私は基本後輩によく好かれる方ではある。特に一年生の次屋や左門にはよく懐かれている(実を言うと次屋と左門よりも富松と仲良くしたいのだが何か彼にだけは警戒されてる)。二年生の田村とも仲良いし、基本的に誰とも仲良いのだが、綾部とは三木や次屋のように一緒に外に遊びに行ったりする程仲良い訳ではない。だから今こうやってグラウンドの隅っこにある花壇で水遣りをしている時にまさか綾部が来るとは思ってなかったし、更に急にキスまでされるとは思ってもみなかった。
 今日は暑いね、そうですね、なんて他愛も無い会話をしていると急に目の前が暗くなり、気づけば私の唇は綾部のそれによって塞がれていて。もちろん思考回路が元々遅い私に何が起こっているのかなんて理解出来る訳も無く、私はひたすら混乱する他なかった。また明るくなった視界に瞬きをし、目の前を見ればいつものように無表情で私を見つめる綾部がいた。私が何か言い出す前に綾部は何も無かったかのように校門の方を一度見て、私に口を開いた。

「先輩ってアイスクリイム好きですか」
「え、うん、好きだけど」
「じゃあ食べに行きましょう」

 綾部は周りから不思議ちゃんとして知られているため、このように急に話題を変えられる事は珍しい事では無い。しかし急にキスされた事は私からしてみれば大事件であったため、急に話題を変えられた事に逆にびっくりした。混乱してる私が誘い等を拒否出来ない事をきっと綾部は知っている。今まで暑い中外で頑張って水遣りをしていた為、若干汗ばんだ私の手を、色黒知らずの白くて綺麗な綾部の手が掴む。私の通う学校の生徒がよく寄る駄菓子屋でアイスを二つ購入する。近くにある公園のブランコで二人座りながらひたすらにアイスを食べていたが、やはり先程学校で起こった出来事が気になり、私は長い事続いていた沈黙を切ってみせた。「あの、綾部」と少し引き気味に名前を呼べば、綾部はアイスを口に含んだまま「何ですか」と答えた。

「さっき何でキ、キスしてきたの」
「嫌でしたか」
「嫌とかそういうのじゃなくて、何でかなと思って…急にだったし…」
「嫌だったらもうしません」
「いや、嫌じゃないけど、」
「じゃあもう一回していいですか」

 綾部は私を困惑させるのが上手だな、なんて先程とは違って冷静にそんな事を考えていた。しかし、もう一度よく綾部の言った事を考え直してみればやっぱりおかしい。今日の綾部は何だかおかしい。いつもの綾部であれば、きっとアイスを食べ終わった後一人で公園にある遊具で遊ぶだろうに。しかと聞こえた綾部の「もう一回していいですか」が頭の中で自動再生される中恐る恐る綾部の方を見てみれば、綾部は私の方をじっと見つめていた。

「やっぱり駄目ですか」
「いや、あの、綾部は私の事好きなの?」
「はい」
「ええええええええ」

 今日はエイプリルフールじゃないよ!なんて心の中で綾部にツッコんでみるも勿論彼に聞こえる訳も無く。ええ!と驚く他に面白いリアクションも取れない私に綾部は「先輩アイスクリイム溶けてます」といつもの無表情顔で言ってきた。「え、あ、ありがとう、」そう言って指にまで垂れてきそうなアイスを舐める。早く食べ終わらせなきゃと顔を上げた拍子に綾部はまたタイミングを計ったのか、私の唇にキスを落としてきた。何でまたするの、私返事してないよ、今日は暑いから綾部の思考もおかしくなってるだけだよ、まだアイスも食べ終わってないよ、など言う事は沢山あるのに、どれも口から出て来なかった。また急にキスをされて頬を赤らめてる私なんかお構い無しに綾部は急に立ち上がり、ただ一言「行きましょう」と言って、私のアイスを一口で食べ終えてしまった。

「え、どこ行くの」
「分かりません、けど歩きましょう」

 そう言って今度はアイスが溶けて若干べとりとした私の手を綾部が掴んだ。先程とは違って、綾部の手は少しだけしっとりしていて、顔もちゃんと見れば耳まで赤くなっていて、私はやっと彼が照れている事に気づいた。綾部の照れる所なんて初めて見て、可愛い所もあるんだと思わず微笑してしまう。そんな私に気づいたのか、綾部はくるりと体を私の方に向かせて、今度は額にキスを落としてきた。そして照れる私を見て満足したのか、先程より元気よく速めに歩き出した。取敢えず明日田村に綾部の扱い方を聞いてみるとしよう。



20121012/白は囁く
title by 亡霊
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
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