『…これ私がですか』
「ええ、お願いね。んもう!そんな嫌そうな顔しないの!マネージャーでしょ?」
『うう、了解です』

目の前には大きな段ボールがあり天方先生からこれを部室へ運んでくれと言う。たしかに私はマネージャーだけど力持ちの男子がたくさんいるというのにどうして私なんだとうなだれていたら「可愛い顔が台無しよ!」なんて言うから笑顔で段ボールを持って走ったのは内緒です

部室にいけば聞こえてきた話し声にもうみんな練習しているんだなと思いながらプールサイドに向かう

「あっ!あきちゃんやっときた!」
『おまたせー…よっと』
「なんだ?それ」

私が段ボールを地面に置くと囲むように近づく4人。すると渚が何か気づいたかのように「あ!」と声をあげておもむろに段ボールのふたを開ける。そこにはIWATOBIと書かれた水色と白を基調としたジャージとイワトビちゃんのイラストがプリントされた黄色のTシャツが入っていた。このイワトビちゃんをでざいんしたのはおそらく渚だろう

「言ってくれれば運んだのに」
『大丈夫だよ、私だって意外と力あるもん』
「えーでも前にビンの蓋開けるのに苦労してたよねー?」
『あ、あれはたまたま硬かっただけ!』

えへへーと笑いながら段ボールからジャージとTシャツを取り出し袖に通していく

「みてみてー!ジャージ!」
「ジャージはかっこいいんですが…なんですかコレ」

怜くんは渚のジャージをめくりイワトビちゃんが書かれたTシャツを見て眉間にしわを寄せる

「イワトビちゃんシークレットバージョンだよ?怜ちゃんがジャージにイワトビちゃん付けるの嫌って言うから」
「というかシークレットなんてあったんですか…」
『まあまあ。ほら渚早く脱がないと練習できないでしょ。みんなの分もここに入ってるから後で取ってね』

私がそう言えば渚は渋々と言ったん感じでジャージとTシャツを脱いで私に渡した。

「じゃあそろそろ始めようか。練習に入る前にまず県大会のエントリー種目について確認しておこう。俺はバックの100mと200m。渚はどうする?」
「僕はブレ!距離はやっぱり100と200かなぁ」
「ハルは…」
「俺はフリーしか泳がない」

予想通りの返事をするハルに「聞くまでもないか」と真琴も微笑む

「怜は?」
「僕はバッタしか泳げません」
「だーよね!」

「いずれにせよみんなそれぞれブランクがあって持久力がかけてるから短距離を中心にエントリーするのが良いと思う」

「個人はそれで決まりだね!」

「あとはリレーだけど…」

真琴がチラリとハルを見たがハルはそのままそっぽを向いた。それに「今決めなくてもいいか」とまた真琴は苦笑いした。こうしてみると本当に真琴はハルのことを良く分かっている。ハルは口数が少ないから分からない人には分からないけど真琴は全部お見通しって感じで関心する。それを言えばハルに関してだけじゃない渚のことだって怜くんのことだって私のことだって分かってたりする

「あき?」
『え?』
「大丈夫?ぼーっとしてた?」
『うん、ごめん。真琴のこと考えてた』

「え…っ」

「きゃー!あきちゃんったら大胆ー!」
『…ち、ちが!!お母さんみたいだなって思っただけで…!』
「えぇ…」
「まああきちゃんだしね。そうだよね」
『どういうこと』

「真琴、話」

なんだか機嫌の悪いような雰囲気のハルに私は首を傾げた。それに渚はなにやらニヤニヤ笑っているし怜くんは呆れた様子だし真琴は苦笑いと照れ笑いが混ざったようなよく分からない笑みをしている

「ごめんごめん、あ、あき。さっきのエントリー用紙に書いてもらっていい?」

『あ、了解』

「リレーは様子を見つつ考えるってことで…「大変です!!スゴイの見つけちゃいました!」

慌ただしく更衣室から飛び出してきたコウに皆何事かとコウのほうへ振り返る。コウの手には古びた感じのパンフレット。そのパンフレットの表紙には「岩鳶高校水泳部地獄の夏合宿in無人島」という風に書かれてありその事態には何か恐怖を感じるような字体だった。渚は“無人島”という言葉に目を輝かせていた

「これ何十年も前、まだ岩鳶に水泳部があった時代ですよ!だから、私たちもこの合宿にのっとって夏合宿しましょう!県大会に向けて!」

ハルは興味がないのかプールに足をつけながら「めんどくさい」と呟いた。それにゴウはバッサリさばきバサッとパンフレットの中身を見せた。

「見てくださいこの練習メニュー!海での遠泳特訓です。無人島から無人島へとひたすら泳ぐ!持久力をつけるには最適な訓練だとは思いませんかぁ!?」

それに渚の私もうんうんと頷く。しかし真琴が小さく「海…」と呟いたのが聞こえて真琴を見て私はハッと思いだした。小さいころの記憶。彼の親しかった漁師さんが台風の日亡くなったからだ。天候によって穏やかだった海も急激に激しくなり人一人の命など簡単に奪ってしまう。その恐怖心などから彼は海があまり好きではなかったはずだ

「今の水泳部に必要なのは持久力です!夏と言えば合宿です!海です!無人島です!」
「いや無人島は関係ないんじゃないですか」
「でも、なんかドキドキするよね!無人島!いいんじゃないかな!」
「でしょ!だから行きましょう!部長!決断を!」

そうゴウに言われて真琴は微笑んだ

「まあ、…いいんじゃないかな。県大会に向けて強化合宿っていうのは」

…本当にいいのだろうか。彼が平気なら私は、というか私たちはなにも言わない。さっきから水に顔を向けているハルもたぶん気づいているんだと思う。けどさっきからマコが少し無理して笑っているのが目に入り私は何も言えなかった。


その後、天方先生に夏合宿のことを話したがそんなお金はないとバッサリ切られてしまった。たしかに設立したばっかの部活にそんな部費があるわけなく、今回は諦めなさいと言われてしまった。そしてその帰り道にあるコンビニでそれぞれのアイスを買い食べながら下校していた

「うーんでも、いきたいなぁ。無人島。部費が駄目なら自分たちのお金でいけないかな?」

「そんな余裕はありません」

『交通費馬鹿でかいと思う。それに無人島まで行くならやっぱり…船?』

「船かぁ…」

「それに自腹でジャージも水着も買っちゃったのでお金がもうないですよ」

「俺も買った」

「僕も僕も!」

「怜くんはともかく全員水着買う必要はなかったでしょう?」

コウの言うとおりだと私もうんうんと頷く。あの時は怜くんのために行ったというのに結局みんなが水着を買っていた。コウはハルに向かって「特に遙先輩。全部似たようなものだし」と呆れ顔で言っていた。それにハルはすこしムスっとした顔で「締め付け感が違う…」と言っていたが私も普段水着を着ないからどんなものかよく分からなくてコウと同じこと思ったのは内緒だ

「じゃあみんなでバイトでもしようかぁ」

「今からじゃ遅いですよ」

「残念だけど計画倒れかぁ」

「いや俺がなんとかする」

前の一年がうなだれているといきなりマコがそんなことを言った。さすがに驚いて私も声を出して真琴を見た。いつもの笑顔だけどすごく真剣なんだろうなっていうのが伝わった

「お金をかけずに行く方法、考えてみるよ!」

「おお!マコちゃんがやる気に!」

「部長頼もしい〜!」




そんなこんなで橘家に行ってから七瀬家と移った。真琴が持ってきた大きなキャンプ道具などを畳一面に広げていく。テントも2、3個。調理器具や食器、BBQなどができる網とか洗剤にやかんに…とにかくいろんなものがあった。

「けっこう本格的ですねぇ」

「うちは昔から夏はキャンプに行ってたからね」

「人の家を勝手に置き場にするな」

「だってハルちゃん家が一番広いし、それにあきちゃんが良いよって言ったんだもん!」

「秋羅はうちに住んでない、よく泊りにくるだけだ」

勝手に許可したことにゴメンねと謝れば、別にとため息をついたハル。渚はパンフレットを持って「これ全部無人島かな?いっそ無人島でキャンプっていうのも〜」と楽しそうにしていると後ろから怜くんが止めた

「無人島でバーベキュー!」
「バーベキュー!」
『バーベキュー!』

ルンルンな感じでコウも私も賛同すると怜くんから「無人島から離れてください」と真面目なことを言われて私たちは苦笑いをした。あとは交通である船代だ。船なんて持っている人なんてそうそういない…と思っていたら真琴が思い出したように携帯を取り出し笹部コーチを呼び出した。私たちが必死に笹部コーチに船を頼めば送り迎えだけしてくれるということになり、なんとか夏の合宿は計画通り煤うことができそうである

そしてみんながそれぞれ帰宅する電車でお別れすることになり、私と真琴とハルは皆を見送った。電車が行くのを見て真琴が私たちを見て「帰ろうか」と微笑んだ

『今日もいっぱい動いたねー!』

「そうだね。…あ、ちゃんと前見て歩かないとこけるよ」

『平気だよ。後ろ歩きはもう慣れっこだもん。』

そう言って私は二人の顔を見て笑った。真琴は相変わらず心配そうにしながら私を見て「そっか」と微笑んだ。隣には広い海が広がっている。それを見ていると真琴が口を開いた

「良かったね、これでなんとか合宿行けそうだね。あとはあまちゃん先生に許可とらなきゃ」

『あ、私が朝行って取ってくるよ』

「最近早起きだもんね、あき。俺も行くよ」

『ありがと、ハルも一緒にいこ』

「…ああ」

「みんなで合宿かぁ、楽しみだな。あ、でも怜は初心者だからちゃんとフォローしないと」

私とハルは真琴を見た。楽しそうに合宿のことを話しているが本心はどうなんだろう。まだ海が怖かったりするのではないか。真琴は自分一人のせいで合宿を中止させたくないと思っているのではないのだろうか。とにかくそんなことを頭をグルグルと考えさせた

私とハルが足を止めたのはほぼ同じだった。それに気づいた真琴はハルに振り返った

「…?どうかした?二人とも…」

「…本当に、大丈夫なのか?」

真琴は何のことなのか分かっていないらしく不思議そうに首を傾げた。ハルが「海」と呟くと真琴の雰囲気が一瞬変わったのが分かった。ハルの後ろに隠れ私の手を握るあのころの真琴のことがフラッシュバックした。真琴は顔をあげて「大丈夫、もう昔のことだから」と言ってまた笑う。ああ、私はまた君のその笑顔に甘えてしまうのだろうか。真琴に何を言えばいいのか私もハルも分からなくてただ黙ることしかできなかった。ハルはただ黙って歩きはじめたそれに続いて真琴も、私も歩いた

「じゃあまたね、あき、ハル気を付けて」

「ああ」

『真琴も気を付けてね』

手を振り去っていく真琴の背中を見て私とハルは顔を合わせて、「私たちも帰ろうか」と微笑んだ。
するとハルが口を開く

「真琴は…なんで嫌なのに嫌だと言わないんだ」

いきなり、珍しくそんなことを言うものだから私は目を見開いて驚いた。すぐに元の顔にもどり私はうーんと考えたあと微笑む

『やっぱり、みんなのために。…じゃないかな?真琴って弱音を吐かないじゃない?皆が楽しみにしている合宿を自分一人のせいで壊したくないんじゃないかな。それに泳ぎたいんだよ』

「みんなのため…」

ハルはなにか納得したようだった。真琴だったら有り得る話だな、と思ったのかな。実際真琴は全く弱音を吐かない。いつも私たちは真琴に助けてもらっているというのにこういうとき何もできない自分が歯がゆい。助けたいという気持ちはあるのにどうやったら真琴を助けられるのか全くわからないのだ








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