「なまえ!」

 誰かに名前を呼ばれた気がして後ろを振り向けば、この前キッドとスーパーへ買い物した時に偶然会った友人であった。この前あまり話せなかったのもあり、近くにあった喫茶店に入り、しばらく最近の事など、お互いに話すことになった。友人は今付き合ってる相手がいるらしく、幸せそうに相手との事を話してくれて(一般に言うノロケだが)、何だか私まで幸せな気分になってしまった。
 "なまえはこの前の人とどうなの?"という友人の問いに私は一気に現実に連れ戻されたような気がした。キッドとはただの幼馴染で、彼氏でも何でもないと話せば、何故だか友人は私達の関係を更に聞きたがった。お互いの家を行き来することや、普通に寝泊まりしたりする事を伝えれば、友人には心底驚かれた。

「それでも付き合ってないの!?」
「うん、ただの幼馴染です」
「それはそれで凄いね…」

 友人は信じられないのか本当に驚いた顔をして、何度も何度も確認してきた。何度も同じ会話を繰り返してやっと友人が理解してくれた所で彼女は不思議めいた事を言ってきた。

「なまえもその、キッド君?も恋人出来ないのってお互いのせいじゃない?」
「へ?」
「話によると、二人共一緒にいて心地良いみたいだし、幼馴染でも大学になってもそこまで仲良いのって中々珍しいよ。お互い一緒にいるのが心地良いから、恋人には相手以上の人を求めちゃう、とかあるんじゃないかな」

 珍しいことなのか、と思わずキッドとの関係を考え直してしまう。確かに寝泊まりとかは男女で普通そんな事はしない、と周りの友人を見てて分かっていたが、そんなに私達の関係は不思議なものだろうか。頼んだカフェラテのマグカップを両手で持ちながらふとそう考えた。考え事をしていると友人が少し体を前のめりにしながら話しかけてきた。

「結局最終的には二人付き合ってたりね」
「それは無いでしょ、大体私キッドに恋愛感情持ち合わせてないし」
「それも無意識じゃないの?だって良く考えてみなよ、今まで一緒にやってこれたって事は相当気が合うって事だし、もしかしたらキッドくんはなまえの理想の男性かもしれないし」
「キッドが私の理想のタイプ?」
「実際キッドくんって紳士的で料理も出来て秀才なんでしょう?男前だったし」
「そうは見えないけど、悔しいことにそうだね。憎しキッド!」
「一度良く考えてみたら?多分なまえはキッド君以上の人が現れない限り恋愛出来ないだろうし、キッド君もキッド君で、なまえ以上の女性が現れないと恋人作れないと思うよ」

 キッドと私の間に恋愛感情なんか有り得ない、そう思っているが友人の話を聞いていると、そういう考え方もあるのかと思わず"もしかしてキッドが理想のタイプかもしれない"なんて思ってしまう。その後はしばらくお互いの私生活や学生生活についての話に華を咲かせ、時間も時間だったので取敢えずまた今度会う約束をした。
 アパートへと歩いていると、前の方で見慣れた背中が見えた。私の足音に気がつきキッドは後ろを振り向き、ようやく私を認識した。キッドはスーパーの袋を持っており、自炊するつもりなのが分かった。恐らく一緒に帰るつもりなのだろう、そこに突っ立って私が来るのをキッドは待っていた。喫茶店で友人といた時はそこまで真剣に考えていなかったのに、急に何故だかキッドを見た瞬間意識しすぎて、いつものように目を合わせることが出来なくなった。

「今日も食ってくか?」
「、ああ、何かによるかな」
「お前の事だからどうせまたレッツオムライスとか言うんだろ」
「レッツオムライスじゃないし、レッツ☆オムライスだし!ていうか美味しいものだったら何でも良い」
「取敢えず俺ん家来い、食わしてやる」

 今日もキッドのあの美味しい料理を食べられる、そう思うと嬉しい筈なのに、というより帰路途中は嬉しかったのに、いざキッドの部屋のドアの前まで来ると変に意識をしてしまい、夜ご飯を作って貰うことの嬉しさも緊張に変わった。耐えられなくなった私は"やっぱり今日はいいや!"と普段接するみたいに必死に笑顔を作って隣の自分の部屋に入った。隣の部屋のドアが閉まる音を聞いて思わずドアにもたれかかりながら床にズルズルと座り込んでしまう。
 キッドは何も変わってない、変わってないのに今まで私にしてくれた事や彼の性格と私の理想の男性のタイプを照らし合わせると、友人の言っていた通り、キッドは私の理想の男性像に似ており、勝手に顔が紅潮してしまった。
 今まで彼氏が欲しい欲しい、と言っていた私はどこに行ったのか、今はとにかくキッドの事しか考えられなくて、意識しすぎている自分が憎くなった。



20110804/306号室
更に続きます
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