臨波 (0)
1025 14:36



怪我をした。なんて事はない、小さな怪我だ。死ぬ程ではない。そう自分に言い聞かせながら、腕に刺さったナイフを引き抜いた。鮮やかな赤色は愛用のコートの黒に飲み込まれて目立たないが、滴る血液を止めることは出来ない。ポタポタと血痕を残しながら俺は走り出した。
カラリ、と安っぽい音をたててナイフが落ちた。

幸いと言うべきか、足は無事だ。右手で左腕を抑え、なるべく暗い路地裏を選んで事務所へと向かう。追っ手は撒いたが、こんな時にシズちゃんに出くわしたりでもしたらさすがに逃げ切れる自信が無い。

しかし、静かな星の見えない空に溶け込みながら走っていた俺は、もう少しで事務所に着くというところである事に気が付いた。


──事務所には波江さんがいる。


そうだ、夕食を作って待っていてと彼女に告げたのは今朝の事だった。言われた仕事をきっちりこなす彼女は冷めた料理を並べて俺を待っているだろう。

それを申し訳なく思うと同時に、俺は反対方向に走り出した。

見せられない、見せられるものか、こんな無様な姿など。前に顔に大きな痣を作って帰った時とは違う、破れた服とその下の傷は渇ききっていなくて、ぼろぼろな、こんな姿。
傷口なんて見慣れているであろう彼女に気を使う必要など無いという事ぐらい分かっている。

じゃあ、これは虚栄心だろうか。

いったい何でだろう。何で俺は彼女一人の為にここまで見栄を張りたがる?たかが数ヶ月の付き合いの秘書に何を恥じる事がある?
これでも俺は波江さんの上司だから、だろうか。いや、上司である前に、俺は──

ぐるぐる回る思考回路をうまくまとめられないまま、新羅の家へと俺は走った。


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かっこつけたいざや



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