「五分で俺ん家」

 「二年に上がったら学生生活楽しみいや!」と色んな先輩に言われてた為、私の脳内では"二年生=楽園へようこそ"というイメージが成り立っていた。しかしそんなのは全ての人間に該当する筈もなく、そして私はそんな"該当する筈もない人間"の一員にいつの間にかなっていて。わくわく気分で二年に進級した私のキラキラ☆学生生活は二年生になって一週目で全て潰された、財前光という先輩に。
 私は特に何をした訳でもない。別にテニス部の人と仲良い訳やないし、周りの友達みたいにテニス部のファンな訳でもない。ただ二年生になって一週間くらい経った時にいきなり財前先輩が私のクラスに来て、皆がいる前で私に告白とやらをしてきた。学校中の人気者の彼を断ったらどうなるか位分かってる私は、返事を保留とさせて貰ったが、それから財前先輩は毎日のように私のクラスに来るようんなった。挙句の果てにはまるで私の恋人かのようにボディタッチもしてきて、ついには周りから"公認カップル"だなんて呼ばれるようんなった。そのお陰で財前先輩も調子に乗り、いつの間にか私は恋人扱い(寧ろパシり)されるようになり、冒頭にあるように家に急に呼ばれる事も多くなった。

「…ハァ、ハァ、ハァ」
「やっと来たんか、遅いわ」
「んな偉そうな事言うんやったら、あんたが私ん家来いやァアア!」
「何で俺がそんなめんどい事せなあかんねん」
「めんどい事は私がしろっちゅう事ですか。表出ろやゴルァ」

 全力ダッシュでここまでやってきて汗だくで気持ち悪い私とは正反対に、財前先輩は涼しい顔でベッドに寝転がって携帯をいじくってた。どうせいつもみたいにブログ更新してんねやろ!どうせいつもみたいに「彼女がめっちゃ汗かいてて、気持ち悪いっすわ」とか書いてんねやろ!お前から告白してきたんだから少し優しくしろや、と言いたくなる位ムカついたが、一応先輩の為、言わずに心の奥底で毒づいてやった。

「で、今日は何で呼んだんですか」
「…」
「…いやあの流石に無視は辛いっすわ」
「何気に俺の真似してんなや、気色悪い」
「良え突っ込みですね!んー、絶頂!」
「使い方間違うてるし」
「もう帰ってええですか」

 せっかく人が家まで来て物真似してやってるっちゅうのに辛辣な言葉ばかりを向けてくる財前先輩はもう放っておこうと思って、「私はもう帰りますよ、財前先輩」と帰ろうとすれば、財前先輩は一言「それ」とだけ言ってきた。ついには自分のブログと話すようになったんか、痛いわこの人…と呆けながら財前先輩を見れば、予想外にもこっちをじっと見ていた。さっきまでずっと携帯とばっかちゅっちゅしてたやんかこの人…ほんま何なん…ヒくわー…という思いを込めて、一応確認の為にもう一度名前を呼んだら、また"それ"とだけ言われた。

「え、"それ"って何ですか」
「"財前先輩"」
「…は?」
「せやから自分、ずっと俺の事"財前先輩"って呼んでるやろ」
「そう呼んだらあかん理由が見当たらないんですけど」
「普通彼氏相手やったら呼び捨てやろ」
「まあ、付き合ってませんけどね」
「せやったら普通俺の事は"光"って呼ぶやろ」
「せやから付き合ってませんけどね」
「早よ呼んでみ」
「ほんまいい加減にして下さいよ、財前光」
「何でフルネームやねん」
「素直に従うのも癪やったんで、ちょっと捻ってみました」
「そんな捻りいらんねん、早よ"光"って呼んでみいや」

 絶対に今回こそは言うこと聞いてやらんと心に決めた私はとにかく黙り込むことにした。すると財前先輩は苛立ったのか私の手首を掴み、"呼ばんと帰さへんで"とまで言ってきた。どんだけ名前で呼んで貰いたいねん、若干財前先輩の執念にヒきながらもひたすら無視する。

「…早よ呼べや」
「いやだから呼びませんて」
「何や、帰りたないから言わへんのか、せやったら早よ言えや」
「勘違い乙」
「せやったら早よ呼びいや」

 もういい加減にせえよ!とほんまに怒ってやりたかったが、子供みたいな目で見てくる財前先輩を不覚にも可愛えなと思ってしまい、私はもう名前を呼ぶことにした。が、いざ呼ぶとなると結構恥ずかしくて、顔が紅潮してしまった。そんな私に気をよくした財前先輩は私の顔を覗き込みながら、更に名前を呼べと促してきた。若干どもりながら、小さな声で"光"、と名前を呼べば、財前先輩は急にニヤケ顔をやめて、私の手首を掴んでいた手の力を緩めた。変に思って呼びかければ、先輩は一言"あかん、ムラムラしてきたわ"と言って押し倒してきた。もうほんまこんな暑い日にこの人もどうかしてるわ。



20110806/期待ならご自由に
御伽姫のニアちゃんへ
title by 魔女
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