人魚と彗星の続きのようなものです

 携帯番号と名前が書かれたメモ用紙を渡されてからもマルコさんはいつも通り毎日私の働くコンビニへ同じ時間帯にやって来た。今まで"いらっしゃいませ""ああ""ありがとうございました"程度だった会話も、私が彼のことを「マルコさん」と名前で呼ぶようになってから色々世間話もするようになった。しかしマルコさん、と呼ぶようにはなったが、携帯の方は流石に気が引けてしまい、電話もメールも出来ずにいる。
 カウンターに置かれるいつも同じ具のおにぎり二つとお茶のペットボトル。いつもこれだけで足りるのかと心配になりながらもレジを打つ。

「あの、毎日お疲れ様です」
「ん、ああ。お前もな」
「、ありがとうございます」
「働くのも良いが、しっかり休めよい。痩せすぎだよい」
「…マルコさんも、ちゃんと食べて、ちゃんと休んで下さいね、」

 せっかく私の心配をしてくれたのに、私は何てお節介なことを言っているんだろうか。しまった、と頭を抱えたくなったが、マルコさんは少し吹き出すように笑い、『ありがとよい』と言って店を出た。それだけの事なのに嬉しくなってしまうあたり、私も重症なのだと思う。
 ほぼ毎日のことだから慣れてきてはいるのだが、流石に夜遅くまで働くと疲れる上に夕食を食べる時間を逃してしまって、帰って自炊する気も失せる。だがせめて軽食でも食べなければと思って、帰る間際に店内のものを見て回る。するとマルコさんがいつも買っていくおにぎりがふと目に入った。毎日買っていくくらいなのだから美味しいのだろう、そう思ったが、それよりもマルコさんが食べてるものを私も食べてみようという乙女的思考が発動し、私はそのおにぎりを手に取り、買った。

「お疲れ様でーす」
「あ、なまえちゃんお疲れ!気をつけて帰ってね」
「はーい、お先に失礼します」

 次のシフトの人に挨拶をして、重たい体を動かし裏口から外へと出れば、裏口前にある段に腰をかけている人がいた。最初は暗くてよく見えなかったが、目をこらしてよく見てみると、驚いたことにマルコさんである事が分かった。マルコさんも私に気づき、私の方へ歩いてきた。

「マルコさん?え、何でいるんですか?」」
「いや、近くに寄ったんだがまだ働いてるみてェだったから」
「…?私にバレないようにエロ本でも買おうとしたんですか?」
「違ェよい、馬鹿。お前に用があったんだが、忙しそうにしてたからよい」
「え、ああすいません。それで、どうしたんですか?」

 そう私が問いかければマルコさんは一瞬戸惑ったように頭をかいたが、すぐに「顔が見たかっただけだよい」と私の目を見て言ってきた。これは一体全体どういう意味なのだろうか。何を考えてこの目の前にいる顔立ちの良いおじさんは、幸薄そうな小娘な私に向かってこんな事を言っているのだろうか。私が返事に困っていると、マルコさんは小さく笑って、それから私の持つレジ袋を指差して「それ」と一言呟いた。

「…!あ、これは」
「お前もそのおにぎり好きなのかい」
「いや、その」
「ん、違ェのかい」
「いや、えっとですね…マルコさんがいつも買っていくので…」
「ん?」
「どんなものなのか気になってですね…」

 恥ずかしながらもそう言い、この場所が暗くて良かったとひたすら思う。きっと今の私の顔は真っ赤でとても見せられたものではないだろうから。私が口を開いてから少し間があったのでマルコさんを見れば、マルコさんは口元を手で覆い隠して横を向いていた。どうしたのかと思って、見ていればマルコさんは照れたようにただ一言「…参ったねい」とだけ呟いてきたので、私も思わず照れてしまい、二人一緒に電灯の下、黙り込んでしまった。



20110828/水槽銀河
title by alkalism
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