲る気はないからね、と赤司は鼻で笑った。
「じゃあこうしよう真太郎。僕たちはこれから別々の道を歩み始める。それぞれの思う高みを目指して。本気で戦えるのはこの先三年間だけだ。それ以降は、僕たちはバスケだけでは生きられなくなるだろう」
言わんとしていることはわかった。緑間もそう思っていて、バスケ馬鹿でいられるのは残り三年間だけだと思っていた。それ以降はきっと、バスケか、それ以外の道か、考えなければいけない時期がやってくる。
「三年間。互いの一番望む自分であろう。そして」
「それが終わった時」
「二番目にしてしまったこの気持ちを、一番にしてあげよう。それまで、暫しのお別れだね、真太郎」
赤司はそう言いながら、将棋盤の上に綺麗に置かれていた歩兵に指先を乗せ、前へ進めた。
「というわけで、前哨戦、やるかい?」
「フン、望むところだ」
緑間は力強くイスを引いて座った。最後の、そしてはじまりの対局に、胸が躍った。



夕陽が街の影に沈もうとしている。空の頂上では夜空に星が瞬き始めていた。
未だいくつかの部活の生徒は残っているようで、校庭ではサッカーに興じる生徒の姿があった。勝ち負けは関係のないゲームに見えた。
二人の対局は今までと変わらず、赤司の勝利に終わった。しかし負けたというのに勝負がいつになく楽しく思えたのは、外から聞こえている生徒たちの楽しげな声のせいだろうか。
使い終わった駒を木箱に仕舞いながら、赤司はそうだと思いついたように言った。
「ねぇ真太郎。最後にキスしていい?」
緑間は目を見張った。
「……嫌だと言ったらどうするのだよ」
「僕の命令は?」
「絶対だとしても、ここで権力を振りかざす必要はないだろう」
「でも将棋、僕が勝ったよ」
「…………好きにしろ」
「素直じゃないね、真太郎は」
赤司は立ち上がると、将棋盤の乗った机を引きずって移動させる。イスに座った緑間の前には空間ができた。
春の風に乗って聞こえていた卒業生たちの歓声が、不思議と遠くに聞こえた。風になびくカーテンの音だけが耳に残る。
赤司は緑間を見つめていた。ただ静かに。その瞳の奥に、一体何を宿しているのだろうか。
肩に手が置かれ、赤司の顔が近付く。初めてのことに、緊張が強まっていく。
まるで睨み返すように近付く赤司を見ていた緑間に、くすりと笑い声がかけられた。
「真太郎、そんなに緊張されたらやりにくい。せめて目、閉じてよ」
言われて初めて、ムードも何もなかったのだと気付く。すまないと言いながら、緑間は慌てて目を閉じた。
しかし見えないのはそれはそれで緊張してしまう。いつ唇に触れるのか、心臓は早鐘を打つ。目を開けたい衝動に駆られるので、更に強く目を瞑った。
その後だった。赤司の唇が触れたのは。
短いキスだった。一秒になったかもわからないほどの短さ。
名残惜しさを感じてそっと目を開ければ、至近距離で赤司が見つめ返していた。
これが最後ではない。互いに自分の大切なものを優先した結果として、この感情に蓋をしてしまい込むだけなのだ。
けれど互いに合意したというのに、どうしてこれほどまでに胸が苦しいのだろうか。戯れだと思っていた行為が、どうしてこれほどまでに切ないのだろうか。どうしてこれほどまでに、相手が愛おしいのだろうか。
蓋をしてしまい込むこの感情を再び取り戻す日が来るかは、未来へ行かねばわからない。もしかしたら互いに新しい道を見つけて忘れてしまうかも知れない。バスケの道を経た結果、互いを嫌いになるかも知れない。
だからこそ余計に、この行為が一瞬で終わってしまうことが、何より寂しいと思えるのだ。
緑間はそっと目を閉じると、自ら唇を寄せた。
離れては寄せ、寄せては離れ。
名残惜しむように、二人は何度もキスを交わす。触れる度にこれまでのことが思い起こされ、離れる度に苦しさで息が詰まりそうになる。それでも幾度と無くキスを交わせば、瞳がじんわりと熱くなった。

どれほどそうしていただろうか。名残惜しさを感じながら終止符を打ったのは、赤司だった。
「こんなにも」
赤司は緑間の肩に顔を埋め、手を背に回した。
「こんなにもこんなにもこんなにも……好きなのにな」
笑った声。その声が微かに震えているのは、泣いているからか。
背に回された赤司の指先に力が籠もる。自然と、緑間も赤司の背に手を回していた。
「……ああ」
春風がカーテンを翻して教室内へと入り込む。頬を撫でる優しい心地を思い出す度、きっと今日を思い出すのだろう。
「俺も、好きなのだよ」
言ってから、唇をぎゅっと結んだ。堪えきれずに瞳からこぼれ落ちるのは、涙。

冷たくなった手を握ってくれた温もりも、
求めるように強く抱き合った感触も、
名残惜しむように何度も交わしたキスも、

なにもかも、なにもかも。
二人はその全てを「恋」と名付け、心の奥底に蓋をして仕舞いこんだのであった。



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はじめまして。ゆきがたと申します。
赤緑webアンソロジー始動おめでとうございます。
アンソロジーを企画してくださいました主催様、本当にありがとうございます。
これからの赤緑の益々の発展を願い、今日も元気に赤緑への愛を叫んでいこうと思います(笑)
ありがとうございました。
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