色めくネオン街。視界に飛び込んでくるたくさんの店々や街頭、車のライトの光が夜の暗闇を呑み込み赤、青、黄、と様々な色の煌めきがわたしたちを包む。夜の街は大人の世界、子供の頃はそんな魅惑的な到底自分が味わうこともできない遠い世界に憧れにも似た気持ちを抱いていた。でもそんな世界に足を踏み入れることは簡単だった。だって気づかない間にわたしも呑み込まれていたもの。

明るく賑やかな街路樹から少し離れたビルとビルの間。そこでは繁華街のきらびやかな灯りが申し訳程度に差すだけで月の光だけが辺りを薄あかるく照らしているだけだ。わたしはそれを頼りに相手の男の顔を見た。車のクラクションや人混みのざわめきなどが遠くに聞こえるだけでここは閑静だ。こんな人が寄りそうもない場所にはわたしと目の前の男だけしかおらずお互いの呼吸の音だけが鮮明に耳に入る。そして男が動く。触れるだけだったお互いの指先が強くしなやかに絡め合う。段々と攻め寄られ直に肌の温もりが分かるほど密着していく体。男の手がわたしの頬から下に首、鎖骨そして胸の形をなぞりながら腰のラインを堪能に味わいながら滑る。

あぁ、なんて、なんて、なんて─…

、と視界がより暗くなったのと同時に唇に何かごわついた違和感を感じたかと思えば口の中にぬめりとしたものが嫌がおうなく入ってきた。途端にわたしの目はその違和感に大きく開かれ何をされたのか瞬時に悟った。キス、された。

──気色ワルイ

「!?…っや!!」

力の限り男の胸を押し返した。いきなりのことで油断したのか「って、!」と男は声を上げ地面に尻餅をついた。顔を上げた男の表情を言葉で表すと"は?"っていう感じ。それはわたしの台詞だ。キスってこんなに気持ち悪いものなの?身の毛がよだつとはこのことだ。震える息を一呼吸置いて、整える。キスをされたと理解した時ゾワッと鳥肌がたつ様な気色悪さを体の芯から感じた私は頭で理解する前に体が先に拒否反応を示したらしい。よって男を突き飛ばした。

「…うぇ、気持ち悪い」

眉を潜め呟いたわたしの言葉に「はぁ!?」と男の目がつり上がった。まぁそうよね。そんなこと言われれば。でも本当なの信じて、なんて相手を逆立てするだけの台詞を言えるはずもなくただ口の中にある気持ち悪さを払拭するべく、ぺっと唾を吐いた。あ、しまったこちらの方が効果的だ。

それが引き金だった。

男の頬がピクりと動いた。やばい。男がわたしを掴まえようと手を伸ばした瞬間、わたしは咄嗟に暗闇の道を駆け出していた為掴まえようと伸ばされたその細身の腕は宙を舞った。「くそっ」と後ろで悔しがる声と地面の砂利を踏みしめる音が追ってきた。逃げなきゃ、わたしは一目散に一本道と化している路地裏を駆け出した。

わたしがビルの角を曲がった時だった、ドンッと誰かの胸にぶつかったのだ。頭上から「あ?」というすっとんきょんな低い声が聞こえたのと「あ、」とわたしが顔を上げたのは同時だった。視線が、交わる。ぶつかった人物は暗いなかでも鮮明に分かる赤い髪の色のつり目がちなスーツを着た男だった。あれ、かっこいい、そんな場にそぐわぬ考えを見抜かれたのかギロリとした目線で射ぬかれた。ごめんなさい、と謝罪を言おうと口を開いた直後に後ろから「くそアマどこ行きやがった!」という怒声が近くから聞こえたので名残惜しかったが目の前の赤毛の男から目を反らし男から離れた。

はずだったがぐいっと腕が引っ張られ赤毛の男に口を塞がれ看板の影に連れ込まれた。わたしが驚愕して顔を上げると人差し指を口元に持ってきており「しっ」と言われた。喋るな、ということだろうか。わたしを、助けてくれるの?そう瞳で訴えかけるもこの男はこちらを見ない。しかし今の状態は後ろから抱きしめられている様な体勢で幾分か先ほどより距離が縮まっている。そのことに今まで動いていなかったんじゃないかと思うほどの異様なまでの胸の高鳴りを肌で感じた。見上げる男の横顔は追ってきている男よりも端正な顔立ちをしていて見惚れてしまうほどかっこよかった。

先ほどの男は反対方向に走っていったらしい。足音が遠ざかると赤毛の男は速やかにわたしの口元の手と体に回っていた手を離した。わたしの体を包み込んでいた体温がふわっと消えた。また、名残惜しいと思ってしまった。

「あ、その…タスケテ!」

咄嗟に口をついて出た言葉に自分で驚いた。見ず知らずの人に助けを乞うなんて、と呆れるもわたしの手はきゅっと男の袖口を掴んでいた。返事がない為再度口を開き「あの」と催促するように言うわたしに男はしかめっ面で頭をボリボリと掻いた後、深い溜め息を吐き「…行くぞ」とわたしの腕を掴みズカズカと来た道を戻り返した。あら優しい。乗りかかった船うんにゃらというやつだろうか。しかし、こんなことになるならハイヒールなんか履いてくるんじゃなかった。じくじくと痛みだした小指の痛さが無償にやるせなくなった。

無言の男としばらく歩くと先ほどの路地裏の薄暗さから一変、たくさんの人がおりなすこの街路樹の明るさが目に沁みる。どこにいくのか皆目検討もつかなかったがコンビニを横切った後そこに訪れた。夜の公園だ。男はわたしを公園のベンチに座らせ自分は何も言わずどこかへ行ってしまった、と思えばすぐに戻ってきた。缶コーヒーを両手に。

なんだ、戻ってきてくれたのか

「大丈夫か?」
「あ、はい、その、ありがとうございました…」

この赤毛の男はキッドと言うらしい。何だかいやに似合う名前だ。サラリーマンらしく仕事の帰りに先ほどの場面に遭遇した、と。助けてもらう義理はなかったのに。なんてね。

「なんだ彼氏と喧嘩か?」
「彼氏違う、キスが気持ち悪くて突き飛ばしたの」
「は?」
「だから、キスが気持ち悪かったの」

「キスってこんなに気持ち悪いものだとは思わなかったわ。ドラマとか小説とか嘘っぱちなのね」と呆れ気味にふんっと鼻を鳴らすと一旦間を置いてから男は堪えきれないと言う感じでわははと笑った。まさか笑われるとは心外だった。わたしはカアアと熱を持つ頬に動揺して缶コーヒーの根蓋をカツン、と開けそこなってしまった。

「な、なにか笑うとこありましたか」
「いや。おまえってさ好きで仕方ねぇ奴とキス、したことねーだろ」
「は?」
「好きな奴とするのは格別だな。すげー気持ちイイんだよ」

「キスだけじゃなくセックスもな」なんて恥ずかしげもなく抜かしレロっと舌を魅せる男に動悸が高鳴った。頬は冷めるどころか逆に熱が上がった。経験豊富な大人の男の余裕というものなのか、わたしは悔しい気持ちと魅了される気持ちが混合して訳が分からなくなってしまった考えを落ち着かせるべく男から目を反らしきゅっと缶コーヒーを握った。

「…そこで照れるとこがお子ちゃまなんだよ」
「お子ちゃ…!?わたしだってもう大人よ!」

経験浅いわたしの表情を読んだのかそう言った彼にカチンときて「お酒だって飲めるもの!」とムッと口を紡ぎ赤毛の男に詰め寄るわたしはやっぱり子供なのかもしれない。しかし予想外の発言だったのか「まじかよ」と唖然とした表情でこちらを見る赤毛の男にやっぱりわたしは大人なのかもしれないと思った。

拳三つ分くらい詰め寄ったことでくっきりと顔が瞳に映し出された。鼻筋まで分かる。いい機会だった為、男の顔をまじまじと見てから耳に目がいく。わぁピアスたくさん。こんなのしててもサラリーマン出来るんだ。フリーターであるわたしにこんなこと思われてるなんて知ったら怒るだろうか、ていうかこんな人がデスクワークしている想像が出来ないなぁ、と失礼なことを考えていると男は何を思ったのか「悪かったよ。だから顔離せ」とぐいっとわたしの顔を片手で退かしてきた。あ、まただ。胸がきゅうってした。さっきからキュンキュンと胸を突く痛さでどうにかなってしまいそうだ。こんなの初めてだ。どうしてしまったんだろうかわたしは。気まずさ故にわたしはコーヒーを一口頂いた。そして深い溜め息をひとつ吐く。

「でも、無理よ。未来永劫わたしはキスがいいなんて思えなさそう。あんなの嫌」
「分からねぇだろ」
「分かるわよ」

「分かっちゃうんだから」、諦め気味にそう言い切りぐーと背を伸ばしたわたしに彼は何を思ったのか「ふーん」と少し考える素振りを見せたあとこちらをジッと見詰めてきた。

「なに?」
「…なら、おれが気持ちよくしてやるよ」

え?

デジャブ。視界が何かに塞がれたと同時に唇にマシュマロ。するりと唇を押し開けられ口の中に熱いぬめりとしたものが入ってきた。それが舌だと悟るのはすぐだった何故なら今日で二回目の経験なのだから。目を覆っていたごつごつとした手はわたしの頬に添えられた。キス、された。さっきとは違う何もかもが違う。相手からする匂いもとろけるような熱もわたしの感情の高ぶりも。舌と舌が絡め合う高楊感に浸る。わたしの体は拒否ることもなく寧ろ、───むしろ彼に身を委ねてしまう。

もっと、もっと、もっと

自分から体を密着させる。わたしが猫であるならゴロゴロと喉を鳴らしているだろう。先ほどとは決定的に違う感情が頭を駆け巡った。体の芯がうずきこれ以上を欲してしまう。「ふ、ん」と艶めかしい声が出、酸素を欲するも唇を離したくない。

目を瞑りキッドの首に腕を回そうとした時だった、唐突に唇は離された。あぁ、やだ、やだ。「はぁ…は、」と息を整えながらも存分に名残惜しそうにしているであろうわたしの顔を見たキッドがニヤリと不敵に笑ったのをわたしは悔しくそして嬉しく感じた。

──あぁ、そうか、そうか。

腰が抜けそうなほどの快感はわたしの思考を麻痺らせたがキスは何ものにも変えがたく─…

「気持ちよかったか?」

ワザと耳元で囁かれた言葉。なによ、意地悪。分かってるくせに。借り物の猫のように大人しくなったわたしに彼はまた不敵に笑うだけ。

どうしよう虜になってしまいそうだ





20110809
from きゃんちょびさん






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