キッドくんに「なまえさんのナンパの仕方が分からないんすよ」という一世一代のカミングアウトをされてから、一週間。キッドくんは相変わらず毎日のように私の働いているカフェに足を運んでくる。この前私に告白まがいな事をして開き直ったのか、キッドくんは来店しては私の顔を見る度に少し嬉しそうに手を振るようになった。流石に笑顔で、とまでは言わないが、笑顔になるのをこらえるように口をきゅっと結び、しかし口角を上げて挨拶してくれるんだから、私までつい嬉しくなってしまう。そんな笑みをこらえる私を見てイラッときたのか、横にいたローは私を肩で押してきた。私が何かしたかと思い、キッと睨み付けてやれば、「発展してなさすぎだろうぜェ」と舌打ちされた。このヤリチンが!こっちはピュアだからね!ローの事は放っておいて急いでキッドくんのついた席へと駆けつける。

「キッドくん、毎日のように来てよう飽きないね」
「ここのラテ好きなんで」
「ラテ好きの男の子って可愛いね」

 それ嬉しくないですよ、と若干照れながら言うキッドくんを見てつい笑みがこぼれてしまう(自分が気色悪い)。今日は一生懸命メニューの方を見ていたので、ラテ以外に何か頼むかなあと待っていれば、キッドくんがやっとこっちを向いた。「ご注文は何、」、言い終わる前にキッドくんは「明日、」と私に話しかけ始めた。

「ごめん、ごめん、何」
「俺こそすいません、注文はいつも通りラテだけなんですけど、」
「あ、ラテだけ」
「なまえさん明日予定空いてますか」

 (あんなにメニュー見てたのにラテだけ頼むんかい)と心の中で一人ツッコんでいると、私に明日予定空いてるか聞いてきた。まさかお誘いしてくれる訳ないよな…と淡い期待を持ちながらも「明日は何も予定入ってなかった筈」と返せば、若干悪そうにニヤリと笑って(この微笑み方を見て、改めて何でローと友達なのか分かった)、「じゃあ明日5時にこの店の前に来てください」と言ってきた。驚いたのと嬉しいのとで混乱した頭のまま、私はとにかく何回も頷いておいた。

「え、でも明日土曜日だけどキッドくん、友達と過ごさんでいいの?」
「なまえさんとデートしたいです」

 さっきの悪いニヤつき顔はどこかに消えていて、キッドくんはいつもみたいに若干照れた様子で返してきた。この子は短時間でどれだけ違う表情を見せるんだろうか、なんて考えながら「明日5時ね」っと勝手にニヤける口をメニューで隠しながら言う。「うっす、」と照れながら軽くお辞儀をするキッドくんを後に私はカウンターへと戻る。チラッとキッドくんを見れば、片手で大きく口元を隠しながら携帯をいじっていたが、耳だけが真っ赤で何だか笑えた。
 カウンターに戻ればローが若干イラついた様子で私に自分の携帯を見せてきた。どうせ一昨日出来た彼女とのやり取りでも見せてくるんだろう、と思ってメールを見れば「明日デート勝ち取ったわ」という内容であった。もしかしてこれはキッドくんからのメールなのかとローの方を見れば、中指でキッドくんの方を指差していた。わざわざローに報告するキッドくん可愛いなあ、なんてキッドくんの起こす一挙一動が魅力的に思えてしまう私もだいぶ重症だなとやっと私も自覚するようになった。明日のデート楽しみだな、何を着ていこう、あんまり張り切りすぎるとヒかれるかな、そんな事をあれこれ考えていれば、いつの間にかニヤけていたのか、ローが頭を叩いてきた。こんな男に何故彼女が出来るのか私には未だに分からない。
 次の日、何を着てこうだとか、どんなメイクをしていこうだとかあれこれ考えていれば、もうすぐ家を出る時間になっていた。張り切ってる感を出さない為にスカートやワンピースではなく、スキニージーンズを履く事にしたが、やっぱりこれだけではと思い、普段しないメイクも少ししてみた。約束の時間の10分前には着いたのに、既にキッドくんが待っていた。

「え!ごめん!待った?」
「俺も今来た所なんで大丈夫ッスよ」
「いや嘘でしょ、ほっぺた真っ赤だよ」
「はい嘘つきました、楽しみすぎて10分前に着いちまって、」

 恥ずかしくなったのかスカーフで顔半分隠しながら返してきた。思ってた以上に素直な子だなあ、驚いたと同時に楽しみにしてくれてた事が嬉しくて、思わず私の顔に満面の笑みが広がる。私がキッドくんの事を笑ってたのに気付いたようで、キッドくんは「笑わないでくださいよ」と顔半分を隠したまま言ってきた。映画を観に行く事になっていたため、二人で映画館へと歩き始める。映画は今話題になっているラブコメディーを観た。キッドくんはこういうのよりアクション系の方がいいんじゃないかと観る前は心配だったが、映画の途中、隣に座るキッドくんを観れば真剣に映画に見入っていて安心した。映画の後は夜ご飯を食べにレストランへ入った。

「映画良かったッスね」
「そうだね、それよりもキッドくんがラブストーリー好きな事が意外すぎて」
「俺そんなイカツい奴だと思われてるんですか」
「ローと友達な位だし考えがぶっ飛んでるのかなと思って」
「あー…ていうか、」

 「なまえさんの前だから大人しいってのもあります」、そう言うとキッドくんは照れ隠しにか飲み物を一気に飲み干した。やっぱり私が年上だから気遣ってくれてるのかなと思い、ごめんと謝ればキッドくんはすぐに違うと否定してきた。

「いや、そういうんじゃなくて、」
「あ、違うの」
「一週間前にも言いましたけど、俺なまえさんの事好きなんスよ」
「あー…」
「年とか関係無しに、そりゃ俺だって好きな人の前じゃ嫌でも大人しくなりますよ」

 いつものように照れながらそう言ってきたキッドくんがいつも以上に紅潮しているのがすぐ分かった。私はキッドくんみたいに素直な人間ではないため、こういった事に慣れていない。何を言えばいいのか分からないし、目をどこに向ければいいのかも分からず、黙っていればキッドくんがククッと笑い始めた。

「すぐに返事貰おうとだとか思ってませんよ」
「いや、あの、でも、何ていうか、」
「でもなまえさんが思っている以上に、俺なまえさんの事好きなんで、」

 「勢いで何かしでかしたら本当すいません」とキッドくんは若干自嘲気味に笑いながらそう言ってきた。このギャップ感がたまらない年下の男の子にこんな事を言われてオチない女子はいるのか。黙ったままなのもどうかと思ったので、持っていたナイフとフォークを置いて、両手を足の上に置く。何だか照れくさかったため、軽くお辞儀しながら「私も好きです」と限りなく小さい声で言えば、カシャーンと何かが床に落ちる音がした。びっくりして顔をあげれば、どうやら私の返事に驚いたキッドくんがフォークを落としたらしい。顔が私以上に赤くなったキッドくんが可愛くて笑えば、キッドくんは「そういうの本当反則ですって、」と弱々しい声で返してきた。



美味しくあれ






20130306
title by 亡霊
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