14:ねえ、かまって。




(七海と)










暖かな春の陽気が眠気を誘う、そんな穏やかな昼下がり。私と平士は当ても無く、でも彷徨う訳では無くて、カメラを片手にまだ見ぬ街を目指して草原の中を歩いていた

そんな時のこと



「あれ〜?」



響く平士の言葉に少しだけ先に歩いていた私は立ち止まり振り返る。見ると彼はカメラを手に首を傾げている。また彼は仕事用のネガで"無駄撮り"をしたのだろうか。たまにはとは言ったけれど、高価なのだから乱発はしないでほしい

けれど首を傾げてカメラをあちこち診ている…と云うことは、



「まさか、壊したの?」

「いやっ、そんな事は……………………………かもしれない」



誤魔化しても無駄だと悟ってくれたのか、彼は素直に白状した。とはいえ私物なら未だしも、仕事用のカメラだ。壊れたら大変な物なのに…



「いつの間に無茶苦茶したの?」

「してないしてないしてない!神に誓ってしてない!!」



大袈裟にそう叫んだ彼を目だけで訴えると、彼は目をぱちくりさせた後にばつが悪そうにまたカメラに向き直る。暫く思考した後に彼は辺りを見回してから一点を指差した



「…ちょっと弄ってみるから、あの木陰で一休みしよう」



彼が指差した方にはこの草原の小高い所にある一本の大樹だった



「……街に着いてから診て貰った方が良いと思う」



更に壊されて再起不能になっても困る



「大丈夫大丈夫。ちょっと診るだけだから」



な、と小首を傾げて手を合わせてお願いされては仕方が無い。人を疑わない平士に厳しめにしようとしている筈なのに、私はつくづく平士には甘いような気がした










樹齢何十年だろうか…もしかしたら何百年とかかもしれない。そんな大きな樹の木陰に適当に腰を下ろす。彼を見ると早速とカメラを診ていた

目を閉じて耳を澄ますと、そよそよと風が枝を揺らす。かさかさと葉が擦れる音も聞こえてくる。鞄から時計を取り出し見ると時刻は14時、を示している…お昼寝をするに相応しい時間に場所、なんだろうけれど…残念ながら眠気は来ない


…正直、退屈



彼はと云うと相変わらずカメラを弄っている。たまに独り言も聞こえてくる。これがこうで、あれがそうだから…いやいや待てよ……、そうか、もしかして!!………みたいな感じで



「…直りそう?」



返事は無い。人の話を無視するなんて事は平士はしない。聞こえてこないくらいに集中しているということなんだろうけど、


………退屈



「ねぇ、平士」

「んー、待って」



何が待って、なのだろうか。集中したいからは解るけど、解るけど、解るんだけど……


何でだろう、もやもやする





「平士!」



もやもやしていた私はいつの間にか立ち上がり平士の前に来ていて、カメラを横取って、声を掛けていた


自分でも一瞬、何をしているのか解らなかった



「な、に?………七海」



自分でも解らないのだから平士に解る訳もなく、カメラを持っていたままの手をキープしたままに、驚き顔で私を見ていた



「え、と……」



言葉が見付からないままに声を発して、でもやっぱり続く言葉が見付からなくて中途半端なままに声が風に流れていく


どうしてこんなことしているんだろう

邪魔したい訳じゃ、無いのに





「……ごめんなさい」



手にしていたカメラを平士に突き付けるように返して、私は平士から離れた。とはいえ離れ過ぎるのも良くないけど今は顔を合わせられないから、樹の陰に隠れるように…平士と背を向け合うように座った



少しだけの間は枝葉の擦れる音だけで静かだったけれど、カチャカチャと音が聞こえてきた。平士がまたカメラを弄りだしたのだろう

そんな音を聞きながら、膝を抱えて顔をうずめて考える。訳解らない奴だと思われただろう。実際私自身でもそう思う。暇だからって平士が一生懸命直しているカメラを横取りするなんて…



横取り……


あれ、でもそれって………










「なーなーみっ」



その声に顔を上げると、目の前には平士の顔。驚いて頭を後ろに反射的に退けようとしたら樹にぶつけてしまった



「大丈夫か?」

「うん……どうしたの?」

「カメラ、直ったんだよ!ちょっとフィルムが変な所に挟まってたから、取ったら元通り!」



先程の事は無かったことにしてくれているみたいで、いつも通りに私に接してくれている。それでとても有り難いのだけれど…



「そう、良かった…」



先程自分のしていたことが子供っぽいことだったことに気付いた私は、居たたまれなくて、ぎこちなくなってしまう。目を合わせられない。…平士にバレたくないのに、これでは精神感応力のある彼に伝わってしまう


いえ、或いは…





「七海、」



呼ばれておずおずと顔を上げると、顎を持ち上げられて、



唇に感触を与えられる





「な、に………?」



或いは、既に気付いていたのかもしれない



「ん、キスしただけ」



平士は人の感情に敏感だから



「平士、」

「いっ、いきなりだったからって文句言うなよ!大体七海が…」

「解ってる」



もう私がどうしようもないのは、解ってるから





「だから、その、もう一回…」





たまには良いよね、と自分に言い聞かせながら、呟く様に言葉にしたら、



「………よっ、喜んで」



頬を赤くした平士が照れくさそうに、目を細めて笑ってくれた





あ…その顔が好きだな、と思いながら



私はそっと目を閉じた















ねえ、かまって。










fin.



(七海と平士)

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