すう、と大きな吐息が首筋に掛かった。ぞくりと全身が泡立ち、背中側からもたれ掛かるように肩に顎を乗せた男の顔をちらりと見る。この気候に負けたらしく、ゾロは気持ちよさそうに寝息を立てていた。

「ゾロー…?」

 声をかけても、ぐぅ、といびきが聞こえただけ。あまりにも気持ちよさそうに寝てるものだから、私まで欠伸が出てしまった。この人一体、どれくらいで起きるんだろう。ぽかぽかと照りつける太陽を浴びてると、ゾロがこんな風に寝てしまう気持ちもわからなくもないけど。

「…重い」
「……」
「もー…、」

 彼はこうして私の背中にもたれ掛かって寝るのが好きで、私はこうしてゾロに包まれるように座るのが好き。ただそれだけのことで、ゾロが私自身の事をどう思ってるかだなんて知らないし向こうもそれは同じはず。傍から見れば恋人のようで、でも実はそんなことなくて。

「人の気持ちも知らないで」

 いい気なもんだ。
 人の背中でぐーぐー寝て、まるで抱きしめられてるかのように回された手は内腿にぴたりとくっついてる。顔だって少しでも動けば彼の頬に唇が触れてしまうほど近くにあって。だから身動きの取れぬまま、ただじっと正面を見つめているしかないのだ。

 ゾロが眠ってしまって何分か経った頃か。強い風がびゅうっと私たちにぶつかってきた。それに揺らされた髪が顔にかかり、咄嗟に振り払うように頭を振る。それでもまだ、中途半端に伸びた前髪が邪魔をしていた。

「…、なまえ…」
「……へ?」

 やばい、今ので起こしちゃったかと思ったけど、どうやらそうではないみたいだ。小さく掠れた声で紡がれた私の名前は風に乗って鼓膜に響く。凄く心地よくて、照れくさい感情がじわりと頬を熱くした。理性が崩れそうとは今の私みたいなことをいうのかもしれない。別にゾロとどうしたいだとかじゃないけど、これ以上密着してるのは今日の私には心臓がもたなそうだ。

「…ゾロ、」
「……」
「ゾーロくん?」
「ん…、」
「起きてくださーい。朝ですよー?」

 昼だけど。ぴくりと動いた指先が私の内腿をなぞる。ゾロが私の背中で寝るのが好きなだけだったとしても、私が好きなのはゾロに包まれるように座ることだけじゃない。ゾロ自身が好きなんだ。きゅっと手の甲を抓ると怪訝そうな唸り声が聞こえ、むくりと私の肩から身を起こした。ゾロがもたれ掛かってたところはじわりと少しだけ湿っぽい。

「んだよ、人が気持ちよく寝てんのに起こすんじゃねェ」
「寝すぎだよ」
「寝る子は育つっつーんだよ」
「寝る"子"って…」

 そんな柄じゃないでしょ、と振り返ると、欠伸をしたばかりのゾロの少し潤んだ瞳と目が合う。起こすんじゃねぇなんて言ってるわりには、別に怒ってる様子はなさそうだ。

「何かゾロのせいで背中湿ってるんですけどー」
「お前の汗だろ」
「何でよ、ゾロがひっつくからじゃない」
「お前の背中気持ちいいんだよ、クッションみてェで」
「…悪かったわね、背中にまで肉がついてて」
「ぶっ、」
「笑うな!」

 勢いよく身体ごとゾロの方に向いたら、またばちんと視線が交差した。いい加減、気付いてほしいよ。この鈍感男。ちょっと腹が立って、拳を握ってゾロの腹筋にパンチを喰らわしてやったが案の定ぴくりともしない。

「…効かん」
「ゾロってやっぱバカ」
「あ?斬られてェのかお前」
「私はただのクッションじゃないんですけど」
「…何言ってんだお前」
「ゾロが鈍感だって話ー」

 島に出てったみんなはまだ帰って来そうにない。きっともう少ししたら、両手いっぱいに荷物を持たされたウソップとご機嫌なナミあたりが帰ってくるだろう。ぼけっと間抜け面を晒しながら考え事をしてたら、突然胸倉をぐいっと引かれて我に返る。気付けば顔はゾロの鼻とくっ付くくらいの距離で、睨むような視線が私に刺さる。

「な…っ、なに…、」
「そっくりそのまま返してやる」
「は?え、なにを?」
「てめェが鈍感だって話だ」

唇が触れるまで、あと1センチ。
あと5ミリで二人同時に小さく笑う。
そしてやっと触れたのは、ほんの数秒だった。



恋人ごっこはもうおしまい






20101101
from カイちん






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